レポート

【SDGsを機に飛躍するアカデミア】第5回 舞台は地球 教育や森林保全で貢献

2023.04.07

茜灯里 / 作家・科学ジャーナリスト

 アカデミアは「学究的世界」と和訳され、一般的に大学(国公私立を問わない)と公的学術機関・団体を指し、利潤を追求する民間企業の研究部門と対比して用いられる言葉だ。

 本連載ではこれまでに、サステイナブルキャンパス、人材育成、地域連携、多様性への取り組みなどの点でSDGsを重視した先進的な活動を行っている大学機関を紹介してきた。最終回は、アカデミアのうち地球を活動の舞台とする大学以外の機関・団体に焦点を当て、南極・北極をテーマに小中学生向けの教育を展開する公益財団法人日本極地研究振興会と、宇宙からの地球観測で森林保全などに寄与する国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)を紹介する。

全地球の森林監視の役割も果たす陸域観測技術衛星「だいち2号」(JAXA提供)
全地球の森林監視の役割も果たす陸域観測技術衛星「だいち2号」(JAXA提供)

厳しい環境に挑む好奇心を探究学習の出発点に、極地研究振興会

 日本極地研究振興会は1964年の創立以来、南極・北極地域での研究・教育活動の支援や、研究成果の普及啓発を行っている団体だ。

 近年は、極地という軸からSDGs教育を推進する活動に力を入れている。文部科学省が2019年度から開始した「SDGs 達成の担い手育成(ESD)推進事業」は、同振興会の「南極・北極から地球の未来を考えるSDGs/ESD事業」を3年連続で採択した。そこで、同振興会が中心となり、極域研究の中核機関である国立極地研究所やこの分野に実績のある大学・研究機関、南極地域観測隊員派遣企業、過去に南極・北極授業を実施した小・中・高校、ESD活動で実績がある教育機関などからなるコンソーシアムを構築し、事業を推進した。

 たとえば20年から、児童、生徒が学校や家庭でSDGsを考えるきっかけを作ることを目的とした「南極・北極から地球の未来を考える」シリーズを出版した。同シリーズは教育現場で使える副読本形式の小学生向け、中学生向けのものと、それぞれとペアとなっているワークシートや質問回答集が収録された教員・指導者向けのものがあり、ホームページではクイズ形式を多用したデジタル版も展開している。これらの教材を用いて全国の小中学校で行う「南極・北極SDGs教室」や、南極観測隊経験者らを学校や企業に派遣する出前授業も精力的に行っている。

 さらに同振興会は22年12月、「第1回南極・北極SDGs探究学習コンテスト」を主催した。小学生を代表とする3人以上で構成した107チームが応募し、地球温暖化が極地の環境・生物に与える影響、マイクロプラスチック問題、環境保護とエコな生活などの探究学習を行った。23年3月の受賞式では、「南極でキャベツを長持ちさせる方法と料理」「わらを使った氷河の融解問題の実験」「極地の温暖化問題と食品ロス」など10の特別賞を選んだ。

 同振興会の福西浩理事長は「SDGsに一番必要なことは、困難に立ち向かう勇気。南極・北極地域の厳しい環境で挑戦を続ける人々は皆、困難に立ち向かう勇気を生み出す力は好奇心だと言う。このコンテストは好奇心を探究学習の出発点にしてもらいたいと企画し、SDGsの問題解決はチームワークが必須なので、このような応募形式にした」と語っている。

第1回「南極・北極SDGs探究学習コンテスト」の特別賞受賞作。小学生チームは、南極観測隊員が生キャベツを長期間食べられるための工夫を研究した。画面右は、コメントする福西浩氏(日本極地研究振興会提供)
第1回「南極・北極SDGs探究学習コンテスト」の特別賞受賞作。小学生チームは、南極観測隊員が生キャベツを長期間食べられるための工夫を研究した。画面右は、コメントする福西浩氏(日本極地研究振興会提供)

宇宙から衛星観測し幅広いデータ活用を追求、JAXA

 一方、JAXAは、日本の宇宙開発利用を技術で支える国立の研究機関だ。03年10月に、文部科学省宇宙科学研究所・航空宇宙技術研究所・宇宙開発事業団が統合されて発足した。本年3月に試みたH3ロケット初号機の打ち上げは残念ながら成功しなかったが、日本の大型ロケットや地球観測衛星の研究開発を担っている機関である。

