
(肉食爬虫類研究所 代表)
6つある大陸のうち半分、アフリカとオーストラリア、南極には一度も行ったことがなかった私。爬虫類のいない南極はともかく(白亜紀の海生爬虫類モササウルスを髣髴させるヒョウアザラシだけはいつか必ず見たいのだが)、百聞は一見にしかず、アリバイのつもりで一昨年まずオーストラリアに行ってきた。
ぶっつけ本番のやっつけ仕事にしては、予想外にいろいろな収穫を得た。これには現地でエコツーリズムなどに携わっていらっしゃる松井淳さんと佐絵さん、この御夫妻のお力に負うところ大である。
オーストラリアには、後肢だけで飛び跳ねるカンガルーや、ほとんどの時間を眠って過ごすコアラ、卵を産むカモノハシなどなど、他の大陸とはいっぷう変わった哺乳類が多い。これらオーストラリア産哺乳類(および一部は同じ動物地理区に含まれるニューギニア島などにも分布)のうち、カモノハシとその親戚のハリモグラは単孔類、あとはほとんど有袋類に属している。
有袋類とは読んで字のごとく、カンガルーが表象するように、雌のお腹に子育て用の袋を持っている獣たちの総称だ(現在ではいくつかの目に細分するのが普通)。袋の中に乳首があり、未熟児をここで育て上げるのである。
兵庫県立尼崎北高校の鈴木寿之教諭の研究によれば、浦内川では360種を超える魚類の生息が確認されているという。これも鈴木さんからの受け売りだが、魚種の多さで定評の四国は四万十川で約120種、準大陸ともいえるニューギニアやボルネオの大河でさえ、240種ほどだそうな。浦内川だけでこれだから、他の河川の魚も加えればもっと凄いに違いない。

ゴルフ場に現われたオオカンガルー。オーストラリアで2番目に大きな在来の哺乳類だ。もちろん野生である。

岩山に生息する小型のカンガルー類、マリーバイワワラビー。子はもう少しで外に遊びに出られるほど育っている。
カンガルーのようにオリジナリティー溢れるデザインの有袋類もいるが、いっぽうではフクロシマリス、フクロモグラ、フクロネコ、フクロギツネ、フクロモモンガ、フクロアリクイといった具合に、我々にとっては見慣れた動物の姿をしているが、どこかパチ臭い雰囲気の連中が大量に揃っている。

脇腹の膜を使い、50mも飛ぶ小型の滑空動物。有袋類だけあって、ご覧のように成体でも袋に入ると心理的に落ち着くらしい。
もちろんこれは偏見というもので、オーストラリアの人からみたら腹の袋こそブランドの証に違いない。
野生哺乳類の残りは、空を飛べるコウモリ、海を行き来しているクジラやアシカの類、流木につかまって漂着したネズミだけ。ほかに人が持ち込んで捨てた動物、たとえばディンゴ(古い家畜イヌの子孫)やラクダ、野ブタ、ウサギなどもいる。これらの帰化動物は種類こそ多くないが、個体数は相当なものだ。

