病院経営に苦難の時代が訪れている。高齢化で需要が増える一方、従事者や施設の不足が懸念される「医療の2025年問題」などが背景だ。医療分野の研究開発も、成果を社会へ一方的にもたらす在り方が転換点に立っている。方法論の変革が求められる中で病院や研究機関が重視するのが、市民や社会との「共創」だ。業界の常識に一石を投じる千船病院(大阪市西淀川区)と日本医療研究開発機構(AMED)の連携事例を取材した。
住みやすい街の安心材料に
阪神なんば線の福駅前に立地する千船病院。診療科20、病床数300をともに超える中核病院として、60年以上にわたり地域の医療を支えている。

同院が年3回、地域との関わりを深めるために西淀川区役所と共同で開催しているのが「千船病院福ハッピーフェスタ」だ。「福」は同院が所在する地名や最寄駅の名称にちなんでいる。新型コロナウイルス禍の2021年に駅前の賑わい創出を目的にキッチンカーを招いたのを始まりに、少しずつ規模を拡大させてきた。取材した2024年12月8日(日)は第9回目の開催となる。

イベントを取り仕切る一人の村田尚寛さん(千船病院リハビリテーション科長)は「当院も例に漏れず、病院経営に対する危機感を持っています。分娩病院が全国的に数を減らす中でその機能を堅持しているため、出産時に遠方からわざわざ当院を選んでくださる方が多くいる一方で、地域中核病院としての本質的な価値は地域の方を末永く支えることにあると考えています」と語る。
その基盤として同院が重視するのが地域の賑わいだ。活気があって住みやすく「選ばれる街」がつくられる中で、病院は病気になった時にだけ行くものではなく、地域の生活の一部として存在しまちづくりの中核となるべきとの考えが開催の動機につながっている。
千船病院による街づくりはフェスタの開催にとどまらない。2024年2月には横浜市立大学、東京芸術大学とともに、「HELLO!!CROSSING from COLLECTIVE PORTRAIT」と題し、病院の西に隣接する大野川緑陰道路をアート作品で彩った。出掛けたくなる街をつくることで、地域住民の健康増進とウェルビーイング(心身の健康や幸福)実現に資することが目的だ。

患者・市民と医療研究開発が歩み寄る場が必要
今回、千船病院のフェスタに初出展したAMEDは、最先端の医療研究や医薬品開発を支援する国の機関だ。大学等で行われる高度な研究開発は市民から遠い印象があるかもしれないが、近年は生涯にわたる「個人の健康・医療に関わる情報」の民間活用や、「医療研究開発における患者・市民参画」といった、患者等の存在なくしては成り立たないアプローチが重視されつつある。
そのためには社会側・医療側双方が歩み寄るための場が必要との考えから、2023年2月に「AMED社会共創EXPO」を東京で初開催。3カ年目となる今年度からは、従来の東京開催に加え、各地への積極展開をスタートさせた。その1つが今回のフェスタへの出展だ。

間を取り持ったのは、前述のアートプロジェクトで千船病院と協働した横浜市大先端医科学研究センター助教で、AMED社会共創EXPO実行会議メンバーの西井正造さん。幸福を通じて健康になれる街づくりに取り組む研究者で、愛知県蒲郡市などで自治体と一体となって市民参画型のイベントを多数主宰している。
西井さんは千船病院とAMEDの連携が持つ意義について「AMED主体のイベントでは、どうしてもAMEDを知っている人が多く集まってしまう課題がありました。そこで、千船病院の市民交流の場へAMEDが出張する形を取れば、多くの『はじめまして』が生まれ、新たな共創のきっかけになると考えました」と語った。
未来の医療が見える体験
今回のフェスタには約1000人が来場。千船病院は、救急車の試乗や白衣・ナース服の着用体験などで市民をもてなした。取材当日は日曜日にもかかわらず多数の看護師、理学療法士、事務職員などがスタッフとして参加していたが、みな毎回快く協力してくれるという。そのほか4台のキッチンカーをはじめ、生花店や青果店、沖縄民謡の演奏などがイベントを盛り上げていた。

今年度のEXPOテーマに「垣根を超える共創のデザイン」を掲げるAMEDは「未来の医療が見える展」と題して出展し、同機構が支援するプロジェクトなど6団体に協力を仰いだ。医療や介護、建設の現場などで身体の負荷を減らすパワースーツを開発するサイバーダイン(茨城県つくば市)、セラピーロボットとしてギネス世界記録に認定され世界中で医療利用されている「パロ」を開発した産業技術総合研究所(同市)などが実機を持ち込み、暮らしと医療研究開発の接点を体感してもらっていた。

