レポート

自動運転の社会実装、科学技術の普及をリアルタイムで実感できる好機

2024.10.25

室井宏仁 / サイエンスライター

 物流・運輸業界の「2024年問題」や地方のバス路線の縮小など、交通事情は激変の時代を迎えている。その対応策として期待されるのが、自動運転の社会実装だ。自動運転車の研究開発は国内外で着実に進展してきた一方で、新型コロナウイルスの流行を受けた実証実験の停止なども報じられ、勢いがやや陰りつつあるという指摘もある。技術としての自動運転は今どのように活用され、今後どう進展していくのだろうか。5月18日に開催された「自動運転ってなぁに? 〜みんなで考えよう自動運転がある未来〜」での議論をレポートする。

SuShi Tech Tokyoにて行われたスペシャルトークセッション「自動運転ってなぁに? 〜みんなで考えよう自動運転がある未来〜」

 このパネルディスカッションは、持続可能な未来の都市モデルを東京から発信することを目的とするイベント「SuShi Tech Tokyo」における催しの一環として、有明アリーナ(東京都江東区)で行われた。司会はモータージャーナリストの竹岡圭(たけおか けい)氏が務め、5人のパネリストを交えて活発な議論が行われた。

モータージャーナリスト/日本自動車ジャーナリスト協会副会長の竹岡圭さん

「認知」「判断」「操作」のサイクルをスムーズに

 まず、産業技術総合研究所招聘研究員で、自動車の開発に技術者として携わってきた加藤昌彦(かとう まさひこ)さんが、自動運転にまつわる技術動向とその現状について話題提供した。そもそも運転という動作は、走行環境の「認知」、それを踏まえての「判断」、その後の「操作」で構成されるサイクルを回して行われている。人間が車を運転する際に行うこれらの動きすべてを機械が代行することが、自動運転と定義される。

 3つの動作をスムーズに行うには、車の周囲360度すべてについて、常に情報を集めなければならない。自動運転車でその役割を担うのは、車体に取り付けられたセンサーだ。具体的には周囲の障害物の形状を判定するためのカメラや、それらとの距離を電波や光などを使って測るためのレーダーなどがある。これらを通して収集した情報をもとに、安全かつスムーズに走るための走行計画を立てることが、自動運転における「判断」に該当する。

 次いで加藤さんは自動運転のレベルが、0〜5までの6段階に分けられている点について説明。なかでも大きな分岐点となるのがレベル3に相当する「条件付運転自動化」だ。レベル3以降では、運転の主体が「人間」から「システム(機械)」に変わり、人間は運転以外のことができるようになる。加えて、運転にかかる責任も人間が負う必要がなくなるという点で、重要な境目といえるだろう。

 加藤さんは自動運転の技術そのものについて『あくまでも安全の確保や自由な移動などの目的や、社会課題を達成する手段』と位置づける。そのうえで、将来の社会実装に向けて重要になってくるポイントとして、法規、責任の所在、社会受容性をキーワードとして挙げ、自身の話題提供を締めくくった。

産業技術総合研究所の加藤昌彦招聘研究員

データをどう生かすかが開発トレンド

 自動運転車の実社会における活用例を紹介したのは、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社パートナーの大塚泰子(おおつか たいこ)さん。キーワードとして挙げたのは2010年代後半以降、自動車業界のトレンドとなっている「CASE」という言葉だ。 CASEとは「Connected(コネクテッド)」「Automated/Autonomous(自動運転)」「Shared & Service(シェアリング)」「Electrification(電動化)」の4つの頭文字をとった造語で、自動車業界の将来を示す考え方として2016年前後から提唱されている。

 なかでも特に重要とされるのが、自動車がスマートフォンのように、常時インターネットに接続している状況を指す「Connected」だ。車の機能でいうと、走行地点や近隣にある飲食店や名所がカーナビに適宜表示されたりすることに該当する。また、最近では人間の運転の癖を分析し、アクセルやブレーキなどの傾向に応じて、保険金の額が調節されるようにもなっているという。

 さらに大塚さんは、自身が居住していた米国・サンフランシスコで、レベル4に相当する「ロボタクシー」が運用されていることも紹介。ライドシェアを含めてさまざまな用途に活用されているという。

 このように、車そのものというよりも、車を通じて得られたデータをどう生かすかが、近年の自動車産業の開発トレンドとなっている。ビジネスにおけるそうした動きの軸としても、自動運転は期待されそうだ。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社パートナーの大塚泰子さん

茨城ではバスが住民の足として定着

 日本における自動運転の社会実装の事例を紹介したのは、茨城県境町の町長を務める橋本正裕(はしもと まさひろ)さん。境町は、2020年に町内を循環する自動運転バス「ARMA(アルマ)」を導入した自治体として知られる。レベル3の自動運転に対応可能なARMAは、導入以来もらい事故1件を除いて無事故での運用を継続。住民の足として定着し、現在に至るまで親しまれている。

 橋本さんによると、ARMA導入の背景には、境町の地域特有の交通事情があったという。境町では域内に電車の駅が存在しないこともあり、タクシーや福祉循環バスを運用してきたが、設備の老朽化やコストなどが課題となっていた。一方で高齢化が進み、免許を返納する高齢者も多かったことから、生活のための公共交通を維持する必要にも迫られていたという。

 自動運転車について『今すぐには必要かどうかはわからないが、5年後10年後に確実に必要になるという意識』(橋本さん)が住民間でも広まったのが、導入への後押しとなった。導入後も、バス停や待避所のための土地の提供など、さまざまな形で住民からの協力が得られ、 2024年9月時点で累計の乗車人数は3万人を突破した。一般市民の理解が、科学技術の社会実装を後押ししたケースといえる。

