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江戸時代からの古き技術と現代のロボット研究ー 第11回「江戸時代のからくりから発展する現代の技術」

2006.08.16

 「からくり」は、言ってみれば平和な江戸時代の遊びのなかに生まれた、単なるおもちゃでしかありません。しかしながら単なるおもちゃ、見せ物だったからこそ、質素倹約などの種々の制約から離れ、費用を度外視したその時代の先端の技術が利用されたともいえるでしょう。おもちゃは社会の反映であり、その中にからくりのようなモノが独自の発展を遂げていたことは、江戸時代の科学や技術を考えるとき、そして現在、これからの日本を考えるとき、その意味は決して小さくないと思います。

『遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん』

 これは平安時代末期に編まれた歌謡集『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』で紹介されている有名な歌ですが、江戸時代に花開き、今に続く日本文化を象徴的に示しているのではないでしょうか。

 江戸時代は平和な時代でした。慶長8年(1603年)の江戸開闢(かいびゃく)以来、人々は約260年余もの間争いの無い平穏な時間を過ごしたのです。武士も庶民も、いま私たちが考える以上に遊び、生活を楽しんでいたのです。特に一般の庶民がこれほど遊んだ国は、同時代に他にないでしょう。

 江戸時代は鎖国によって、外国との技術的交流は基本的に閉ざされ、西洋と比較して軍事的、生産的な技術は停滞しました。それは平和で鎖国という自給自足の体制をとった江戸時代では当然のことです。江戸時代の日本では、西洋のような蒸気機関や機械化された工場施設のようなものはほとんど見られません。しかし、浮世絵などに代表されるように、芸術や芸能、娯楽の分野では決して欧米に劣ってはいませんでした。からくりも芸能、娯楽のひとつとして、そうした江戸の社会を反映しています。

せり出し 舞台の上下を切明たる図(戯場訓蒙図彙より)
せり出し 舞台の上下を切明たる図(戯場訓蒙図彙より)

 今日の人形浄瑠璃や歌舞伎に見られる人形や舞台装置には、欧米の工場システムに匹敵する仕掛けや工夫が凝らされていたのです。まわり舞台(ろくろを利用して人力で回転させる)やどんでん返しのようなさまざまなからくり技術が、その日の出しものや舞台の進行に合わせて、システマチックに構成されていたのです。今日、欧米の劇場に見られるまわり舞台やせり上がり等の技術は、実は日本より伝わったものなのです。

 からくりも芸能、娯楽のひとつとして、そうした江戸の社会を反映しています。日本の昔からの遊びである「折り紙」などもそうでしょう。折り紙は国際的に高い評価があるのですが、日本人には当たり前すぎてピンと来ないようです。一枚の紙から立体をイメージし形にする。「想像」と「創造」が実践されています。数学者は数式で立体をイメージします。しかし日本人は数式からでなく、一枚の紙からそれを想像し、創ることができるのです。子供の頃から遊びとして、手で幾何学を学んでいるわけです。

「ミウラ折り」対角の端を持ち、伸縮させるだけで開閉できる折り方
「ミウラ折り」対角の端を持ち、伸縮させるだけで開閉できる折り方

 人工衛星の太陽電池パネルに「ミウラ折り」という折り紙技術が使われて話題になったことがありました。日本の文化が生んだ発想、日本人だから実現できた技術です。ロボットもからくりや折り紙等のように、きっと日本独自の発展があるはずです。なぜなら日本人は、大学の研究者や企業の技術者たちだけでなく、誰もが「からくり」の時代から「ロボット」を大好きだから、というのは理由にならないでしょうか。

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国立科学博物館 主任研究官 富田京一 氏
鈴木一義(すずき かずよし)

鈴木一義(すずき かずよし) 氏のプロフィール
専門は科学技術史で、日本における科学、技術の発展過程の状況を調査、研究をしている。特に江戸時代から現代にかけての科学、技術の状況を実証的な見地で、調査、研究をしている。
これまでに、経済産業省「伝統の技研究会」委員、大阪こどもの城、トヨタ産業記念館、江戸東京博物館、その他博物館の構想委員や展示監修委員などを歴任。

千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター 所長 古田貴之 氏
古田貴之(ふるた たかゆき)

古田貴之(ふるた たかゆき) 氏のプロフィール
独立行政法人 科学技術振興機構 北野共生システムプロジェクトのロボット開発グループリーダーとしてヒューマノイドロボットの開発に従事。2003年6月より千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター所長。2002年にヒューマノイドロボット「morph3」、2003年に自動車技術とロボット技術を融合させた「ハルキゲニア01」を開発。

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