サイエンスクリップ

環境研、福島第一原発近傍の貝類減少の原因を探る

2016.03.15

 東日本の沿岸地域において、東京電力福島第一原子力発電所に近づくにつれて潮間帯※1に生息する無脊椎動物の種類が減少し、第一原発の近傍、特に南側の地点で生息量が減少していることが、国立環境研究所、放射線医学総合研究所、福島県の調査で分かった。津波の被害を受けた千葉県から岩手県に至る沿岸各地での調査結果との比較から、生物の減少は津波によるものだけとは考えにくいという。

※1 潮間帯/満潮時に浸水する線と、干潮時に陸が出る線の間にあり、潮の干満により露出と水没をくり返す場所。

 2011年3月11日の東日本大震災によって、東京電力福島第一原子力発電所では、3基の原子炉でメルトダウンが起こり、大量の放射性物質が放出された。海洋研究開発機構の推定によれば、2011月3月21日から5月6日に漏れ出た放射性セシウム(137Cs)の総量は、海域へ直接漏洩したものが4.2~5.6ペタベクレル※2(ペタは1015、1,000兆の意味)、大気から海洋へ降り注いだものが1.2~1.5ペタベクレルとされている。世界の原発事故でも、これほど短期間での海洋への大量の放射性物質の放出は前例がない。

※2 ベクレル(Bq)/放射能の強さを表わす単位。1秒間に放射性物質の原子核1つが崩壊するとき、その物質は1 ベクレルの放射能を持つ。

 野生生物(無脊椎動物を含む)は、放射線、特にγ線に対する耐性が比較的高いと考えられている。例えば、異体類(ヒラメやカレイの仲間)は、1日あたり1~10ミリグレイ※3(mGy/d)で受精率の低下、10~100ミリグレイで繁殖成功率の低下、100~1,000ミリグレイで仔稚魚の斃死(へいし。死亡)が見られることが分かっている※4。放射性物質の濃度が高い(放射線量が高い)ほど、斃死や繁殖障害を通じて生息する生物の減少が見られる。

  • ※ 3 グレイ/放射線が1キログラムの物質に与えるエネルギーの量。
  • ※ 4 ICRP - the Concept and Use of Reference Animals and Plants. ICRP Publication 108. Ann. ICRP 38 (4-6) (ICRP, 2008)

3つの調査

 今回、国立環境研究所などは、テトラポットなどに付着する貝類やフジツボ、ヤドカリなどの無脊椎動物を対象に、福島第一原子力発電所20キロメートル圏内を含む、東日本の沿岸域で調査を行なった。その内容と結果を見てみよう。

●2011年の予備調査

2011年12月14日、福島第一原子力発電所20キロメートル圏内の16カ所で行なった。肉食の巻貝、「イボニシ」とその他の潮間帯生物(二枚貝、藻食性・肉食性巻貝、フジツボやヤドカリなどの甲殻類など)の分布を目視観察した。その結果、イボニシは楢葉町で1個体採集されたのみであった。

●2012年の調査

2012年4月、7月、8月に千葉県、茨城県、福島県、宮城県、岩手県の43地点で行なった。潮間帯に生息する無脊椎動物の種名を記録し、イボニシと肉食の巻貝「チヂミボラ」は時間を記録して探索し、見出された全個体を採集した。ここから各地点の種類数と肉食性巻貝の生息密度(1分間あたりの採集個体数)を算出した。

 調査の結果、福島第一原子力発電所に近づくほど、潮間帯の無脊椎動物の種類数が減少していることが明らかになった。千葉県の鴨川市では21種類見つかったのに対し、福島県の大熊町では3種類のみだった。大熊町で採集された生物は「チシマフジツボ」「ベッコウガサガイ」「タマキビ」で、分布密度は1平方メートルあたり約200と低かった。サイズは、フジツボとタマキビは多くの個体が5ミリメートル前後かそれ以下であった。

