レポート

【特集:スタートアップの軌跡】第1回 宇宙ごみ除去するルールと技術・資金が回る仕組みを アストロスケールHD

2025.06.30

長崎緑子 / サイエンスポータル編集部

 SPACE SWEEPERS、宇宙の掃除人――。アストロスケール(現アストロスケールホールディングス)は、地上でごみ収集の仕組みがあるように、宇宙ごみ(スペースデブリ)を除去するルールと技術、それらを支える資金が回る仕組みが必要と2013年に創業した。「市場がない」「技術がない」「法規制が整ってない」「莫大な費用がかかる」と言われ12年。24年には日本法人が開発した人工衛星がスペースデブリに15メートルまで接近。英米など5カ国に子会社もできた。将来の宇宙のロードサービスを担う会社となりつつある。

スペースデブリに人工衛星ELSA-dが磁石でドッキングしようとするイメージ。大気圏に落下して燃焼させる(アストロスケール提供)
スペースデブリに人工衛星ELSA-dが磁石でドッキングしようとするイメージ。大気圏に落下して燃焼させる(アストロスケール提供)

 アストロスケールの創業者で最高経営責任者(CEO)の岡田光信。東京大学農学部から大蔵省(現財務省)に入り、マッキンゼー・アンド・カンパニーに移った。ITビジネスにも関わった。40歳を目前に「中年の危機」に陥り、ワクワクを求めてかつての夢である宇宙ビジネスに乗り出すことを決意した。宇宙業界のことなど知らず、宇宙航空研究開発機構(JAXA)に知り合いと呼べる友人は1人いるだけだった。

Q:ミッションドリブン(使命に基づいた意思決定や行動)の起業ですね。
A:ソフトウェア会社を経営していましたが、ソフトだけでは世界で勝てないと思っていました。ハードウェアも加えると勝ち筋があるかと思っていた頃、回り続けるコマの動画を見て美しいと思った。その美しさに、コマを作っていた会社を訪れると、JAXAから受託した宇宙機器の部品があった。「こういうレベルのハードに携わりたい」と、2012年12月に宇宙産業での起業をすると心が決まりました。
 翌年4月にさっそくドイツであった宇宙関連の学会へ出かけると、「このままでは宇宙の持続利用が不可能だ」と、スペースデブリ問題が目立たないところで議論されていた。この議論を聞いて、「安全で持続可能な宇宙環境を目指す」というビジョンが定まった。さっそく2013年5月4日にアストロスケールを設立。ハードウェアの開発の現場をみるため、設立3日後には米ロサンゼルスにあるスペースXの工場見学に訪れました。

アストロスケールがSPACE SWEEPERS(宇宙の掃除人)となることをイメージしたイラスト(アストロスケール提供)
アストロスケールがSPACE SWEEPERS(宇宙の掃除人)となることをイメージしたイラスト(アストロスケール提供)

700論文を読んで研究者に会い続ける

 「衛星でデブリ除去をする」ための技術的な仮説をたてるため、岡田は学会で論文集をもらい、プリントアウトして、分野ごとにファイルにまとめた。「衛星熱設計」「軌道力学」「ロボットアーム」などグループ分けし、700論文に目を通し、300論文は精読した。学会では会社に参加してくれる人材を探した。ただ、返ってくるのは「それはそれは面白いことを始められましたね」という他人事な反応だった。それでも宇宙関連の研究者らに会い続けた。集まったのは、定年後のシニアと20代および30代前半の若者だった。

Q:とても多くの研究者らを訪れています。
A:起業して1年半は世界ツアーでした。デブリ除去の技術を学ぶために、読んだ論文に書いてある筆者名と連絡先からアポをとり、実際に会いに行った。アポとりは苦労するが、30分のアポでも会えば3時間ほど話ができることも。2014年8月に「なるほどね~成り立つかも」という研究者に会うことができた。その後は資金集めでも世界各地を回ることに。人工衛星の開発が進んでいた2018年には1年のうち飛行機内で90泊するほどでした。

英国の新拠点にて、社員らと撮った集合写真(アストロスケール提供)
英国の新拠点にて、社員らと撮った集合写真(アストロスケール提供)

 資金集めでは「基金や財団からの寄付」「投資家からの出資」「銀行からの借入」「政府などの補助金」といった資金調達の選択肢を列挙し、起業後1、2年目にその全てにトライした。世界中の財団にメールを送った。環境問題に多額の寄付をする基金や財団であれば、スペースデブリ問題に興味を持つと思っていた。だが、返事は「宇宙は守備範囲外」だという断りの連絡だった。それでも2015年には投資家から8億円の資金を調達。人工衛星の研究開発拠点を設けた。

