五感の一つである「触覚」について、デザイン性と共に考えようという「サイエンスアゴラ in 名古屋」が、2024年12月15日に名古屋市の「STATION Ai(エーアイ)」で開かれた。名古屋工業大学が主催し、科学技術振興機構(JST)が共催。中京圏では初のアゴラ開催となった。講演では最新の研究に加え、伝統工芸や林業といった幅広い知見を披露。また、見た目と重さは比例しないことや、ロボットとの会話内容を触感に置き換えるといったワークショップもあり、老若男女計140人が参加した。
テーマは「”感じる”世界のデザインを探る~触覚技術が生み出す新たな価値を考えよう~」。あるものに触れたとき、触り方で触感が変わる不思議な材料や、他者と触感を共有するにはどんな方法があるか、触感を他人が再現できればコミュニケーションがより豊かになるのかといった講演の後、実際に触感を体験するワークショップの2部構成で進行した。
見た目と肌触りが異なる不思議な金網
講演では、まず初めに同大教授の田中由浩さん(ハプティクス)が登壇した。不思議な金網の動画を見せ、「皮膚がワイヤ越しにどのように変形したかを見てもらっています」と説明した。田中さんが会場に持ってきたのは、一見何の変哲もないワイヤを張った金網。片手でなでると想像通りの金物の肌触りだが、両手で挟むようになでるとアイス枕のジェルを触っているような不思議な触り心地になる。このように、見た目とは肌触りや重量が異なる物質が次々に世の中に生み出している技術革新について触れた。

例えば、見た目はプラスチックだが、触るとレザーのような感覚を持つ素材は、車の内装に用いることができる。田中さんは「『やわらかい』ものは『ふにゃふにゃ』で、『硬い』ものは『しっかり握れる』ということは入れ替えられないと考えられてきたが、実際は新しい価値が作り出せている。感覚値と物性値は分離して設計できる」と力説した。

真ん丸ではない木桶の数々
次に登場したのは、木桶の職人であり中川木工芸 比良工房(大津市)の代表を務める中川周士さん。中川さんはデザインや肌触りの視点から、自身の手仕事を語った。まず中川さんは木桶と金づちを手に登場し、木桶を叩き始めた。木桶の枠である「タガ」を円弧に沿って叩くと、一気に木桶が音を立てて崩れ落ちた。「これが『タガが外れる』と言います」というパフォーマンスに、会場からは「おぉ」と驚きの声が上がった。

中川さんによると、木桶は本来、支点となるタガを1~2本使って真ん丸の形に整えるものだが、「新しい木桶を作ろうと思って、こんな物を作っています」と自身の作品を紹介した。水滴型やアメーバのような形の手元に収まるものから、移動式の茶室など驚くようなデザインの数々がスクリーンに映されると、参加者は感心した表情で見入っていた。中川さんは「職人は手から手へ、言語に依らず伝統をつないできた。今いる職人にどうやって、短い時間で伝統を伝えていくのかが課題」と、工芸品を次世代に継承する難しさを吐露した。


木の持つ曲線を生かしたオブジェ
続いて、林業を通して見た目も手触りも美しいディスプレイなどを提供しているQ0(キューゼロ、東京都千代田区)社長の林千晶さんが、木の形を生かした製品開発の現場について実例を挙げながら語った。木の製品は直線であることを求められることが多く、「製材」する際に丸い部分を捨ててしまうという課題を解決するため、林さんは木の持つ曲線を生かし、様々な什器やオブジェを作っている。

林さんらは木を切るところから環境影響を考慮し、「この木を使いたい」と指定して木を切る。木は皮に虫が付くので、皮をはがしたあとに3Dスキャンを取る。建築家が設計した後に、大工がホロレンズ(マイクロソフト社が提供するホログラフィックコンピューター)をメガネのようにかけて、そこに映し出された線に沿って切り出していく。「建築家と大工がコラボレーションできるような、コミュニケーションツールを手に入れた。資源をワクワクする物に換える取り組みだ」と林さんは説いた。

ロボットの共感を振動で伝える
最後は同大教授の加藤昇平さん(知能情報学)が、ロボット研究の現在地を示した。約20年前はぎこちない会話しかできなかったロボットが、今では「機械でも性格を出せるようになった」と、研究の進展を語った。
ロボットでも、相手が自分の意図と異なる回答をしたら、相手への好感度を下げるか、もしくは相手に合わせようとロボットが応答を変えることができる。会話型の市販ロボット「Sota(ソータ)」との会話を通して、高齢者の会話内容から認知症のスクリーニングが行えることなど、情報だけでなく医療分野への進出に関しても話をした。
また、ロボットと触覚を連動させることで、ロボットが持つ感情の意思疎通を多人数で図る仕組みなど、会話によるコミュニケーションだけでない使い方にも応用できるとした。実際に、Sotaと球体をつなぎ、Sotaが共感すると球体の機械の振動が速くなったり遅くなったりして伝えるシステムを加藤さんらが開発。球体の設計・製作は田中さんらが担当した。

講演後のパネルディスカッションでは、触覚やAIが持つ課題について4人が話し合った。「AIは分からない、知らないと言わないので100パーセント信用してはならない」ことや、他方で、CDが登場したとき「音質が悪くなる」という人がたくさんいたが、今や音楽をCDで聴く人は少数派で、デジタルはアナログを超えることがあるといった議論に、立場が異なる4人が同意していた。

色や形状で変わる重さを経験する
第2部では、触感についてのワークショップが2つ同時に開かれた。1つは見た目が異なるが、重さが同じものについて、どのような形状であれば重たく、または軽く見える、もしくは感じるかということについて、粘土や紙コップなどを用いて4人ほどのグループで工作の共同作業と発表を行った。
紙コップを切り取って容量を減らし、プラスチックのカップを付けたもののほうが、長い筒状の容器よりも重たく感じること、暗い色味の方が重く、明るい色だと軽く感じるなどのそれぞれのグループが考えた方法を披露した。参加した70代の男性は「ものを作って、結論を出していくのが有意義だった。どこを持てば軽くなるかといった話も出て、思った以上に形や手触りは重さへの影響があるのだと驚いた」と、自らの経験を振り返った。
もう1つのワークショップでは、田中さんらが作った球体を参加者に持ってもらい、いくつかのテーマについて語り合いながら、手に伝わる振動具合でSotaがどのように共感しているか、その度合いを確認していた。

筆者も実際に触感を体感し、金物に触れたときの驚きや、重さと見た目が比例しないものに関する思いつかないような着想など、様々な刺激にあふれた1日となった。東京一極集中の課題が指摘される中、今回のようなサイエンスアゴラは、最新科学や地元の大学研究に触れる良い機会なのではないかと、九州出身の私は感じている。
関連リンク
- 名古屋工業大学 「サイエンスアゴラ in 名古屋」