 一般的にチシマフジツボは殻の直径が3?6センチメートル程度、タマキビは殻の高さが1.4センチメートル、殻の直径が1.7センチメートルであることが知られており、採集された個体がかなり小さいことが分かる。カサガイは10ミリメートルほどでおそらく当歳(1歳未満)の個体であり、震災・原発事故後に産まれた個体ではないかと考えられた。またイボニシは、広野町から双葉町までの約30キロメートルの範囲で全く採集されなかった。

図 1.潮間帯における無脊椎動物の種類数とイボニシ、チヂミボラの生息密度(1分間あたりの採集個体数)。地図の沿岸部の紫色の星印は福島第一原発を、点線の円は半径20キロメートル圏内を示す。グラフの軸部分の赤線は福島第一原発から20キロメートル圏内であることを示す。
図 1.潮間帯における無脊椎動物の種類数とイボニシ、チヂミボラの生息密度(1分間あたりの採集個体数)。地図の沿岸部の紫色の星印は福島第一原発を、点線の円は半径20キロメートル圏内を示す。グラフの軸部分の赤線は福島第一原発から20キロメートル圏内であることを示す。

 2012年に採集されたカサガイとイボニシの軟組織中の放射性物質濃度を分析したところ、福島県で採集されたカサガイ中の放射性セシウム濃度が他県のものよりも高かった。これは、海流(親潮)の影響により、福島県南部沿岸での海水中の放射性セシウム濃度が高いことを反映しているものと考えられる。また、主に福島県で採集された貝類(カサガイとイボニシ)には放射性銀の蓄積も見られた。カサガイとイボニシの放射性セシウム(137Cs)に対する放射性銀の濃度比は、震災・原発事故後の福島県におけるクモ、トカゲなどの陸上の生物や淡水に棲むカニなどの報告値と比べて、概して高い。だが、放射性セシウムや放射性銀の移送機構や環境中での有り様は、陸上、淡水及び海洋環境の間で異なる可能性があるため、さらなる調査・研究が必要だ。

●2013年の調査

 2013年5月、6月に茨城県(神栖市、日立市)、福島県(原発から20キロメートル圏内の富岡町、大熊町、双葉町、南相馬市)、宮城県(石巻市)の7地点で行なった。この7地点は12年に調査した地点から選出した。各地の潮間帯の下部、中間部、上部において、テトラポットなどの表面0.25平方メートル枠内の付着生物をかき取り、種別の個体数と重量を調査した。その結果、無脊椎動物の種類数と生息量が福島第一原子力発電所近傍、特に南側の大熊町と富岡町で有意に少ないことが分かった。

 宮城県の石巻市では1平方メートルあたり最大35,896個体、福島県の浦尻(南相馬市)では同じく31,728個体であった一方で、福島第一原子力発電所の南に位置する福島県の富岡町では1平方メートルあたり最大2,404個体、大熊町では同じく2,864個体であった。1995年5月に東京電力が行なった同様の枠取り調査では、福島県沿岸20地点の付着生物の平均個体数は1平方メートルあたり7,158個体であった。

図 2: 潮間帯(下部L、中間部M、上部Uの水深別)における付着生物(無脊椎動物)の1平方メートルあたりの個体数密度(個体数/m2)。紫色の星印は福島第一原発を、点線の円は半径20キロメートル圏内を示す。グラフ中のピンク色の破線は1995年5月時点の福島県沿岸20地点での付着生物の1平方メートルあたりの平均個体数密度7,158(個体/m2)を示す。
図 2: 潮間帯(下部L、中間部M、上部Uの水深別)における付着生物(無脊椎動物)の1平方メートルあたりの個体数密度(個体数/m2)。紫色の星印は福島第一原発を、点線の円は半径20キロメートル圏内を示す。グラフ中のピンク色の破線は1995年5月時点の福島県沿岸20地点での付着生物の1平方メートルあたりの平均個体数密度7,158(個体/m2)を示す。

