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無人探査ロボットで東京ドーム1万個分の海底地形図を作りたい! 「Team KUROSHIO」国際コンペへの挑戦

2017.03.31

 地表の7割を占める海洋だが、その海底地形図の完成にはほど遠く、人類が探査できているのは、海底全体のわずか5%程度と言われる。地球からはるか遠くにある月や火星の表面の方が、よっぽど解明が進んでいるというから驚くほかない。海底地形図の完成には、十数年から数十年、まだまだ多くの年月がかかると考えられている。

 そんな中、2017年2月、現在開催中の国際コンペティション「Shell Ocean Discovery XPRIZE」の技術提案書審査を、日本の産学連携チーム「Team KUROSHIO」が突破した。この国際コンペの課題は、無人で制限時間内に決められた条件における500平方キロメートルの海底地形図を作成し、海底ターゲットの写真を撮影すること。賞金総額700万ドルのビッグコンテストだ。コンテスト開催の背景にはどんなニーズがあるのか。このあと、実海域試験へ駒を進めるTeam KUROSHIOは何を目指してどんなハードルを乗り越えようとしているのだろうか。

高速かつ安価な超広域海底調査に高まるニーズ

 「Shell Ocean Discovery XPRIZE」は、世界的オイルカンパニーのRoyal Dutch Shell社をメインスポンサーに迎え、アメリカの非営利団体「Xプライズ財団」が開催している。同財団は、これまでにも有人弾道宇宙飛行を競うコンペ(Ansari XPRIZE)や、月面無人探査を競うコンペ(Google Lunar XPRIZE)など、数々の魅力的な大会を開催してきた。その目的は、世界に跨るより大きく複雑な課題を解決するための民間技術のイノベーション促進。Shell Ocean Discovery XPRIZEも、「海底探査と、持続可能な資源の開発・保護にかかる市場の活性化に貢献」するとしている。

 同大会を開催した背景には、近年特に高まっている、油田や天然ガスをはじめとする海底資源開発や通信用商用海底ケーブル敷設のための事前広域調査等を効率的に進めたいオイル業界・通信業界からのニーズがある。従来は主に、調査船等に搭載された音響探査機を用いて、ざっくりとした広域海底地形の情報を得てきた。より詳細な海底地形調査には、海底に近づき、また、海底と一定の距離を保って航行することが可能なROV(遠隔操作型無人潜水ロボット)やAUV(自律型無人潜水ロボット)といった海中ロボットを活用しているが、一度に活動できる範囲が狭いため、前述のような事前調査を行いたい場合、膨大な時間と莫大なコストがかかってしまう。そこで、このようなコンペを開催して世界中の技術者を駆り立てることで、アイデアと技術力のイノベーションを促進し、広域な海底の高速かつ安価な調査技術確立を実現することを目指している。

提示された桁違いのハードル

 Shell Ocean Discovery XPRIZE で掲げられている最終的な目標は、「24時間以内に、①水深4,000メートルの海域500平方キロメートル(最低でも250平方キロメートル以上)を水平5メートル・垂直50センチメートル以上の解像度でマッピングした海底地形図を作成し、②指定された対象物の高解像度写真10枚を成果物として提出」すること。その際、運用に膨大な費用がかかる母船の使用や海岸より海側に人が立ち入ることは認めておらず、全てを無人で調査することが必須ルールとなっている(ただし、岸壁からの遠隔操作は認められる)。つまり、調査するための無人ロボットは、海岸から出発させなければならない。その無人ロボットを含むシステムサイズは40フィートコンテナ(約12メートル×約2.5メートル×約2.5メートル)に入りきるサイズでなければならず、超巨大あるいは大量のロボットを開発すれば良いというのものでもない。また、500平方キロメートルといえば、東京ドーム1万個以上に相当する広大な面積だ。これだけの広さの面積を調査するには、現状の一般的なAUVの能力では、2カ月程度を要するという。求められる精度もスピードもカバー面積も、従来とは桁違いの、いかにハードルの高い目標が設定されているか、お分かりいただけるだろう。

評価されたのは技術力と提案実現性の高さ

 3年にわたる同大会では、年に一度、計3つの大きな関門が設けられている(図1)。第1関門である技術提案書審査を突破したのは、世界で21チーム。そのうち、日本で唯一の突破チームが「Team KUROSHIO」だ。Team KUROSHIOは、海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)、東京大学生産技術研究所(以下、東大生産研)、九州工業大学(以下、九工大)、海上・港湾・航空技術研究所、三井造船株式会社、日本海洋事業株式会社、株式会社KDDI総合研究所の7機関による共同研究チームで、JAMSTECの中谷武志(なかたに たけし)技術研究員と大木健(おおき たけし)技術研究員、東大生産研のソートン・ブレア准教授、九工大の西田祐也(にしだ ゆうや)特任助教の4人が共同代表を務める。

図1.「Shell Ocean Discovery XPRIZE」のスケジュール 出典:JAMSTEC海洋工学センターのHP
図1.「Shell Ocean Discovery XPRIZE」のスケジュール 出典:JAMSTEC海洋工学センターのHP

