レビュー

新型宇宙船に搭乗、2人目船長 存在感高める日本人飛行士

2020.09.01

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 この秋から来年にかけ、日本人宇宙飛行士の活躍が際立つことになりそうだ。野口聡一さん(55)が新型宇宙船の本格運用の初号機に搭乗して国際宇宙ステーション(ISS)へ。続いて星出彰彦さん(51)が春ごろに出発し、日本人2人目のISS船長に就任する。約30年歩んできた日本の有人宇宙開発の成熟を裏付けるように、国際的に重要な役割を立て続けに担う節目となる。

クルードラゴンの訓練に加わる野口聡一さん(右)=スペースX社提供

野口さん、歴史的飛行へ準備着々

 「最終訓練、順調に進んでいます。本日は実際に宇宙に飛ぶカプセルを使っての操作性・居住性の確認が行われました」。8月15日、野口さんはツイッターにこう投稿し、迫る打ち上げに向けて準備が着々と進んでいることをアピールした。

 米国はスペースシャトル廃止以来9年ぶりの独自の有人船である「クルードラゴン」の試験機を5月末に打ち上げ、8月3日に帰還させた。野口さんはこれに続く本格運用の初号機に、米国人3人とともに搭乗。ISSでは約半年間にわたり、宇宙実験などを続ける。米航空宇宙局(NASA)は、10月23日にもこの初号機を打ち上げるとの見通しを示している。

 野口さんは2003年のスペースシャトル「コロンビア」の空中分解事故後、05年のシャトル再開飛行の搭乗員に選ばれた。この時の船外活動ではリーダーとして、事故の一因となったシャトル耐熱タイルの補修試験を任された。09~10年には、日本人として初めてロシアの宇宙船「ソユーズ」でISSと地上を往復。14~16年には飛行士の国際団体「宇宙探検家協会」会長も務めた。

 米国にとって歴史的な今回のクルードラゴン打ち上げは、自身3回目の飛行。シャトルとソユーズ、クルードラゴンの3機種全てに搭乗するのは、野口さんが史上初となる。

ISSに到着するクルードラゴン試験機=5月31日(NASA提供)

重責果たし続けてきた星出さん

 間髪を入れず、星出さんが来年春ごろにクルードラゴンの本格運用2号機に搭乗する。約半年間のISS滞在中に、日本人2人目のISS船長に就任する。

 船長の仕事は、ISSに滞在する飛行士の健康、実験などの作業状況の把握や、これらに関し地上の管制室と調整などを行う管理業務だ。また、隕石(いんせき)、人工衛星の破片などの衝突でISSが大きく損傷したり、火災が起きたりした緊急時には、安全確保の現場責任者として一刻を争う判断や指揮を求められる。

オンライン会見に臨む星出彰彦さん=8月6日、米ヒューストン(JAXA提供)

 高度約400キロを周回するISSには日米欧露など15カ国が参画。00年11月から、複数の飛行士が半年交替で常駐を続けている。船長は長らく米露の飛行士が交代で務めたが、09年に滞在飛行士が増員したのを機にベルギー人が就任。13年のカナダ人に続き、14年に若田光一さん(57)が日本人で初めて就任している。

 星出さんの飛行も今回が3度目。08年の初飛行では日本実験棟「きぼう」の完成や起動に尽力したほか、12年には予想外に3度にも及んだ船外活動で、難しい作業となった電力装置の交換などを忍耐強く完遂した。地上でも、海底施設や洞窟での国際訓練でリーダー役を務めたほか、NASAの管制室でISSとの交信役の管制官を務めるなど、重責を果たし続けてきた。

NASAジョンソン宇宙センターでISSとの交信役の管制官を務める星出さん=2018年9月(JAXA、NASA提供)

「私なりのカラーの船長に」

 8月6日に米テキサス州ヒューストンからオンラインで会見した星出さんは「船長は(自身が好きな)ラグビーでいえばキャプテンだ。これまで仕えてきた船長の良いところをうまく盗みながら、私なりのカラーの船長を務めたい。危険の中でも安全に気遣いつつ、楽しむ心でユーモアを持ち、人間らしく活動することは、難しいが大切なこと。船長になってもこの考えで臨みたい」と意気込みを語っている。

 野口さんと星出さん自身により、日本人の活躍が続くことには「『きぼう』や物資補給機『こうのとり』の運用、さまざまな実験を通じ、日本の実力が国際協議の中で認めてもらえた結果。われわれがしっかり頑張り、弾みにしたい。月や火星に向けた新時代の到来を肌で感じる中、活動できることは非常に光栄で、わくわくする」と述べた。

 近年は口ひげをトレードマークにしていた星出さんだが、この日の会見ではさっぱりそり落として登場し記者らを驚かせた。理由を問われると「そろそろ、そりたいと思ったので…」と笑って答え、穏やかな人柄をのぞかせた。

視界開けてきた日本の宇宙開発

 日本人の宇宙活動は1990年にTBS記者だった秋山豊寛さん(78)が取材目的で旧ソ連の宇宙ステーションに滞在して先鞭(せんべん)をつけ、92年に宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構、JAXA)の毛利衛さん(72)=現日本科学未来館長=がシャトルに搭乗したことで本格スタートした。

 日本人は当初、シャトル内で宇宙実験を行う役割だったが、90年代後半に入ると操縦や運用にも関わり、ISSの建設にも貢献して水準を高めてきた。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は飛行士の育成、補給機や実験棟の管制などのノウハウも磨いてきた。野口さんと星出さんの活動は、日本の国際的な役割の高まりを象徴するものとなりそうだ。

国際宇宙ステーション(ISS)=2018年(NASA、ロスコスモス提供)

 米国は2020年代に国際協力で月上空に周回基地を建設する。24年にアポロ計画以来の月面着陸、30年代には有人火星着陸を目指している。こうした中、日本政府は周回基地への参画を昨年10月に決定した。今年7月には文部科学省とNASAが、日本人の月面着陸に言及した共同宣言を発表。ここへきて、日本の将来の宇宙開発の視界が開けてきた。

 日本人が宇宙に行くことは、もはや珍しくなくなった。日本はこれから、宇宙とどうかかわっていくべきなのか。一大テーマのはずだが、政府や宇宙機関の取り組みが進む一方、盛り上がりは関係者や宇宙ファンの間にとどまり、国民的な関心は今一つにもみえる。野口さんや星出さんの活動をきっかけに、改めて注目したい。

関連記事

ページトップへ