首都直下地震は30年以内に70%という高い確率と甚大な被害が想定され、マグニチュード(M)7クラスの強大な揺れが電気やガスといった重要な社会インフラにも容赦なく襲いかかる。太いガス管が破損してガスが大量に漏れれば火災などの大きな被害を引き起こす危険性があるため、大地震が発生したら速やかにガス供給を停止して二次被害を未然に防ぐシステムが社会の災害対応力向上のためにも重要だ。
首都圏1都6県の約1200万戸にガスを供給する東京ガスネットワーク(東京都港区、沢田聡社長)は、震災時の安全・安心の確保と社会インフラの早期復旧を担う。同社が運用する24時間遠隔監視の「SUPREME(シュープリーム)」は、世界でも例を見ないリアルタイム地震防災システムと言われる。SUPREMEを中核とする同社の地震防災・インフラ老朽化対策を取材した。

地震防災の中核担う「供給指令センター」
東京ガスネットワークは、政府の方針に基づく導管事業の法的分離に伴い、2022年4月に東京ガスの導管事業を引き継ぐ形で分離・独立した。
沢田社長は「24時間365日、都市ガスを安定的に供給し続けることが最大の使命で、設備の定期点検と維持管理、万が一のガス漏れの際の迅速な緊急対応、そして、地震などの自然災害への備えと被災時の早期復旧、さらに都市ガス普及を通じた快適な暮らしの実現を担っている」と説明する。
安全にガスを供給し、安心して使ってもらうために、自然災害の甚大化やインフラの老朽化といった社会課題に対する対策強化を重点的に進めているという。地震防災の中核は、都市ガスの製造と供給設備の稼働状況を常時監視・コントロールする「供給指令センター」だ。
供給指令センターはグループ各社が入る東京ガス本社ビル内の広いフロアにあり、独自の地震防災システムSUPREMEの司令塔となっている。センターを訪れると、その日の担当者が緊張感をもって監視を続けていた。

「二次被害防止」「早期復旧」の鍵はガス管網のブロック化
都市ガスの地震対策の基本である「二次被害防止」と「早期復旧」の鍵は、ガス管網のブロック化だという。ブロック化の導入は早く、1995年の阪神・淡路大震災より前の80年代にさかのぼる。83年に東京ガスが国の災害対策基本法指定公共機関になったことを受け、各戸につながる低圧管網のブロック化が始まり、89年には広大な供給範囲が100ブロックに細分化された。
その後、95年の大震災を受けて、同社は地震防災対策を拡充・強化した。2001年には地震防災システムSUPREMEを稼働させ、東日本大震災や熊本地震を経て液状化や水害対策などの機能も追加してきた。
タンカーで輸入されたLNG(液化天然ガス)はLNG基地で気化させた後、「ガバナステーション」で高圧ガスから中圧に減圧し、さらに「地区ガバナ」と呼ばれる圧力調整器で低圧にする。 これらのガスを運ぶ導管は重要なライフラインで、総延長は6万4000キロにも及ぶ。その9割は各戸につながる低圧管だ。
現在、低圧管網は300以上、中圧管網は25以上のブロックに分割され、万が一の際には、被害が大きく対策が必要な地域(ブロック)だけガス供給を停止し、それ以外の地域は供給を継続する仕組みになっている。一連の作業は供給指令センターで遠隔操作する。システム導入前は担当者が現地に行って作業するために40時間かかっていた停止操作が、わずか10分でできるようになったという。
このシステムでは、ガス供給エリア内に約4000の地区ガバナが設置されている。その内部には、東京ガス(当時)が中心になって精密機器企業と共同で開発した「SIセンサー」という地震計が入っている。この地震計は「地震によって建物がどれだけ大きく揺れるか」を数値化した「SI値」を計測する。震度5強はSI値21~40、6強は同71~120相当で、地震発生に伴うSI値の情報は5分以内に供給指令センターに送信される。平均で約1キロの間隔の高密度地震計ネットワークは、地震防災の専門家も「世界に例を見ない」と指摘している。

