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江戸時代からの古き技術と現代のロボット研究ー 第5回「からくりからロボットへ -道具の文化と機械の文化-」

2006.07.05

 江戸時代の最も有名なからくりに、「茶運び人形」があります。茶運び人形はゼンマイを巻き、人形の手に茶碗をのせてやると動きだし客の前に進んでゆき、客が茶碗を取ると止まり、茶碗を返すとUターンして主人の元へ戻ってくるというものです。

茶運び人形(九代目玉屋庄兵衛作、国立科学博物館 蔵)
茶運び人形(九代目玉屋庄兵衛作、国立科学博物館 蔵)

 西洋にも歩いたり、音楽を奏でるオートマタは存在しますが、不思議と茶運び人形のような、直接的にサービスをするものは見あたりません。身長40cm程の人形が、カタカタと一生懸命お茶を運んでくる姿は実に愛らしく、おもわず声を掛けたくなります。

 さて、この茶運び人形の機構は、当時の和時計そのものでした。和時計は、世界で日本だけが作っていた、四季に変化する昼夜の長さに対応する実用の機械時計です。13世紀頃に西洋で発明された機械時計は、17世紀前後に東洋に伝えられます。

 西洋は機械時計の発明により、宗教や支配層が率先して社会制度を機械時計に合わせました。しかし農業国である中国や日本で西洋式機械時計は用をなさず、中国の皇帝らは清朝時計として、徳川家康も江戸城に時計の間を作り、飾りやおもちゃとして扱いました。

 ところが平和な社会が実現し、技術が一部貴族達だけでなく、広く社会に使えるようになっていた日本では、当時の最先端技術である機械時計を一部階級のおもちゃとしてではなく、実用の社会が利用できる和時計として普及させたのです。

万年時計((株)東芝 蔵・国立科学博物館 展示)
万年時計((株)東芝 蔵・国立科学博物館 展示)

 日本人は、この和時計やからくりのように、機械に人間が合わせるのではなく、人間に機械を合わせてきたのです。日本人は道具を大事にします。道具は、一人一人の人間の体や手に合わせて作られるものです。

 道具を使うことにより、人は個々の能力を、それぞれに高めることができます。スポーツ選手の靴やウエアは、その良い例でしょう。日本人は、時計のような機械も、からくりも、道具のように考え、扱ったのです。

 からくり人形に感じる愛らしさは、作る人と使う人のそれぞれの愛情がこもった道具に、私たちが感じるものと、同じような感情ではないでしょうか。

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国立科学博物館 主任研究官 富田京一 氏
鈴木一義(すずき かずよし)

鈴木一義(すずき かずよし) 氏のプロフィール
専門は科学技術史で、日本における科学、技術の発展過程の状況を調査、研究をしている。特に江戸時代から現代にかけての科学、技術の状況を実証的な見地で、調査、研究をしている。
これまでに、経済産業省「伝統の技研究会」委員、大阪こどもの城、トヨタ産業記念館、江戸東京博物館、その他博物館の構想委員や展示監修委員などを歴任。

千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター 所長 古田貴之 氏
古田貴之(ふるた たかゆき)

古田貴之(ふるた たかゆき) 氏のプロフィール
独立行政法人 科学技術振興機構 北野共生システムプロジェクトのロボット開発グループリーダーとしてヒューマノイドロボットの開発に従事。2003年6月より千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター所長。2002年にヒューマノイドロボット「morph3」、2003年に自動車技術とロボット技術を融合させた「ハルキゲニア01」を開発。

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