 SDGs採択文書(※)の条文には、第76項(能力開発)の第2文で「我々は、地球観測や地理空間情報などを含む幅広いデータの活用を追求するために、各国のオーナーシップを前提としつつ、支援と進捗管理における透明性と説明責任を明確にした形での官民連携の拡大を促進する」とうたわれている。実は「地球観測」の文言が条文に記載されたのは、JAXAからの提案を日本政府が受け入れて国連に働きかけたからだ。

※15年にニューヨークの国連本部で開催された「国連持続可能な開発サミット」で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」のこと。

 経営企画部の永田和之参事によれば、JAXAはSDGsに関する基本的な取り組み方針を定め、重点領域を「持続可能で安全な社会を支える、持続的に社会に役立つ組織をつくる、豊かで美しい地球環境を守る、人類の活動領域を持続的に広げる」の4分野に整理し、SDGsを推進しているという。特に後者2つは、気候変動や地球環境保全のための科学的エビデンスを提供したり、サステイナブルな宇宙開発利用のため、今後、国際機関と協力して宇宙インフラや利用ルールの構築をリードしたりするなど、JAXAの特性を活かした貢献が期待される分野だ。

JAXAのSDGsに関する行動指針についてオンライン取材で説明する永田和之氏
JAXAのSDGsに関する行動指針についてオンライン取材で説明する永田和之氏

違法伐採の検出精度を高めるアルゴリズムを開発

 地球観測衛星による見守りが国際社会にアピールした事例に、18年2月に発生したブラジルでの森林違法伐採の摘発がある。

 JAXAとJICA(国際協力機構)が共同で開発したJJ-FAST(熱帯林早期警戒システム:JICA-JAXA Forest Early Warning System in the Tropics)は、陸域観測技術衛星「だいち2号」の観測データを用いて森林の減少状況をモニタリングするシステムだ。16年から運用しており、現在は世界78カ国で対象としている。広大な熱帯雨林は地上からの監視は困難だが、JJ-FASTは2ヘクタール以上の伐採であれば検知が可能だという。

ブラジルでの森林違法伐採の摘発でも活躍したJJ-FASTの画像(JICA、JAXA提供)
ブラジルでの森林違法伐採の摘発でも活躍したJJ-FASTの画像(JICA、JAXA提供)

 「検出精度を高めるために森林伐採検出アルゴリズムを開発しています。開発担当者が検証のためにブラジル政府機関『環境再生可能天然資源院(IBAMA)』とともに森林減少を検知した場所を訪れたら違法伐採の現場に遭遇し、IBAMAが取り押さえるところに立ち会いました」と、JJ-FASTチームの研究を主導する林真智・第一宇宙技術部門地球観測研究センター主任研究開発員は説明する。

 同部門衛星利用運用センターの落合治主幹研究開発員は「JJ-FASTはデータ収集に『だいち2号』のレーダー機能を使用しているため、光学衛星では困難な雲を透過した観測が可能です。つまり、今回の調査時期のような熱帯雨林の雨季でも検知が可能なのです。JAXAの成果を見て、NASA(米航空宇宙局)など諸外国の航空宇宙開発機関も森林資源を管理できるレーダー衛星の打ち上げを検討しています」と優位性をアピールした。

「だいち2号」の模型を使ってJJ-FASTによる森林減少の監視について説明する林真智氏(右)と落合治氏(JAXA筑波宇宙センターで)
「だいち2号」の模型を使ってJJ-FASTによる森林減少の監視について説明する林真智氏(右)と落合治氏(JAXA筑波宇宙センターで)

「だいち4号」のミッションに期待

 なお、本記事で、JAXAの取材は23年1月に行った。その後、防災・災害対策などを含む広義の安全保障に対応するはずだった先進光学衛星「だいち3号」が、H3ロケット初号機とともに失われてしまったことは非常に残念だ。

 現在、JAXAは打ち上げ失敗の原因究明と対策に尽力しており、解決すれば23年度内にも「だいち2号」の後継となる先進レーダー衛星「だいち4号」が搭載されたH3ロケット2号機が打ち上げられる予定だ。宇宙開発によって地球を見守りSDGsに寄与するJAXAの機能は、国内で唯一無二である。ミッションの成功を期待したい。

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