以前の研究拠点。スタートアップらしく家にあるガレージ規模の狭さだった(アストロスケール提供)
以前の研究拠点。スタートアップらしく家にあるガレージ規模の狭さだった(アストロスケール提供)

Q:資金調達やマーケティングがうまいですね。
A:それは的外れな指摘です。2015年の8億円の資金調達は、当時は日本の宇宙ベンチャーで初となる大型資金調達で、成功例だがその裏には非常に多くの実らなかった活動がある。これまでに数百社に接触しているが、そもそもリストアップすることだって大変。それでも手応えがあり出資に結びつくのは1割程度でした。

人工衛星をロケット打ち上げ失敗で失う

 2017年11月には約2年半をかけて開発した極小デブリを観測する人工衛星をロケット打ち上げ失敗で失った。失敗を知った投資家らにどうさらなる出資を促すか。「説き伏せるのは得策ではない」と岡田は考えた。人工衛星の打ち上げ失敗は20回に1度は起きている事実、研究開発拠点を15年につくってから2年の内に自前の管制センターやアンテナを用意し人工衛星打ち上げまでこぎ着けているスピード感、打ち上げ失敗後もチームのメンバーがだれも会社を去っていない事実を愚直に説明して回った。

 2018年、当時最大の調達額となる出資を得た。資金調達が滞ることはなかった。上場までの出資は、産業革新機構(現・産業革新投資機構)、三菱グループといった組織から宇宙旅行の経験がある実業家の前澤友作氏といった個人まで多岐にわたった。

アストロスケールの資金調達
アストロスケールの資金調達

Q:資金に関しては、2025年4月期第3四半期の連結業績(2024年5月1日~2025年1月31日)を見ても営業利益が156億円の赤字です。
A:そもそも上場できたのはキャッシュフロー(現金収支)がポジティブになる道筋を説明したから。受注残や売上成長で、キャッシュフローは後からついてくる。今年度に営業赤字は底打ちと想定しています。そもそもアストロスケールは、世界同時展開で、各国に工場をもってエンジニアを雇用し、自前で衛星開発などの技術を研究開発しているという3つの特徴から分かるように、スタートアップの中でも初期にものすごくお金がかかる戦略をとっている。普通のスタートアップが地域や国内で起業して経営が回り始めると隣国などへ徐々に拡大するのとは対極的な戦略です。それでもグローバルな課題解決のために必要とされる企業だからと、投資家がその戦略を好み、資金調達ができてきました。

5カ国それぞれで研究開発 宇宙のロードサービスも

 資金を得て人工衛星を設計しても、いつ潰れるか分からないスタートアップに部品を売ってくれる会社はなかなか見つからなかった。なんとか衛星を開発しても打ち上げには法規制の壁を超えなければならなかった。民間企業が宇宙に人工衛星を打ち上げてデブリ除去をするというミッションの許可を得ようと2016年、岡田は10カ国を回った。

 日本はアストロスケールの本拠地であるが、宇宙活動法の施行前でありダメだった。「観測衛星やロケット打ち上げのような許可制度がない」「トゥーアーリー(事業化には早過ぎる」と断られたり、「そんな技術ができるのか」と疑義の念を抱かれたり。10カ国目の英国でようやく許可を出す意向を得た。許可が出ても、製造国以外での打ち上げるとなると、輸出入の許可まで必要になった。

Q:規制の壁に何度もぶつかって学んだことはありますか。
A:一次情報をつかみにいくことかな。打ち上げ許可を各国に求めていくときなどに、「(そのやり方では)難しいよ」「こんな風に言ったらいいよ」と助言のような二次情報を得る機会は多かった。だが、肝心な交渉であるほど、結局は自分が現場に行って自分の言葉で話さなければ先に進まなかった。この「自ら動く」というのは、アストロスケール社員にDNAみたいに組み込まれています。自分に関して言えば、経営のうまい下手ではなく、「これで良いか」と問い続ける姿勢がビジネス上の強みになったかもしれない。半分自信があっても半分は不安でしかたないという性格なので、問い続けてしまうのですが。

 各国を回る中で、2017年には英国、19年には米国、20年にはイスラエル、23年にはフランスにアストロスケールホールディングスの子会社ができ、650人ほどが働く。子会社はそれぞれが研究開発、事業の受注を行う。運用を終えた人工衛星や、すでに宇宙にあるデブリの除去、衛星の燃料補給などによる寿命延長、観測・点検での事業受注が続いている。燃料補給や寿命延長は、道路を走る車にガソリンを入れたり、故障車をレッカー移動させたりするイメージで、いわゆる「宇宙のロードサービス」だ。