ベンチャー・医療従事者双方にとって実りある場に
中でも印象的だったのが、筑波大学発ベンチャーのプライムス(茨城県つくば市)が持ち込んだ摂食嚥下(えんげ)モニタリング解析サービス「GOKURI」だ。嚥下機能の低下は誤嚥(ごえん)性肺炎などを招き、最悪の場合、死に至る危険もある。GOKURIは、ウェアラブルデバイスである頸部装着型電子聴診器とアプリケーションを合わせて簡便に嚥下機能を測定し、嚥下ができたかどうかをAIが識別することが特徴。医療現場で誤嚥リスク管理の観点から導入が進んでいる。

同社は今回、他の出展者と同様に実体験企画を設けた形だが、1点だけ異なっていたのが医療従事者との協働だ。ブースのサポーターとして千船病院が言語聴覚士を派遣した。
言語聴覚士は理学療法士・作業療法士と並ぶ、リハビリテーションにかかる医療専門職。事故や病気、発達上の理由で言葉によるコミュニケーションに難を抱える患者を支援するほか、嚥下訓練にも対応する。
同社もGOKURIの開発にあたり医師や看護師の意見は多数仰いできたというが、今回のイベントを言語聴覚士とともにする中で、GOKURIが言語聴覚士の業務支援につながる可能性への手応えや、アプリの改善につながるヒントが多々得られたという。
加えて、薬事及び国際マーケティングマネージャーの近藤朋子さんは「嚥下機能の低下は生命に関わる重大な健康課題。当社はGOKURIなどのテクノロジーで貢献を目指していますが、啓発により予防を図ることも重要です。今回はゲーム感覚で嚥下機能を測定しましたが、言語聴覚士さんに実感を込めた説明をしていただいたことで、重要性をしっかりと伝えることができました」と話し、啓発の観点でも有意義な協働になったようだ。
一方の言語聴覚士・池内洋子さんは「医療現場でAIなどの導入が進むことを、今まで以上に意識する機会となりました。言語聴覚士はコミュニケーションの面から患者さんを支援する専門職なので、正直に言うとテクノロジー化に対する複雑な気持ちはあります。ただ、評価の難しい赤ちゃんや、気管切開の影響で喉の動きが制限され嚥下時の音が異常である可能性の高い人などは、症例が少なく経験を重ねたくても自分の意思で機会を増やすことはできません。AIにはそういった貴重な情報が蓄積されるので、期待もしています」と率直な心境を語ってくれた。

立場を超えて理想へ近付く
村田さんはこの日のイベントを振り返って「健康だけを前面に出すと、結局関心がある人しか集まりません。そこで、誰もが楽しいと思える『お祭り』を行えば、きっと多くの人が参加してくれると考えました。お祭りの中に健康へ楽しく接する仕組みを盛り込むことで、健康に対する知識が自然と身に付く。そんな場を実現するには、多種多様な人との共創が大切になります。今回AMEDと共創したことで、市民の皆さんに楽しく医療へ接してもらうことができました」と感想を述べた。
また、AMED推進役としてEXPOを所掌する浅野武夫さんは「患者や市民の方々からの意見がなければ、より良い医療は実現できないと思います。国が中央から情報を流すだけで『やった気になっている』では不十分です。医療をお渡しする方々に“来てもらう”から“会いに行く”へ我々自身も考え方を変革し、医療研究開発を社会とともにつくる『社会共創』の実践を地道に重ねていくことが使命と考えています」と語ってくれた。

この日、千船病院、AMED、出展団体はそれぞれの思惑を持ってフェスタに臨んだ。しかし、共通して印象に残ったのは、立場を超えることによって、より理想に近付きたいという思いだ。明日の街・医療・社会を変えたいという大局的な目的に向けては小さな一歩かもしれないが、この一歩なくして理想の未来は描けない。立場を超えること、そして歩みを止めないことの重要さを強く感じる1日だった。
関連リンク
- 日本医療研究開発機構「『AMED社会共創EXPO in 千船病院福ハッピーフェスタ』開催のお知らせ」
- 千船病院ホームページ
- 日本医療研究開発機構「社会共創(Social Co-Creation)AMEDとしての取組」
- PLIMES株式会社「GOKURI」
- 日本言語聴覚士協会「言語聴覚士とは」