土星の衛星「エンセラダス」は、地下海と、海水などを吐き出すプリューム(間欠泉)を持ち、生命が存在する可能性があると考えられている。海や噴出活動があるということは、地下に熱源があるはずである。しかし、どのような環境でプリュームが発生するのか、詳しいことは分かっていない。
関根康人(せきね やすひと)東京大学大学院理学研究科准教授らは、探査機カッシーニが観測したプリュームの内容物のデータを素に模擬実験を行い、エンセラダスの岩石が地球のマントルのように熱で溶けた経験のあるものではなく、太陽系ができた46億年前の状態を保つ隕石と似ていることを明らかにした。さらに、水素を豊富に発生する独自の環境があることも発表した。水素は原子的な微生物の食料になる。存在するかもしれない生命の生息環境の解明に、ぐっと近づいたといえるだろう。
今回の研究が明らかにしたエンセラダスの岩石組成や生命存在の可能性について、地球の内部構造や噴出活動と比較しながら見てみよう。
太陽エネルギーに依存しない生態系は存在する
地球の生態系は、"ほぼ"太陽の光や熱のエネルギーで支えられている。光合成で養分を作って生きる植物プランクトンや地上の植物、それらを食べる草食動物、草食動物を捕食する肉食動物、その死骸を分解する菌、さらにそれを栄養にする植物、とエネルギーは形を変えて循環している。しかし光エネルギーが全く届かない深海でも、豊かな生態系が見られる場所がある。
深さ数千メートルの海の中、温度が400℃にもなる熱水を絶えず吹き出す岩石の周りには、目が退化したカニなどがびっしりと貼り付いて生息している。深海底を探査する技術の進化に伴い、このような深海のオアシスは、海底火山活動が活発な各地で発見されており、太陽に頼らない独自の生態系として1980年前後に一躍注目を浴びた。一説では、地球の生命も、このような場所から始まったのではないかと考えられている。
このような地球の例を考えると、太陽から遠く離れながらも海があり、プリュームを噴き出すエンセラダスにも、似たような熱水環境が存在し、生命が存在する可能性があると考えられる。地球の海底下から噴き出す熱水は、地殻に浸透した海水が地下のマグマで温められたものであり、400℃にもかかわらず液体なのは、深海で大きな圧力(例えば水深1000メートルでは約100気圧)がかかるためだという。だが、エンセラダスの熱源が、地球と同じシステムとは限らない。
シリカ粒子を手がかりにエンセラダスの岩石を探る
エンセラダスは、主に氷と岩石からできた直径500キロメートルほどの天体だ。プリュームは、南極付近の氷の割れ目から宇宙空間にまで及んでいることが報告されている。このプリュームの成分が、エンセラダスの環境や地下の様子を知るヒントになる。
探査機カッシーニは、2008年の3月、このプリュームの海水に塩分や二酸化炭素、アンモニアなどのガス成分、有機物が含まれていることを明らかにしている※1。また今年9月には、カッシーニの観測により、南極付近の氷の層と岩石コアの間にしかないと考えられていた地下海が天体全体に存在していることも分かった※2。さらに注目すべきは、プリューム中に、現在も熱水活動が続いている証拠となるナノサイズのシリカ(SiO2)粒子が見つかったのだ。
地球でのシリカ粒子は、高温の水が岩石と触れ合うことで岩石成分が熱水に溶け出し、その熱水が急冷されることで析出する。だが、この物質が宇宙で見つかることは稀だ。つまり、エンセラダスにはシリカ粒子を生み出す"熱と水と岩石が反応する環境"があることになる。関根氏らは、以前の実験でナノシリカ粒子が作り出されるために必要な海水の条件として、90℃以上の熱水の存在と塩分濃度4パーセント、pH8.5~10.5を割り出している。(ちなみに日本近海の表面海水のpHは8.1程度、塩分濃度は世界平均で3.5%)
そして今回、関根氏らは、エンセラダスの熱水環境をさらに詳しく知るため、シリカ粒子が作り出される岩石の種類と反応の仕方を実験で確かめた。ポイントは熱水活動に関わる岩石が、地球のマントルに似ているか、原始的な隕石に似ているか、である。
マントル組成と隕石組成のどちらに似ているか
宇宙から落ちてくる隕石はさまざまだが、最も原始的なものが「炭素質コンドライト」と呼ばれる。これは、46億年前、太陽系が作られた当初のままの状態を保っていると考えられている小惑星起源の岩石で、いわば"太陽系の化石"だ。面白いことに、中に含まれるカンラン石や輝石の組成はバラバラで、揮発しやすい水やガスも含まれている。一方、地球や火星のような比較的大きな天体は、これらの原始的な岩石が衝突と溶解を繰り返し、数億年をかけてできたと考えられている。