 生物種に関しては、全体的に軟体動物、節足動物、環形動物の順で多く、最も多くの種が観察されたのは茨城県の波崎(神栖市)の25種、最も少ないのは福島県の大熊町(福島第一原発から南に約1キロメートルに位置する)の8種であった。

図 3: 潮間帯における付着生物(無脊椎動物)の種類数。紫色の星印は福島第一原発を、点線の円は原発から半径20キロメートル圏内を示す。
図 3: 潮間帯における付着生物(無脊椎動物)の種類数。紫色の星印は福島第一原発を、点線の円は原発から半径20キロメートル圏内を示す。

 重量に関しては、1平方メートルあたりの全生物の湿重量を比較した。その結果、最大重量は茨城県の波崎の10,851グラム、最小は大熊の169グラムであった。福島第一原発の南側の沿岸(大熊町と富岡町)で付着生物の重量密度が有意に低いことが分かった。

図 4: 潮間帯(下部L、中間部M、上部Uの水深別)における付着生物(無脊椎動物)の1平方メートルあたりの重量密度(g/m2)。紫色の星印は福島第一原発を、点線の円は原発から半径20キロメートル圏内を示す。
図 4: 潮間帯(下部L、中間部M、上部Uの水深別)における付着生物(無脊椎動物)の1平方メートルあたりの重量密度(g/m2)。紫色の星印は福島第一原発を、点線の円は原発から半径20キロメートル圏内を示す。

求められる原因究明

 これらの結果は、東日本大震災の大地震、大津波、原発事故直後の潮間帯生物の生き残りの状況を反映していると考えられる。生物種、個体数が福島第一原発の南側の地点で減少したとみられる理由は明らかではない。しかし、津波被害を受けた他の地点との比較から、津波を主な原因として説明することはできず、原発事故による影響の可能性もある。

 今回の調査とは無関係だが、サウスカロライナ大学のTimothy A. Mousseau氏らによると、チェルノブイリでの生物分布の調査では、線量が高い地点ほど鳥、ハチ、チョウ、バッタ、トンボ、クモ、ほ乳類などの生物群が減少していることが分かっている※5。また福島の鳥、チョウ、セミにおいて同様の減少が見られたという※5

 今回の調査結果について、仮に、海域に直接漏洩した原子炉冷却水が親潮の流れに乗り南下したためと考えると、福島第一原発の南側の地点での生物の減少を説明できそうだ。ただし、原子炉冷却水の直接漏洩による影響を考えるとき、放射性物質のみならず、ホウ酸やヒドラジンなどの化学物質の影響も考える必要がある。

 こうした仮説の検証のため、潮間帯生物への放射性物質や化学物質等の急性曝露(ばくろ)影響のほか、長期の低線量被爆や低濃度の化学物質等に対する曝露の影響を室内実験で確認する必要がある。さらに、放射性物質や化学物質等に対する種別の感受性の違いだけでなく、被食−捕食などの生物間相互作用を通じた影響も含めて調査する必要がある。国立環境研究所では、今後も原因究明に向けて、このように山積する課題に関し調査と実験による検証を引き続き進めていく予定だ。

 国立環境研究所の堀口氏は次のように話す。「震災・原発事故後、福島第一原発の近傍、特に南側の地点で潮間帯生物が減少したとみられるという今回の調査結果は、津波を主因として説明することができず、原発事故との関連性が疑われるものの、現時点では原因を特定できない。今後、原因究明に向けて室内実験を行うが、震災・原発事故直後の状況を再現することは困難であり、実験室の施設・設備(放射性廃液の処理能力)や使用できる核種(いくつかのγ線核種とβ線核種)などの点で制約もある。また、現地調査により、潮間帯生物の個体群や群集レベルでの回復状況を追跡し明らかにする必要もある。課題は山積しており、困難もあるが、最善を尽くしたい」

*写真および図版提供:国立環境研究所

 サイエンスライター 田端萌子

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