サイエンスクリップ

江戸時代からの古き技術と現代のロボット研究ー 第12回「ロボット技術の未来 からくり人形に学ぶ -文化、芸術、風俗、経済、技術の融合-」

2006.08.23

 今までロボットの技術や研究についての現状をお話してきました。この先、技術や研究は着実に進んでいきますが、それによってロボットはどういう未来へ向かうのか? 私は二つの方向性があると考えています。ひとつは、現在普及している機械に『感じて・考えて・動く』という技術が向上し、今あるものがさらに賢くなるという方向。

 もうひとつは、今まで見たこともないものが出てくるというもの。そのキーワードは技術だけの問題ではなく、それが世の中に受け入れられるための『文化』『芸術』『風俗』『経済』などを、『技術』にどう融合させていくかが重要だと考えています。例えば、もしもハルキゲニア01のような、一般には見たこともないロボットを200万円で発売したとしても、買う人はほとんどいないでしょう。それが文化として道路を走るような世の中になっていない。新しいものは、まず世間に受けいれられなければならない。

 例えば、アンドロイドを技術的につくっていっても、おそらくなかなか人間と同じようになりません。人工皮膚を使い、筋肉の動きを模倣し、喜怒哀楽を表現したとしても、人間にはなれません。むしろ死体が動いているようにすら見えてしまいます。

 それはなぜか。人間の表情が自然なのは、その表情の背景に感情があるからです。今の人工知能の技術では、喜怒哀楽の自我、感覚を実現するのは難しい。だから感情がなく表情だけをつくっても、動いている死体のように見えてしまう。これは「不気味の谷」という有名な話で、見た目が人間に近づいていくほど、それが急に不気味に見えてくる段階があるんです。

 ところが、ある芸術家と話をすると、そんなことは芸術の世界では何百年も前に解決していると言われました。からくり人形を見ると、確かに、からくり人形はすでに解決しているんです。茶運び人形や、弓曳き童子の顔の表情を見てください。からくり人形は別に顔にモーターがついているわけではない。なのに、動いていて、表情が豊かなんです。弓曳き童子が弓を引く瞬間、キュッと顔を向ける。可愛らしい。

弓曳き童子(久留米市教育委員会 所蔵)
弓曳き童子(久留米市教育委員会 所蔵)

 能面もそうです。前後左右に顔を傾けることで、喜怒哀楽をうまく表現しています。技術的なものを追求しているのではなく、人間が持っている感性にどうしたら訴えかけられるかどうかを考えた成果です。技術者は技術だけで何かをやろうとしてはいけない。芸術や、からくり人形から学んでいかないといけない。

 からくり人形のすごいところは表情もそうですが、中にからくりの機械が入っているのに、着物を着ていて、外見からはその中に機械が入っているのが見えません。しっかり着物を着て動きます。すごいのは着物を着て動く姿形が、とても自然だというところです。そうみえるように中の機構ができています。着物を着た時に糸がひっかからないように首が動くんです。

 紐を動かす技術、中の機構、動き方も、すべてが融合している。なおかつ動いた時、大衆にどう受け入れられるか。面白いかどうか。文化的な余興としての遊びが、すべてが計画されている。ロボットは、からくり人形の「からくり」の部分がない。これを実現するための着物づくりまでは、まだ進んでいません。見せ方もです。そういうものを意識して、初めてからくり人形のように世の中に受け入れられる。

 つまり、からくり人形は、『文化・芸術・風俗・経済』と融合することを見事に成し得ているんです。だからこそ、からくり人形から学ぶべきことはたくさんあります。これからのロボットの課題は、『文化』『芸術』その他と『技術』が融合することです。

 では、からくり人形から学んで、ロボットの技術がどういう方向に進んでいくのでしょうか? これからさらに確実性、安全性が増してゆき、やがては福祉の領域に進んでいくのではないかと私は思っています。

 例えば、首から上ははっきりしていて、でも身体が自由に動かせないという人がいます。行きたい、したい、でも身体が動かない。やりたいという気持ちを物理的なアクションに変換するための技術を持つロボット。脚椅子—車椅子の車輪が足に変形する。もちろん車輪にもなっている。平地はもちろん、山道とか自然環境の中のどこへでも行けるような車椅子—脚椅子なんかがあればいいなと。

 私が昔、車椅子生活だった時の経験を踏まえて。ハルキゲニア01のコンセプトは、脚椅子のでっかいバージョンなんです。「したい、やりたい」という気持ちを変換するための機械を、ロボットの技術を使って実現したい。

ロボット研究のきっかけ

 ロボットの技術には重要なキーワードがあります。技術は未熟だと自然環境を破壊する。技術に合わせて環境をつくる。おそらく現在のバリアフリーはそういうことで満足してしまっている。車椅子は、車輪で平地しか進めません。確かに都市部では実用的ですが、海や山をバリアフリーにすることは不可能です。

 私たちは、車のために道路を鋪装するなど、自然環境を壊してきましたけど、そんなふうに自然環境を破壊すると、人間はいずれ自然に淘汰される。これから求められる技術は、自然を淘汰しない技術、自然環境と共存できる技術です。技術のために環境を合わせるのではなく、環境に技術を合わせる。そんな技術が必要です。

 自然環境も破壊しない、自然に淘汰されない。なおかつ、人の不自由を不自由でなくする。さらにそれが世の中に受け入れられるためには、『文化』『芸術』『風俗』と融合しないといけない。からくり人形の技術から学びつつ、将来を見据えて、環境にやさしい技術をつくる、これがロボットのあるべき姿だと思います。

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国立科学博物館 主任研究官 富田京一 氏
鈴木一義(すずき かずよし)

鈴木一義(すずき かずよし) 氏のプロフィール
専門は科学技術史で、日本における科学、技術の発展過程の状況を調査、研究をしている。特に江戸時代から現代にかけての科学、技術の状況を実証的な見地で、調査、研究をしている。
これまでに、経済産業省「伝統の技研究会」委員、大阪こどもの城、トヨタ産業記念館、江戸東京博物館、その他博物館の構想委員や展示監修委員などを歴任。

千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター 所長 古田貴之 氏
古田貴之(ふるた たかゆき)

古田貴之(ふるた たかゆき) 氏のプロフィール
独立行政法人 科学技術振興機構 北野共生システムプロジェクトのロボット開発グループリーダーとしてヒューマノイドロボットの開発に従事。2003年6月より千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター所長。2002年にヒューマノイドロボット「morph3」、2003年に自動車技術とロボット技術を融合させた「ハルキゲニア01」を開発。

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