サイエンスクリップ

トミちゃんのヒネクレ動物紀行ー 第4回「オウムガイを見て思うこと」

2012.10.31

肉食爬虫類研究所 代表 富田京一 氏
富田京一 氏
(肉食爬虫類研究所 代表)

 私の仕事場兼住居には、博物館の企画展などに貸し出すための動物も飼われている。これらのほとんどは「生きた化石」(遺存種)と呼ばれる連中だ。生きた化石の定義やランク付けにはいろいろな意見があるが、私は外観がなんとなく古代っぽいことも含めて、シーラカンスとカブトガニ、オウムガイ(現在飼育中)を勝手に動物界の御三家と呼んでいる。シーラカンスはそもそも無理だが、かつてカブトガニは飼っていたし、オウムガイは現在飼育中である。

鸚鵡貝全体 和名は、殻の形状と縁の黒い部分が鳥のオウムの嘴を連想させることから。

鸚鵡貝全体
和名は、殻の形状と縁の黒い部分が鳥のオウムの嘴を連想させることから。

鸚鵡貝そっぽ 見つめていると、機嫌が悪いのかソッポを向かれてしまった。

鸚鵡貝そっぽ
見つめていると、機嫌が悪いのかソッポを向かれてしまった。

 オウムガイ類は数種が知られるが、どれも南方産で日本近海には分布していない。ただし死後、中にガスが溜まって漂流した貝殻が日本の海岸に打ち上げられることはある。殻は巻き貝のそれと似ており、巻き貝から進化したことは確かなようだが、内部構造はえらく異なっており、イカやタコと同じ「頭足類」の一員である。
この殻の縞々が綺麗なせいか、シーラカンスなどに比べてグロテスクな印象は薄い(そこが個人的には玉にキズなのだが)。

 哺乳類や鳥類は自己の体内で熱を発生させ、かつそれを一定に維持することで恒常性を保っている。こうしたシステムを備えた連中が「内温動物」、トカゲのように熱源を概ね外部に頼っているものは「外温動物」と呼ばれている。ただしマグロやミツバチは鳥獣ではないが内温動物的だし、卵を抱いて温めている時期のニシキヘビも然りで、ちらほらと例外もある。

鸚鵡貝ノズル イカ・タコと同様にノズル(漏斗)からのジェット推進で泳ぐが、漏斗は完全な筒状ではなく原始的。

鸚鵡貝ノズル
イカ・タコと同様にノズル(漏斗)からのジェット推進で泳ぐが、漏斗は完全な筒状ではなく原始的。

鸚鵡貝手から餌 人懐っこく、また嗅覚にも優れているため餌付けは楽。好物はエビで、殻の成長にはカルシウムが欠かせないため殻ごと与える。

鸚鵡貝手から餌
人懐っこく、また嗅覚にも優れているため餌付けは楽。好物はエビで、殻の成長にはカルシウムが欠かせないため殻ごと与える。

 古くはジュール・ベルヌの小説「海底二万里」に登場する潜水艦や、あまつさえ実在の米原潜の名前にも使われたりと「カッコイイ系」キャラだったし、最近ではむしろクマノミとかと一緒の「サンゴ礁の愉快なお友達」みたいなファンシーなキャラとして認知されている気がする。

 実際のオウムガイは南方産とはいえ、色とりどりのサンゴが生い茂る浅瀬で姿を見ることは難しい。水深300〜400m、場合によっては600mほどの深場に生息しているからだ。ただし夜間だけは水深何10m位まで浮上もするそうだから、熟練した人だったらナイトダイビングで見られるかも、ってとこだろう。
いずれにしても深層の冷たい海に適応した動物なので、水温が24℃を超えるとテキメンに弱る。暮らしている水深が違うので、色とりどりの熱帯性海水魚やサンゴと同居させるのはなかなかに苦しい。
水温はできれば18〜20℃くらいに抑えたいから、夏場は専用のクーラーが必須だ。地球の歴史や環境の教材を飼う行為が、その地球にキビシイことになっとるんだから本末転倒。後悔はせんが反省はせんとな…。

触手には細かなシワがあり、休息時は流されないようガラスの壁(自然界では岩など)にしがみ付いて命綱とする。
鸚鵡貝命綱
触手には細かなシワがあり、休息時は流されないようガラスの壁(自然界では岩など)にしがみ付いて命綱とする。

