サイエンスクリップ

江戸時代からの古き技術と現代のロボット研究ー 第7回「創意工夫に満ちたからくり人形」

2006.07.19

 「茶運び人形」の機構が、和時計そのものであることは、すでにご紹介しました。しかし、和時計のほとんどが鉄で作られているのに対して、茶運び人形は鉄に比べれば、はるかに強度のない木で作られています。

 動力伝達のために、力のかかる歯車は木目方向に弱く、貼り合わせるなどの工夫が必要でした。また動力である鯨のひげは、生物ゆえに大きさも限られ、からくりを動かすのに必要な力を得ることができませんでした。そのため、軽く華奢な構造、大きさの制限など、さまざまな知恵を絞らねばならなかったのです。

茶運び人形(九代目玉屋庄兵衛作、国立科学博物館 蔵)
茶運び人形(九代目玉屋庄兵衛作、国立科学博物館 蔵)

 その匠の技の一つが、幕末に作られた「茶運び人形」の歯車に隠されていました。修復のために調査したところ、この木目を揃えて貼り合わせた木製歯車の形状が、現代のインボリュート歯車にほぼ一致することがわかりました。伝達ロスの少ない歯車を作り続くけているうちに、いつの間にか理想的な歯車になったということでしょうが、経験のなかで知識を積み重ねていった先人の能力に驚きます。

 この茶運び人形を含んだ、9種類のからくりの設計図集が江戸時代に出版されています。幕府の天文方助手を務めた土佐の細川半蔵という人物が書いた、その「機巧図彙(からくりずい)」の序文には、このような一節があります。

「夫奇器を製するの要は、多く見て心に記憶し、物に触て機転を用ゆるを学ふ。譬ば魚の水中に尾を揺すを見て柁を作り、翅を以って左右するを見て櫓を製するの類是れなり。されば諸葛孔明は妻の作れる偶人を見て、木牛流馬を作意し、竹田近江は、小児の砂弄を見て機関の極意を発明す。此書の如き、実に児戯に等しけれとも、見る人の斟酌に依ては、起見生心の一助とも成りなんかし」

「機巧図彙」の一部
「機巧図彙」の一部を紹介
「機巧図彙」の一部を紹介
「機巧図彙」の一部を紹介

 すなわち、「多くのものを見てそれを心に記憶しとどめること、そしてこの記憶と経験が蓄積されたときに新しい物にふれる心の機転が働く。この機転の働きによって発明が生まれてくる。」ということです。茶運び人形に見られるように、まさに先人たちは「起見生心」を実践していたのです。

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国立科学博物館 主任研究官 富田京一 氏
鈴木一義(すずき かずよし)

鈴木一義(すずき かずよし) 氏のプロフィール
専門は科学技術史で、日本における科学、技術の発展過程の状況を調査、研究をしている。特に江戸時代から現代にかけての科学、技術の状況を実証的な見地で、調査、研究をしている。
これまでに、経済産業省「伝統の技研究会」委員、大阪こどもの城、トヨタ産業記念館、江戸東京博物館、その他博物館の構想委員や展示監修委員などを歴任。

千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター 所長 古田貴之 氏
古田貴之(ふるた たかゆき)

古田貴之(ふるた たかゆき) 氏のプロフィール
独立行政法人 科学技術振興機構 北野共生システムプロジェクトのロボット開発グループリーダーとしてヒューマノイドロボットの開発に従事。2003年6月より千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター所長。2002年にヒューマノイドロボット「morph3」、2003年に自動車技術とロボット技術を融合させた「ハルキゲニア01」を開発。

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