耐震性の向上と老朽化対策は一体
2025年1月に埼玉県八潮市内の交差点付近の道路が突然陥没してトラック運転手が死亡した事故は、老朽化した下水道管の破損が原因だった。高度経済成長期に作られて耐用年数を超えたインフラの老朽化対策は、その必要性が事故前から指摘されており、事故を受け一層大きな社会問題となった。
東京ガスネットワーク取締役常務執行役員の今井朋男さんによると、最初の陥没が発生した直後に同社の緊急対応車が出動し、陥没孔の周辺でガス漏れがないことを確認したという。一方で、もしものガス漏れを防止するため、緊急に新たなバルブの設置工事をしてガスを止める範囲をできるだけ狭めた上で、130戸の供給を停止した。安全のためのガス管迂回ルートを確保して、事故後2日半で供給を再開したそうだ。
都市ガスのインフラ老朽化対策は地震防災対策と一体で、ガス管をはじめとするさまざまな設備の強化が柱になる。例えば、以前の低圧管は黒鉛を含む「ねずみ鋳鉄(ちゅうてつ)管」で、強い力が加わると破損する恐れがあった。今井さんによると、1996年時点では4000キロ超にこの管が残存していたが、腐食せず破断しにくいポリエチレン管に順次取り替えており、2025年度中には全てのねずみ鋳鉄管の更新が完了する予定だ。
このほか、高圧管や中圧管には、強度や柔軟性に優れ、阪神・淡路大震災や東日本大震災でも高い耐震性が確認された溶接接合鋼管が使われている。球形のガスタンクのガスホルダーにも耐震設計が施され、揺れの減衰装置などが導入されている。インフラ老朽化対策について今井さんは「高品質な導管の建設、設備の適切な維持管理、緊急時の迅速な措置が3本柱」だと言う。



東日本大震災では早期復旧のためガス各社が集結
東日本大震災をもたらした東北地方太平洋沖地震では、東京ガスのガス供給対象地域も大きく揺れた。東京ガスネットワーク担当者の説明では、SUPREMEが地震発生直後から稼働したほか、震度5程度以上の揺れを感知した地域では、各戸に設置されたガスメーター(マイコンメーター)の安全装置が作動してガス供給を自動的に遮断し、対象地区で約300万戸の安全を確保できたという。
筆者も大震災後の取材体験で、仙台市の素早いガス復旧を実感している。東京ガスネットワークによると、東京ガスグループなど全国の都市ガス事業者が宮城県仙台市や石巻市、福島県いわき市、茨城県土浦市などでガス供給の復旧作業に取り組んだ。このうち約36万戸のガス供給が停止した仙台市では、同社を中心に約50の事業者が集まって現地救援対策本部をつくり、4月16日にはガスの供給を完全に復旧させた。
東京ガスネットワークの今井さんは、地震防災の基本について、設備の耐震化による「予防」、SUPREMEを活用した適切なエリアを対象にした迅速なガス供給停止の「緊急」、そして全国のガス事業者が相互に連携・協力する「復旧」の3つが柱だと説明する。


電力、通信、水道とも連携して対策を強化
供給指令センターには内閣府や東京都と情報を共有する専用端末やホットラインが設置され、相互に連携して被害の拡大を防止するための体制を構築している。また、電気、通信、上水道といった重要社会インフラを担う東京電力、NTT東日本、東京都水道局とも連携し、情報交換しながら対策の強化を進めている。
「自然災害の激甚化などの環境変化や(インフラ老朽化対策などの)社会課題が顕在化している。これらに的確に対応しながら、お客さまの暮らしや産業活動を支えるための都市ガスを届け続ける都市ガス事業者として、使命と責任を果たすために日夜取り組んでいる。今後もデジタル技術なども活用しながら、都市ガスが将来にわたって不可欠なエネルギーとして選ばれ続けるように強固な事業基盤を確立していきたい」。沢田社長は首都直下地震なども想定しながら、そう語る。
東京ガスネットワークの広報動画も、次のように強調している。「過去の地震の教訓から災害対策を進化させてきた。首都直下地震への備えも引き続き強化しなければならない。ライフラインを守るものとして、我々都市ガス事業者は地震防災と老朽化対策の強化について、これからも見えない場所で見える努力を続けていく。安心、安全と信頼は私たちの責任だ」
甚大な被害が想定される首都直下地震に備えて事前防災を徹底し、もしもの際にも基幹エネルギーである都市ガスの安定供給を維持する――。公共性の極めて高い事業を展開する企業としての取り組みは続く。