金平糖をイメージしてほしい。炭素質コンドライトを、味も色も違う金平糖の集合体に例えよう(下図左)。地球は、それらが熱で溶けて味も色も均一になった(下図中央)後に冷やされた、中心ほど濃い砂糖の塊(下図右)に例えられる。地球では重力が働くため、岩石の重い成分ほど天体の中心に沈む。そして中心から核の層、マントル、地殻を成している。マントルは主にカンラン石(主にMg2O3)を多く含むと考えられており、地殻には、マントルより多くのケイ素(Si)が含まれる。
もしもエンセラダスの岩石が、地球のような大規模な溶解を経験していないとすれば、岩石コアはコンドライトに似ているはずで、その逆ならば、地球のマントル岩に似ているはずだ。そこで、関根氏らは、マントル岩とコンドライトの組成の試料を、それぞれエンセラダスの海水を模擬した水溶液に高圧化で触れさせ、温度とpHを変えて熱水作用を起こさせ、シリカが析出するか否かを確かめた。その結果、コンドライト組成の試料のみから、シリカ粒子が析出した。
隕石組成という結果から注目する2大ポイント
エンセラダスの岩石成分が隕石組成に似ていたという結果が意味する、重要なポイントとは何か。
1つ目は、エンセラダスの「熱源の起源」についてだ。一般的に、惑星レベルの大きさの天体は、自らの質量や、マントルなどに含まれる長寿命の放射性元素の崩壊熱で熱エネルギーを生み出すことができる※4。地球のマグマはまさにこれで作られる。また、直径数百キロメートルの小さな天体でも、側に木星などの大きな天体があれば、潮汐力で熱源を生み出せる。木星の衛星、イオやエウロパがそうだ。
※4 十分な質量があると、天体自体の重力により内部が高温高圧になる。地球も内部ほど高温だと考えられている。
しかし、エンセラダスは、地球やエウロパなどと比べてずっと小さいため、長寿命の放射性元素や潮汐による加熱量は低く、これだけではエンセラダスの海はすぐに凍りついてしまう。現在もエンセラダスに海や熱水環境があるとすれば、上記以外の熱源が必要である。その可能性は2つ。すなわち、太陽系初期に豊富に存在した短寿命の放射性元素の発熱が現在も残っている可能性、あるいは、比較的最近に巨大天体衝突のようなイベントで勃発的に暖められたという可能性である。だが、前者の場合、過去ほど加熱量は大きくなり、太陽系初期にエンセラダスの岩石は熱で溶融してしまう。内部が隕石組成に似て溶融を経験していないということは、後者の可能性がより大きいことになる。
2つ目は、エンセラダスの「大量の水素の存在」についてだ。前に述べたように、溶融を経験した天体では重いものほど中心に沈む。地球では重い鉄が中心の核になっており、地表の岩石には鉄は少ない。しかしエンセラダスでは、岩石中にも多くの鉄が存在し、熱水と反応して水素が発生している(Fe+H2O(熱水)→FeO+H2)。地球では、水素は原始的な微生物にとって重要な食料となる。もしエンセラダスに生命がいるとすれば、彼らにとっての食料が豊富に作り出されていることになる。改めて生命存在の可能性が気になるところだ。
関根氏は、「今回の発見は、エンセラダスの熱水環境の形成時期や、生命にとっての食料を初めて具体的に特定したものです。結果は、生命存在の可能性をさらに高めてくれるものでした」と述べている。
9月に行なわれたカッシーニ探査機の観測の結果がもうすぐ明らかになってくるだろう。併せて、12月の再接近時にも新たなデータが手に入るだろう。
「観測結果は、現在急ピッチで解析されています。水素は実際に存在しているのか。どんな有機分子が内部の熱水環境で生成しているのか、地球生命の生体関連分子にどれくらい似ているのか、もうすぐわれわれは知ることができるでしょう」。そうコメントする関根氏は今、多忙を極めている。
サイエンスライター 田端萌子
関連リンク
- 東京大学大学院プレスリリース「土星衛星エンセラダスの岩石成分は隕石似!?-地球と異なる独自の熱水環境が存在-」
- 論文(英語) High-temperature water?rock interactions and hydrothermal environments in the chondrite-like core of Enceladus
- ※1 アストロアーツサイト「土星の衛星エンケラドスに、彗星の有機物に似た物質を発見」(NASAの情報を分かりやすく和訳した記事)
- ※2 アストロアーツサイト「エンケラドスの地表下に全球規模の海が存在」(NASAの情報を分かりやすく和訳した記事)