オーストラリアに自力で到達した数少ない哺乳類のひとつ。日中も活動し、バナナを特に好んで食べる。

卵生の原始哺乳類だが、脳が大きく知能も高いことで知られる。熱帯域ではワニに襲われる危険を避けるため、人家や耕地の近くで暮らすことも多い。
それにしても道中違和感を禁じえなかったのは(水辺でワニに遭遇するケースを除けば)猛獣に襲われる心配がないこと。
アメリカだって、いや日本だって熊とバッタリの可能性ゼロではないのに、あの広大で人口密度も低いオーストラリアに猛獣がのし歩いていないのは不思議。と油断してたら、サファリパークからライオンが8頭も逃げていたと聞いてビビるが(苦笑)、私が来るほんの数日前に無事回収されたとのこと。
もちろんこれは特殊なケースだが、かつてはここに有袋類版のライオンつまり「フクロライオン」が生息していたのは事実。他にも肉食のカンガルーもいたし、哺乳類ではないが広義の「猛獣」と呼べるものに、体重約600kg超の巨大なオオトカゲや、腐肉食性の飛べない巨鳥なども挙げられよう。
これらはいずれも人間が渡来したとされる約4万2000年前にはまだ生きていた可能性が高い。
1930年代に絶滅したとされるフクロオオカミ(これは体重35kg程度に過ぎず、人は襲わない)も含めて、捕食性の大型動物はそれなりに暮らしていたことがわかる。てゆうか、これだけ猛獣がいたらもう十分って感じ。
明らかに狩猟圧によるフクロオオカミのケースを除けば、これらの滅亡に人類が関わっているか否かは定かでない。若干の因果関係はあるかもしれないが、化石記録によると、オーストラリアに人が定住する以前から、猛獣の多くがすでに滅びの兆しを見せていたようでもある。

史上最大の陸生トカゲ。人類到着直後まで、オーストラリアの陸上生物としては最強の捕食者として君臨していた。(写真:群馬県立自然史博物館)
オーストラリアは変化しやすい気流のもとにあり、気候の変動が激しい。しかも雲はほとんど東端の山にぶつかって雨を降らせてしまうから、それより西、つまり国土のほとんどが砂漠気候になっている。不安定かつ乾燥して生産力の低いこの大陸では、大型の捕食者が長期に渡って君臨するには不向きなのかもしれない。
だけど、小〜中型の有袋類は相変わらず元気に繁栄している。
有袋類の脳は体重比でいうと他の哺乳類よりも小さく(単孔類よりもずっと!)、哺乳類にしては体温も低めで「生温かい」感じの連中だ。それにこのお腹の袋。なんだか実写ドラえもんみたい(そんな作品はありません、念のため)で滑稽だが、実はこの袋にこそ、母子が1年近くもヘソの緒でつながっている人などよりも優れた面が隠されている。
仮に彼女らが大飢饉に見舞われたとしよう。赤ん坊を親の体からいったん切り離しておけば、乳の出が悪くなり、赤ん坊が先に衰弱死するのだ。つまり母子共倒れになるリスクが大幅に軽減されるのである。さらに、子は小さな未熟児だから、生活基盤が整いさえすればまたすぐ産むことができる。

熱帯雨林に生息する。夜行性で用心深く、深夜になると現われて器用に樹間を跳び回る。
オーストラリアは隔絶された土地ゆえ、進化したタイプ(と我々が思い込んでいる)の哺乳類が入り込むチャンスがなかった。有袋類が繁栄しているのはそれゆえだと語られることが多い。しかし化石記録からは、かつてはこの地にも我々に近い系統の哺乳類が並存していたものの、やがて滅んだことがわかる。
有袋類の繁殖様式は物凄く身勝手で、残酷にも思えるが、厳しい環境のもとに生きるためには、フレキシブルで優れた選択だったのである。フクロギツネや南北アメリカ産の有袋類オポッサム(フクロネズミ)などは、他所へ人為的に運ばれ、土着の哺乳類を押しのけて優位に立っている実例もある。

フクロギツネが観察のための餌場に集まった。世界各地に移入され、在来の哺乳類を押しのけて増加傾向にある。

富田京一(とみた きょういち) 氏のプロフィール
1966年福島県生まれ。肉食爬虫類研究所代表。日本生態学会自然保護委員会・西表アフターケア委員。主として沖縄県南部の爬虫類をフィールドワーク。世界各地の恐竜発掘現場を野次馬的に見て歩き、各地で開催される恐竜博や、CGによる恐竜復元にも関わる。いっぽうでは、幼稚園から大学までと、やたら幅広く理科教育にも携わっている。「日本のカメ・トカゲ・ヘビ」(山と渓谷社)「トミちゃんのいきもの五十番勝負」(小学館)など著作多数。