 第1関門だった技術提案書の審査では、調査概略やチーム構成のほか、使用する機体データや予算計画、過去実績、想定結果等の情報が求められた。さながら会社起業時の事業計画書だ。「技術提案書は、チームの技術力と提案実現性の高さが評価されたと考えています」と語るのは、JAMSTECの中谷氏。「Team KUROSHIOの構成機関は、長年にわたりAUVやASV(洋上中継器)の開発・運用技術を蓄積してきており、この分野では日本で最も経験豊富なメンバーが揃っています。加えて、既に多くの運用実績がある無人ロボット『AE2000a』や『AE2000f』を利用した信頼性の高いシステム構成が一番の強みです」。特にAE2000fを駆使した三次元画像マッピングは、東大生産研が開発した独自センサを活用している点が、他チームと比べての技術的な強みだという。

図2.今回の国際コンペに挑む、東京大学生産技術研究所所有のAE2000a(左)とAE2000f(右)。全長約3メートル、重さ約300キログラム。これまでにも沖縄本島沖の海底熱水地帯調査等で活躍してきた 写真提供:JAMSTEC 中谷氏
図2.今回の国際コンペに挑む、東京大学生産技術研究所所有のAE2000a(左)とAE2000f(右)。全長約3メートル、重さ約300キログラム。これまでにも沖縄本島沖の海底熱水地帯調査等で活躍してきた 写真提供:JAMSTEC 中谷氏

クラウドファンディングで資金を得てビジョン実現へ

 Team KUROSHIOが挑む次の関門は、2017年9月の「実海域試験 Round1」。「16時間以内に、①水深2,000メートルの海域500平方キロメートル(最低でも100平方キロメートル以上)を指定の解像度でマッピングした海底地形図を作成し、②指定された対象物の高解像度写真5枚を成果物として提出」することが課されている。残すところあと半年。当然、それまでに、課題をクリアできる新規技術やAUVの実機を開発・製作しなければならない。掲げられた高難度の課題に対して、残された準備期間は極めて少ない。また、システムの海外輸送の手配等をはじめとする諸手続きも大きなハードルだという。Round1を突破できるのは、上位10チームのみ。日本で唯一のチームとしては、何より技術開発に持てる力を注ぎ込み、確実にRound2へ駒を進めたいところだ。しかし現在、チームの構成機関とメンバーが資金を持ち寄って運営しているTeam KUROSHIOは、資金繰りが苦しいのが実情だ。そこで、Team KUROSHIOは、クラウドファンディングにも並行して取り組んでいる。海外輸送費等の諸経費はファンディングで賄い、できる限り、技術開発に費用を充てたい考えだ。

図3.2017年5月26日まで展開中のクラウドファンディングサイト。個人・法人問わず、誰でも1,000円から応援できる。
図3.2017年5月26日まで展開中のクラウドファンディングサイト。個人・法人問わず、誰でも1,000円から応援できる。
図3.2017年5月26日まで展開中のクラウドファンディングサイト。個人・法人問わず、誰でも1,000円から応援できる。

 夢のある同大会だが、その分、現実的に取り組むとなると、掲げられた目標は極めて難しく、直面するハードルも非常に高い。そもそもTeam KUROSHIOは、なぜこの大会への参加を決意したのか。参加の魅力のひとつは、大会を戦う中で、コミュニティが同じ目標に向かって同じ志で研究開発を進められること、世界のニーズと研究動向を肌で感じられる点だという。そして次世代を見据えた展望。「大会のコンセプトは、ロボットだけで自律的に海中探査を行える世界を実現することであり、まさにわれわれが描いてきた将来のビジョンにかなり近いものです。この大会に参加して技術を磨くことが、次世代のAUVやASVの技術開発に大いにプラスになると考えています」と中谷氏は語る。

図4.Team KUROSHIOが目指す将来ビジョン 提供:九州工業大学のプレスリリースより引用
図4.Team KUROSHIOが目指す将来ビジョン 提供:九州工業大学のプレスリリースより引用

 Team KUROSHIOが目指すビジョンについて、中谷氏はこう話す。「調査海域と欲しいデータ種別を指定すれば、すぐに調査会社がAUVやASVを用いて無人調査を行い、データが即日で納品される。そんな世界をわれわれは想い描いています。われわれは『ワンクリックオーシャン』と呼んでいますが、まさにネットショップで商品をクリックすれば翌日に商品が届くイメージです。この調査手法が確立されれば、海の調査がより身近に、安価に、そしてスピーディに海中探査を行うことができます。Team KUROSHIOでは、さまざまな企業や研究所と共にXPRIZEに挑戦することで、このようなサービスを提供可能な企業連合体を将来構築することを目指しています」

オイル業界も通信業界も、今や私たちの生活から切り離すことなど到底できない重要産業である。現時点では現実離れしているとも考えられる同大会での目標達成を通してTeam KUROSHIOが目指すビジョンが実現されれば、今ある市場の活性化だけでなく、現時点では想像もしていない新規ビジネスが創出される可能性も高いだろう。あと2年足らずの間に、この分野に、そしてこの分野発の領域に、どんなイノベーションが起き、何を変えていくのか、今からとても楽しみだ。

(サイエンスライター 橋本 裕美子)

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