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途上国の理科・科学、科学技術水準の現状と課題ー 第4回「体育や日本文化も教えています」

2008.08.08

 このコーナーでは、途上国の科学技術の水準や、理科教育における現状および今後の課題について、青年海外協力隊に理科教師として参加した4人の体験談も交えながら、6回シリーズでご紹介しています。なお、青年海外協力隊事業は、「開発途上地域の住民を対象として当該開発途上地域の経済および社会の発展または復興に協力することを目的とする国民などの協力活動を促進し、および助長する」ことを目的に、国際協力機構(JICA)によって実施されています。

9学年(日本の中学3年生くらい)の数学の授業風景
9学年(日本の中学3年生くらい)の数学の授業風景

 私の配属先であるグッドシェパードルスラン高校は、パプアニューギニアのリゾート地と呼ばれるマダンのタウンから北へ約15キロ離れたところにあり、非常にのんびりした環境の中にあります。男子生徒356人、女子生徒107人で、そのうち男子生徒103人が学校の敷地内にある寄宿舎で寮生活をしています。教師は22人。キリスト教系の学校なので、チャペルで毎朝8時に行われるミサから一日が始まります。

 1コマ40分の授業が8コマあり、その後昼食、そして午後の奉仕の時間に草刈りや清掃を行い、4時に学校の一日が終わります。寮生はその後当番制で夕食を作り、夕食後は夜のミサが7時から行われます。ミサの後は各自自習の時間になっているので、10時の就寝までその日の復習や宿題をします。

 現在受け持っている授業は理科・数学・体育で、4月末から始まった2学期にはさらに美術・技術・音楽が一つの教科になった芸術の時間を担当し、日本語や日本文化も教えています。

 パプアニューギニアでは、日本の学校とは違い一人の教師が複数の教科を担当することがごく一般的です。このため当初の要請にあった理科と数学だけでなく、以前日本で働いていた時にサッカー部の顧問をしていたのを買われて体育の授業を、さらに日本の文化を教えるために芸術の授業を受け持っています。この芸術の時間は「自由に日本に関することを教えてもよい」と言われているので、自分自身が一番楽しんでいます。

 授業以外の活動としては、放課後に行われる校内の草刈りや清掃を一緒にしつつ、その監督もしています。その他、年に1回行われる州内のスポーツ大会に向け、校内選抜のサッカーチームを作ってその指導をしたり、日本の文化祭にあたるカルチャーショーでは、生徒や地域住民と一緒に「シンシン」と呼ばれるパプアニューギニアの伝統的な踊りを踊ったりもしました。

ここの自然は、生きた教科書

 理科室に電気はきていますがガスと水が供給されておらず、実験器具や薬品も十分にそろっていないので、日本のように生徒一人ひとりが実験を行うことはできません。そのため教卓で私が実験を行い、生徒はそれを手伝いながら見るだけということになってしまいます。

 このような実験は、生徒にとっても私にとっても満足できるものではありません。しかし、自然にあふれたこの環境こそ、日本にはない素晴らしい生きた教科書です。植物や動物をはじめ、天気や天体など、一歩教室を出ればそこは自然を感じることのできる実験室。どの植物が食べられるか、薬草がどれか、毒を持っている昆虫はどれか、南十字星はどれかなど、逆に生徒に教えてもらうこともたくさんあります。

 理科は生徒にとってむずかしいさまざまなことを勉強する学問ですが、その本質はこのような自然と共存する知恵を学ぶことです。多くの日本の生徒たちにはこの基本的な理科の楽しさや必要性を知る機会がなく、それが理科離れにつながっているのではないかと、この環境で生活するうちに強く思うようになりました。

途上国の理科教育に携わることを希望する方へ

 これから理数科教師を目指す人にとって心配なのは、やはり言葉の問題でしょう。数学はともかく、理科は専門用語が非常に多いので授業の予習に多くの時間をさくことになると思います。しかもその授業の時にしか使わないような、普段の生活にはあまり出てこない単語が多いので苦労するかもしれません。ですが、逆にそのような専門の単語は授業の時に使えればよいので、あえて無理をして日本にいる時から覚えておかなくてもよいと思います。

 それよりも、授業中によく使う言い回しや決まり文句をたくさん覚えておいた方が役に立つでしょう。生徒をほめる、しかる、発言を促す、作業の指示を与える−こういった言葉は実際に派遣されてから現地の教師の授業を見せてもらうことで覚えることもできますが、やはりある程度は訓練所にいる時、あるいはそれ以前から意識して勉強しておいた方が良いと思います。

 語学以外のアドバイスとしては、いい意味での「いい加減さ」を持つということです。日本での生活とはあらゆる面で違うことばかりです。さまざまな問題にぶつかった時、日本で使っていた常識の定規は途上国では自分を苦しめるものになりかねません。時間どおり、約束どおり、思いどおりにならないことにゆとりを持って対処できる心が必要です。

 最後のアドバイスは「逆境をバネにすること」です。私が実際に派遣されてすぐ、学校を含め地域一帯の水道がなんと半年間にわたって断水になりました。近所の人たちは雨水を蓄えるタンクを持っていたのですが、私の家にはなかったので、トイレや食器を洗うのには屋根を伝って落ちてくる雨水をバケツに溜めて使用したり、時には近所の子どもたちと一緒に雨の中でシャンプーをしたり、寮生と一緒に歩いて30分ほどの川に行水に行ったこともあります。炊事に使う水は近所の人にタンクの水をもらって生活していました。厳しい生活でしたが、この時の生活のおかげで近所の人たちとのつき合いが深まり、生徒とも早くうちとけることができました。

 今まで私がこの国で無事に活動してこられたのも、たくさんの人の支えがあったからです。残りの任期で少しでも恩返しができるように充実した毎日を送っていこうと思います。

(国際協力機構 青年海外協力隊 協力隊レポートより転載)

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