 で、無理矢理話題を変える。拙宅に来た客の大半はオウムガイに興味深々見入ってくれるのだが、なかには反射的に「アンモナイトだ!!」と叫ぶ御仁もおられる。「う…ぷぷ」と笑いを堪えて見ている私だが、自分も慌ててるときなど、しばしば「ウ、ウチのアンモナイトがねっ!」と叫んでしまうので、人のことを言えた義理ではない(苦笑)。
確かに、オウムガイとアンモナイトの外観は似ている。だが生きているアンモナイトを見た人は誰もいない。6500万年以上も前に滅んだのだから当然である。

 アンモナイト類が出現したのはざっと4億700万年ほど昔のことだが、オウムガイ類の起源は5億年近くまで遡ることができ、どちらかといえばこちらがのほうが祖先筋にあたる。
殻はともかく(殻も内部は結構違うのだが)、軟体部はめったに化石として残らない。我々が知っているアンモナイトの復元図には、たいていかなりの想像、それもオウムガイからの類推が含まれていると疑ってかかったほうがよい(もちろん中には素晴らしい考証に基づくものもある)。

 オウムガイは90本程度もの触手を持っているが、どれも短く、吸盤や、ましてやイカのマジックハンド(触腕)のごとき凝った構造はみられない。ただし上方の触手2本だけは幅広くなり、左右が癒合して「頭巾」とよばれる1枚の板に特殊化している。頭巾はタニシやサザエでいう「蓋」の役目を果たしているようだ。

アンモナイト(からすとんびつき) 「頭巾」を持つと誤解されたアンモナイトの化石。実は嘴(カラストンビ)が巨大化して蓋に変化した特殊な種類で、このような構造物はごく一部のアンモナイトにしかみられない。
アンモナイト(からすとんびつき)
「頭巾」を持つと誤解されたアンモナイトの化石。実は嘴(カラストンビ)が巨大化して蓋に変化した特殊な種類で、このような構造物はごく一部のアンモナイトにしかみられない。

 アンモナイトの化石からは今のところ頭巾が見つかっていない。したがって頭巾を付けたアンモナイトの復元図は誤りである可能性が高い。逆に、わずかに残された軟体部のX線像やタコ・イカとの比較などから、アンモナイトの触手(腕)の数や形態はイカに近いのでは? と推測される傾向が強まっている(あくまで推測の段階なのだが)。

 オウムガイの眼は大きいが、どこにもレンズらしきものはなく、いわゆるピンホールカメラの原理で像を結ぶ仕組みになっている。これも推測だが、アンモナイトはタコイカ並みにレンズを備えていた可能性がある。
針穴カメラで物を見るオウムガイの視力はタコ(哺乳類に匹敵する)やイカ(こちらはさらに鋭敏で、鳥類に匹敵)とは比ぶべくもない。図鑑などではボロクソに書かれていることもあるが、私は無脊椎動物としては相当なレベルだと思う。不機嫌なときに私が近寄るとそっぽを向くし、ズームレンズを近付けると後じさりもする。色覚や遠近調節、動体視力はともかく、形態視に関しては昆虫などより優秀なのではなかろうか。

 閑話休題。子孫筋のアンモナイトが絶滅して、祖先筋のオウムガイが生き続けているのはなぜか? 曰く、住むにはしんどいが、それゆえ競合者も少なく、また水温も水質も安定している深場にとどまっていたのが幸いした。曰く、卵が孵化するまでに1年以上もかかるものの、でっかくて丈夫な赤ん坊となって世に出るから…理由はいろいろ取り沙汰されているが、あるいは単なる偶然なのかもしれん。新しいもの、優れたものが必ず生き残る法則などありゃしないのだ。

 自然界の現象なのにもかかわらず、親が子に先立たれると辛いように、「せっかくだから新しく出たほうに生き残って欲しい」という願望や、マルクス史観的な「新しいものが進歩しているから生き残るはずだ」という人々の思い込みが反映されているようで面白い。「斜陽そうなものにこそ残って欲しい」と判官びいきでオウムガイを眺めている私などはもっと科学的でないのだが…。

肉食爬虫類研究所代表 富田京一 氏
富田京一(とみた きょういち)

富田京一(とみた きょういち) 氏のプロフィール
1966年福島県生まれ。肉食爬虫類研究所代表。日本生態学会自然保護委員会・西表アフターケア委員。主として沖縄県南部の爬虫類をフィールドワーク。世界各地の恐竜発掘現場を野次馬的に見て歩き、各地で開催される恐竜博や、CGによる恐竜復元にも関わる。いっぽうでは、幼稚園から大学までと、やたら幅広く理科教育にも携わっている。「日本のカメ・トカゲ・ヘビ」(山と渓谷社)「トミちゃんのいきもの五十番勝負」(小学館)など著作多数。

ページトップへ