レビュー

「宇宙帆船」ジェームズウェッブ望遠鏡、観測位置へ 天界の謎解きに挑む

2022.01.20

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 ハッブル宇宙望遠鏡の後継機とされ、米欧とカナダが共同開発した史上最大の「ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡」が打ち上げられ、最難関とされた機体の展開に成功した。機体は「宇宙帆船」と呼びたくなる独特の威容を誇る。構造が極めて複雑で開発が遅れ、打ち上げ予定が14年も延期されてきた。宇宙初期の星々の観測、太陽系外の生命探索などの重要な任務を背負い、23日にはいよいよ、地球から150万キロ離れた観測位置へと到着する。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の想像図(NASA提供)

巨大なハイテク折り紙

 米航空宇宙局(NASA)などの資料によると、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は昨年12月25日、南米・仏領ギアナから欧州のアリアン5ロケットで打ち上げられた。約27分後、望遠鏡が正常に分離され打ち上げは成功した。ロケットが極めて精度よく飛行したため、その後に必要な望遠鏡の燃料が節約でき、予定の5~10年を上回って観測できる可能性が出てきた。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を搭載し打ち上げられるアリアン5ロケット=昨年12月25日、仏領ギアナ(NASA、ビル・インガルス氏提供)

 大型の人工衛星や惑星探査機の多くは、太陽電池パネルやアンテナを折り畳んだ状態でロケットの先端に格納され、宇宙空間で展開する。ジェームズウェッブは過去に例のないほど複雑に畳まれており、NASAは「giant high-tech origami(巨大なハイテク折り紙)」と表現する。機体には、その1カ所が故障すると全体が機能しなくなる部分が344カ所もあり、多くが展開機構。主鏡や、望遠鏡本体を太陽光などから守る日よけをはじめ、これらの機構は開発の大きなハードルとなってきた。

 打ち上げから2週間後の今月8日、米メリーランド州ボルチモアにある宇宙望遠鏡科学研究所の管制室では、最後の関門である主鏡の展開に成功したことが判明。コロナ対策でマスクをした管制員が盛んに手をたたき、ガッツポーズを決めて喜ぶ様子がネットで紹介されている。NASAのトーマス・ザブーケン科学局長は「世界初の快挙を成し遂げたチームをとても誇りに思う。展開の成功はNASAが、未知のものの発見のために大胆に挑戦する意欲を示す、最高のものだ」と語った。

主鏡の展開に成功し喜ぶ管制員=8日、米メリーランド州ボルチモア(NASA、ビル・インガルス氏提供)

アニメで聞き覚えのある…

 展開したジェームズウェッブは、ハッブルの直径2.4メートルを大幅に上回る6.5メートルの主鏡や、長さ21メートル、幅14メートルというテニスコート大の日よけを持ち、重さは6.2トン。名称は1960年代にアポロ計画などを指揮したNASA2代目長官の名にちなむ。

 巨大な日よけが船体、主鏡が帆に見え、宇宙帆船のようだ。ハッブルなどの、地上で使う円筒形の望遠鏡をそのまま大型化したような姿とは随分と異なる。主鏡を構成する六角形の鏡18枚を微調整しながら、観測位置へと航行中だ。

 その観測位置だが、ハッブルが地球上空の高度570キロであるのに対し、この望遠鏡には地球から150万キロ離れ、地球と太陽の引力が釣り合う「ラグランジュ点2(L2)」が選ばれた。ラグランジュ点とは、ある天体が別の天体の周りを回る場合に、それらの引力が釣り合う5つの位置。宇宙望遠鏡のような質量の小さい物体は、そこに留まり続けられ、燃料を節約できる。

 しかも、地球と太陽のラグランジュ点5つのうちL2は、太陽から見て常に地球の向こう側にある。望遠鏡が太陽と地球、月に同時に背中を向けられる観測上の好位置だ。ジェームズウェッブは打ち上げから29日後の今月23日、L2に到着すると機器類の初期調整を進め、夏には最初の画像を地球に届けてくれる。

 有名なアニメ作品などで、スペースコロニーの建設位置としてラグランジュ点を聞いたことのある人も多いかもしれない。これらは大抵、地球と月の引力が釣り合うラグランジュ点のようだ。

赤外線の“専門家”、宇宙初期に挑む

 天体望遠鏡をわざわざ宇宙に持っていくのは、地上とは異なり大気の影響を受けず、クリアな画像を得るため。米欧が1990年に打ち上げたハッブルは可視光を中心に近赤外線、近紫外線を捉え、大きな成果を上げてきた。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は多彩な観測を計画。星々の運動を頼りに、銀河の中心にある巨大ブラックホールの質量の計測も試みるという。写真は渦巻銀河NGC4151(NASA、ESA、米宇宙望遠鏡科学研究所・J.デパスクアル氏提供)

 これに対しジェームズウェッブは、観測波長を近赤外線と中間赤外線に特化し、これらにより「従来よりはるかに鮮明かつ好感度に観測する」(NASA)。138億年前の宇宙誕生からわずか2億年後の銀河や星を観測し、宇宙の歴史の解明につなげる。宇宙初期の光は、はるか彼方から長時間かけてやってくる。宇宙は膨張を続けているので、光は飛び続けるうちに波長が伸び、もともとが可視光でも赤外線に変わる。この赤外線をしっかり捉えようというのだ。また、赤外線は観測の邪魔になる宇宙空間のちりをすり抜けてくれる。

 ハッブルの後継機とうたわれてはいるが、観測波長が違うことには留意したい。

 赤外線は熱を持つ機体自体からも出て、観測を妨げる。太陽光から望遠鏡を守る必要もある。そこで望遠鏡部分を低温に保とうと、5層の高分子材料にアルミニウムを蒸着させた日よけを採用した。機体のうち太陽光が当たる部分は110度に達するが、日よけに守られた部分は氷点下237度を保つという。

 ただ、構造も展開方法も複雑な日よけなどが、開発の遅れや費用高騰を招いてきた。開発のミスも災いし、1990年代半ばに5~10億ドルとされた開発費は結局、100億ドル(1兆1000億円)にまで膨らんだ。打ち上げは2007年の予定から何度となく延期に。一時は計画中止の主張や、実現を疑問視する声も高まった。

工場のクリーンルームで展開した日よけ(左)と、試験のため打ち上げ時の状態に小さく折り畳まれた機体。金色の六角形が主鏡の一部(いずれもNASA、クリス・ガン氏提供)

地球外生命の兆候、見つかるか

 宇宙初期の観測に加え、太陽系外惑星の生命を探る期待も大きい。1990年代以降、系外惑星は今月19日時点で4903個も見つかっている。太陽系の惑星とは特徴の異なる多彩な星が見つかり、また生命がいそうな、地球に似た星の探索が活発に行われている。ジェームズウェッブがこれらの大気を調べ、酸素やメタンのような生命起源の可能性がある成分を捉えれば、人類史的な成果となる。

 観測チームは「宇宙はどうやって始まったのか」「私たち生命は宇宙で孤独なのか」と、数々の根源的な疑問の解決に挑むことをアピールしている。星を形作る物質の起源や、星の生涯の探究なども楽しみだ。

 宇宙を深く知ることは科学の知見を得るだけではなく、私たちが文明や暮らしを見つめ直し、心豊かに生きることにもつながる。人類の好奇心に応えるべく、苦難を乗り越え出港した宇宙帆船。これからどんな航海日誌をつづるのだろう。

生命が宿る可能性がある太陽系外惑星の想像図。ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、こうした星の大気も調べる(NASA提供)

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