アストロスケールの取り組む主なサービス(アストロスケール提供)
アストロスケールの取り組む主なサービス(アストロスケール提供)

Q:宇宙のロードサービスというのはどういうことですか。
A:そもそも人工衛星は使い捨てでした。ガソリンがなくなった車、タイヤがパンクした車を使い捨てるようなもの。軌道上を新幹線の100倍の速さで回っている人工衛星を「接近して」「捕獲する」技術によって、リユース、リペア、リサイクル、リフューエル、リムーブができる。ガソリンスタンドのように人工衛星に燃料補給ができ、故障車をレッカー移動するようにデブリを除去できれば、持続可能な宇宙利用が可能になる。点検や観測も含め、地上にJAF(日本自動車連盟)があるように、宇宙にはアストロスケールがあるべきだという思いは創業時からもっています。

秒速7~8キロのデブリに近づき近傍で運用する技術を確立

 情報を完全に共有するのは発注国の情報漏洩になる。しかし、5つの子会社はライバルや競合ではない。「領土や国境がない宇宙では、ビジネスも複数国で同じ目標に向かおう」という考え方だ。人工衛星が軌道上を秒速7~8キロで回るスペースデブリに速度を合わせて同一の軌道を飛行して接近し、近傍で観測といった運用を行う技術は、デブリ除去でも燃料補給でも様々な軌道上サービスミッションに応用可能な「ランデブー・近傍運用(RPO)技術」として、各子会社の技術者の知見を生かしながら洗練させている。

 2024年にはJAXAによるスペースデブリの除去に向けた「商業デブリ除去実証(CRD2)」プロジェクトのフェーズIで、人工衛星ADRAS-Jが、高度約600キロの軌道を周回するデブリ(H2Aロケットの上段)に15メートルまで接近した。このデブリを捕獲する人工衛星は27年度に打ち上げる予定だ。

 他にも、大型の衛星デブリを対象に接近と観測を行うISSA-J1ミッションで機体の基本設計等を実施から衛星組立や運用準備する段階に移行している。

 英子会社では2024年7月に役目を終えた人工衛星を磁石捕獲で複数除去する衛星ELSA-Mの軌道上実証の最終フェーズに関する契約を締結。RPO技術や捕獲機能を活用し、現在地球を周回している、役目を終えた英国の衛星2機を除去するCOSMICミッションも進む。米子会社では米宇宙軍から軌道上で衛星に燃料補給を実施する衛星のプロトタイプの開発を行うAPS-Rプロジェクトを23年9月に受注した。

岡田光信には、「スーツを着て戦闘態勢に入る」型がある。阪神タイガースの応援用の白いスーツももっている(東京都墨田区)
岡田光信には、「スーツを着て戦闘態勢に入る」型がある。阪神タイガースの応援用の白いスーツももっている(東京都墨田区)

Q:岡田さんのアストロスケールでの役目と今後の展開を教えてください。
A:ディープテック(先端技術)を製品・サービスとし、インフラレベルにするため、何もない市場で技術とビジネスモデル、ルールの3つをつくる「総合格闘技」みたいなことをやってきたと思っています。その過程において、自分が果たす役割のイメージはオーケストラのコンダクター、指揮者。楽器の仕組みを知っているが、ピアノを弾いたり、バイオリンの音色の善し悪しを評価したりする研究者のような役割はしない。ディープテックを社会実装していく過程で量産技術だけではなく販路開拓も必要なように、演奏会を開くホールを用意したり、聴衆を集めたりといった仕事も回す必要があります。全体をみて、2030年に軌道上サービスを当たり前にし、35年にインフラとして認知されるまでもっていくところに向かって指揮をとっていきたい。
 次世代も育てないといけない。事業化構想をもつ人が大学等の技術シーズを探索してスタートアップの起業をめざすJST(科学技術振興機構)早暁プログラムのメンターをやっています。ディープテックでのスタートアップは出口に向かっていろいろなパスがあるけれど、その道を進むのは簡単ではないことは自分で経験して分かっている。技術を使ったアイデアは誰でも思いつくし、プロトタイプを作る人もいるだろうが、社会のインフラまで実装していくには、幾千のハードルを潰さないといけない。落とし穴がたくさんだ。いろんな社会問題があるけど、最後は技術で解決しないといけないという思いをもって引き受けています。

 社会課題を解決して私たちの生活や社会に大きなインパクトを与える科学的な発見や革新的な技術であるディープテックから、新しいビジネスを創り出す「スタートアップ」企業の軌跡を追います(敬称略)。

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