マグニチュード(M)7級の激しい揺れが襲う首都直下地震について、政府の作業部会は19日、新たな被害想定の報告書を公表した。最悪の場合、全壊・焼失建物は約40万棟、死者は約1万8000人に達し、工場損壊や流通網の壊滅などによる経済被害は総額82兆円を超えるという。「国難級」の甚大な被害規模が明らかになった。
被害想定の見直しは、前回の2013年から12年ぶり。建物の耐震化や木造住宅密集地域での防火対策が進んだことから、死者数は前回想定の2万3000人から減ったものの、「首都直下地震緊急対策推進基本計画」で15年に定めた「10年間で死者数半減」との目標には届かなかった。政府は今後、同計画を改定し、26年度中に設置されることになっている防災庁を司令塔に首都機能の維持と被害軽減に向けた取り組みを強化する方針だ。


都心南部直下地震、国民生活や経済活動に深刻な影響
政府の中央防災会議・首都直下地震対策検討作業部会は、2023年12月から被害想定の見直しと新たな防災対策の検討を開始。「30年以内に70%程度の確率」での発生が予想され、首都中枢への影響が極めて大きい「都心南部直下地震」のタイプで被害を想定した。
今回まとまった報告書は、首都圏には政治、行政、経済といった中枢機能が集積し、都心南部で直下地震が起きれば、国全体の国民生活・経済活動のほか海外にも大きな影響が出ると指摘。人口や建物が密集していることから、揺れや火災によって多くの直接死が出ることが避けられないとした。
1都4県で想定される死者は、M7.3の地震が冬の夕方に発生して風速8メートルの場合に最大になり、建物倒壊の約6000人と火災の約1万2000人を合せて約1万8000人になるという。このうち、東京都が約8000人で全体の4割を超えている。
東京都以外で想定される最大死者数は、神奈川県5200人、埼玉県3200人、千葉県1500人、茨城県10人。建物の全壊は最大で約13万棟、焼失が約27万棟で、全壊・焼失の総計は40万棟余りとなった。


災害関連死4万人超、帰宅困難者840万人、食料不足1300万食
避難者数は地震発生直後から徐々に増え、想定では2週間後に480万人になり、帰宅困難者は平日正午に発生した場合は840万人になるという。これとは別に海外から観光や出張で訪れた65万~88万人も滞留する恐れがあると想定された。今回、避難生活に伴う体調悪化などで起きる災害関連死についても初めて推計し、最大1万6000~4万1000人との数字が出た。
このほか、最悪の被害想定として停電が約1600万軒、断水で上水道が使えない人が約1400万人、下水道が使えない人が約200万人、エレベーター内に閉じ込められる人が約1万6000人、地震後1週間の食料不足は約1300万食にものぼるという。
前回の最大の被害想定と比較すると、死者では約5000人が、全壊・焼失建物では約21万棟が、避難者数では240万人が、それぞれ減っている。また、経済的な被害は約13兆円も減った。2015年の対策が一定の効果を上げているとされたものの、首都直下地震緊急対策推進基本計画の目標には及ばなかった。
作業部会の増田寛也主査(野村総合研究所顧問)は「(首都圏を襲う地震被害を)自分事として捉え、社会全体で態勢を構築することが重要だ」などと述べた。


「関東大震災型」では最悪2万3000人近くが死亡
東京を含む関東地方は、北米プレートに向かって南側からフィリピン海プレートが、さらに東側から太平洋プレートがそれぞれ沈み込む極めて複雑な地下構造の上にある。このため、想定される地震のメカニズムも多様だ。
作業部会は今回、都心南部直下地震のほか、相模トラフ沿いを震源とする「関東大震災型」のM8級地震についても想定被害を出した。海溝型の地震であるために津波による大きな被害が想定され、押し寄せる津波の規模は千葉県と神奈川県では最大10メートル、東京都の島しょ部と静岡県では8メートルになるという。
冬の夕方に発生して風速8メートルの風が吹く場合の最悪の想定では、死者については津波の約3500人、火災の約1万3000人、建物崩壊の約6300人などを合せて2万3000人近くにのぼり、負傷者は約8万6000人に達する。災害関連死も最大で約3万3000人という想定だ。
建物の全壊と焼失は約41万4000棟、半壊は約47万3000棟と想定された。停電は最大で約1600万軒と全体の約5割に及び、完全復旧には1カ月以上かかる。情報通信分野への被害も大きく、固定電話・インターネット回線は最大で約750万回線に支障が出て、震災後の通信や連絡への影響は避けられないという。
一方で、経済被害については、東京に集中する企業の被災が比較的軽く、都心南部型より少ない60兆5000億円だという。内訳は経済活動への影響分が約20兆3000億円、民間、公共、準公共部門合せた資産への影響が約40兆2000億円と大きかった。

ネットのデマ・流言の拡散で被災地に混乱も
東京という巨大過密都市を襲う人的被害や経済的被害の他の被害もまとめた。中でも情報発信の遅れは深刻で、適時適切な情報の伝達に支障をきたすほか、SNSなどによるデマや流言が大量に拡散して被災地の混乱を深刻化させることから、こうした分野での対策も必要であることを指摘した。
政府が2014年3月に閣議決定した首都直下地震緊急対策基本計画に基づいて翌年に策定された減災目標は、その当時に想定されていた最大被害(死者約2万3000人、建物の全壊・焼失約61万棟)を概ね半減することを掲げた。しかし今回、前回の想定と同じ揺れが襲ってくる条件で出した結果、被害想定は死者で3割強、建物被害では約4割の軽減にとどまった。
今後の対策の中でも特に重要なのは、死者数の3分の2を占める住宅密集地などの火災対策だ。現在、道路拡幅などの施策により東京都内の密集地域は減ったものの、依然として老朽化した住宅が密集した地域や、消防車などの緊急車両が通れない狭い道路も多い。
火災対策の鍵は揺れを感知すると自動的に電気を止める「感震ブレーカー」だが、設置率は伸び悩んでおり、今後の具体的な課題の柱になる。民間企業なども本社・本部の代替機能を地方に置いたり、生産拠点を地方に移したりするなどの取り組みを進めているものの、まだ途上だ。SNSなどによるデマ・偽動画対策については、効果的な方法が見つかっていない。
大地震は全国どこでも、いつでも起こり得る。被害を少なくするには、一人一人が命を守るために備えておくことが大切だ。


関連リンク
- 内閣府「首都直下地震対策」