茨城県境町の橋本正裕町長

「シビックプライド」は幸福度も上げる

 では、自動運転バスが導入後も境町で受け入れられている背景には何があるのだろうか。その要因について報告したのは、筑波大学大学院システム情報工学研究科教授の谷口綾子(たにぐち あやこ)さん。都市計画が住民の心理に与えるさまざまな影響を研究してきた谷口さんは、自動運転バスの導入が境町の住民の「シビックプライド」にどのように関わっているかを紹介した。

 シビックプライドとは、ある特定の地域に居住したり働きに来たりする人々が、その場所をどの程度誇りに思っているかを示す指標。地域住民の当事者意識、引いては町づくりの改善に向けた意欲を測る目安ともなり得るため、都市計画を考える際の重要な要素として、近年注目されている。

 ARMA導入の1年後に谷口さんが境町の住民を対象に実施したアンケート調査では、自動運転バスは地域の催しや政策を含めた30の調査項目のなかで、「知名度」や「誇りに思う度」がより高い傾向を示した。さらにこの調査では、ARMAは街を特徴づける新しい施設と認知されていることもわかった。

 実際、ARMAは地元の商品やラッピングのデザインにも登場し、境町を特徴づけるものとして定着していることが伺える。交通手段としてだけでなく、住民のシビックプライドを高め、その主観的な幸福度を上げることにもつながっていた、というわけだ。

筑波大学大学院システム情報工学研究科の谷口綾子教授

活用例の物流サービス、細かなニーズを満たせるか

 パネリストによる話題提供の後は、将来的な自動運転の活用法や想定される課題について、全員でのディスカッションに移った。

 大塚さんは自動運転車の活用例の1つとして、スウェーデンで展開されている物流サービスを紹介。このサービスでは、ゲームのコントローラーのような端末を用いて、一人のオペレーターが複数台の自動運転トラックを制御し、配送業務を行っている。また安全対策として、非常時(全土での停電や通信障害など)に即座に緊急停止するプログラムも備えられているという。将来的なドライバー不足に加え、さまざまな自然災害が想定される日本においても、活躍の余地があると考えられる。

 ただし、現状の技術だけで物流に伴う問題をすべて解決できるわけではない。たとえば、商品を配送センターから受け取り主まで配達する際は、それまでの行程に比べてより高水準なサービスが求められることも多い。そのため、人間の手が介在しない完全自動運転による配送では、人間の細かなニーズを満たしきれない可能性があるとも指摘されている。

レベル4相当の自動運転技術に対応した「シャトルバス」は、ロボタクシー車両モデルとして2025年までに製品化を目指している

トラブル対応、萌芽期はなかなか結果が出ない

 これに関連して、谷口さんは運転手の役割という視点から、自動運転バスにおける課題を指摘した。谷口さんによれば、特に公共交通機関のドライバーは、車両の操作だけでなく、乗客の安全や安心を確保する役目も負っている。そのため、ドライバーが不在の自動運転車では、行先などを気軽に聞けなかったり、車内で急病人が出たときの対処が滞ったりすることもあり得るという。

 こうした事態に対する方策としては『トラブル発生時にすぐ管理者にコンタクトできる仕組みをつくること』(谷口さん)が考えられる。一例として、境町で運用されているARMAには、非常時対応を行うオペレーターが同乗している。また、運行状況を常時チェックするオペレーションセンターを設置し、事故発生時に人員がすぐに出動できる体制を整えているということだ。エレベーターのように、遠隔で監視を原則として、必要に応じて人間が介入する、という方法が基本となるのかもしれない。

 将来的な普及の見通しについても気になるところだ。技術としての自動運転の普及について、加藤さんがヒントとして挙げるのは、多くの自動車に備えられている自動ブレーキ機能だ。この機能は冒頭でも触れた電波レーダーの技術がベースとなっているが、かつてはあまり注目されておらず、その研究開発に向けられる視線も厳しいものだったという。『新しく開発されている技術は、特にその萌芽期はなかなか結果が出ないもの』(加藤さん)だが、自動運転も自動ブレーキ機能と同様に、ある段階から加速度的に広まっていくのではないか、と予想される。

トークセッション会場の有明アリーナでは、自動運転車だけでなく、アシストスーツや歩行解析診断ロボットなど、人間の作業を補助するための最新機器が数多く展示された

存在を見守り、許容するコミュニティの醸成も必要

 ただ、交通手段としての自動運転車の本格的な社会実装については課題も多い。特に利用にかかるコストについては、ある程度普及していかない限り圧縮が難しいのも現実だ。橋本さんは、全国レベルでの自動運転の導入は非現実的としながら、『今すぐに導入が可能な地域も一方で存在する。そのような場所では、人の手による運転を自動運転へ置き換えていくことも可能ではないか』という。そのためにはルールの整備はもちろん、自動運転車の存在を見守り、許容するようなコミュニティを醸成することも必要だろう。

 自動車が現代人の生活にとってなくてはならないものであることは確かだ。そして、誰もが当事者になり得ることから、一人一人が関連する技術の恩恵や課題を意識しやすい分野でもある。そう考えると、自動運転の社会実装は科学技術が普及していく過程をリアルタイムで実感できる好機といえるのかもしれない。

会場内で公開されていたティアフォー社製自動運転車「シャトルバス」。ドアの開閉も含め動作は静かで,運転席のない車内(右)はスペースにも余裕が感じられた。

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