仕事では主として爬虫類・古爬虫類(ざっくり言えば恐竜など)を対象としている私だが、個人的に最も興味を惹かれるのは頭足類、つまりタコ・イカといった連中である。種類にもよるがタコのほうがやや飼いやすく、しばしば我が事務所のマスコットになっている。今まで飼ったことがあるタコは7種類。もともとは世界一ド普通な種である「マダコ」を飼うことが多かったが、最近は沖縄など南方産の「ワモンダコ」を飼う機会が増えた。ちなみに、日本近海に住むマダコはいずれ別種にされるかもしれない。骨や貝殻など硬いところを持たない動物を分類する人はホント大変そうだ。

マダコが夜行性であるため、タコは全部夜行性だと頭から思い込んでいた。だからワモンダコ飼い出してからまず驚いたのは、夜間グーグー寝ていることも多いこと(もちろん現実にイビキはかかないが、岩の間に籠もるだけでなく、瞼も閉じているので寝ているのは確か)。タコの多くは1〜1.5年と短命だし、人間の1日とは概念が違う動物の行動パターンを夜行性・昼行性などと単純に区分けするのは乱暴なのかもしれない。飼いネコだって夜爆睡していることもあれば、昼間元気に出歩いていることもあるし…。

マダコの好物は1に甲殻類、2に貝類だ。タコは基本的に優秀なハンターなので、奴らの精神衛生上、これらの餌を生きたまま与えるのが好ましいと思っていた。ところがワモンダコの場合、生きて動いているこれらの動物には眼もくれず、弱ったり死んだ途端、おずおずと近寄ってきて食べたりする個体が多い(小さなヤドカリは一撃で捕食してしまったが)。サンゴ礁のスカベンジャーつまり掃除屋的な役割を担っているのかもしれない。
マダコをはじめ多くのタコの死因№1は水槽から出たまんま戻れずに、干からびてしまうことだが、ワモンダコでのそうした事例は極端に少ない。また、たいていのタコは複数入れると即刻死闘をおっ始めて水槽内が修羅場と化すが、ワモンダコの場合はよほど過密にしない限り大喧嘩には至らない。
タコといっても十把ひと括りにできないことを思い知らされたが、個体による性質の差もハンパでない。
世間一般のイメージはともかく、生物学的にタコは知能が高い、すなわち「賢い」と考される動物のひとつだ。何を持って知能とし、どうやってそれを測るかはビミョーだが、それはさておき、賢い動物にはしばしば個体ごとに明瞭な性質の差が見られる。同じ海域で採られた同じサイズのワモンダコでも性質(性格?)はさまざまだ。水槽からニュルニュル腕(触手)を出して餌をねだる奴がいたかと思うと、人が近づくと気配を嫌ってか、岩戸に隠れた天照大神のごとく頑なに顔を出さない奴もいる。すぐになつくがそれ以上進展しない個体もいれば、用心深かったのがひとたび慣れると「別蛸」のように図々しくなるのもいる。昨日、私が水槽の掃除をしようと中に手を入れた瞬間、何か餌を貰えるのではと期待したのかいきなりタコが絡み付いてきて、別の手で持っていたメタルハライドランプ(強力な照明器具のひとつで、サンゴなど光合成を必要とする生物の育成に定評がある)を見事水没させてしまった。数万円はするこの器具を再びセットするには、原稿何本分か余計に稼がなければならない(半泣き)。まぁ、自分の子どもに悪戯されたようなものと思えば少しは微笑ましくもなる。ボヤキもほどほどにして働こう。

写真はいずれもワモンダコで、名前はときどき体に円い斑紋が浮かび上がることに由来

富田京一(とみた きょういち) 氏のプロフィール
1966年福島県生まれ。肉食爬虫類研究所代表。日本生態学会自然保護委員会・西表アフターケア委員。主として沖縄県南部の爬虫類をフィールドワーク。世界各地の恐竜発掘現場を野次馬的に見て歩き、各地で開催される恐竜博や、CGによる恐竜復元にも関わる。いっぽうでは、幼稚園から大学までと、やたら幅広く理科教育にも携わっている。「日本のカメ・トカゲ・ヘビ」(山と渓谷社)「トミちゃんのいきもの五十番勝負」(小学館)など著作多数。