レポート

世界水準に挑戦する韓国科学館

2011.03.04

早川知範 / 日本科学未来館 科学コミュニケーター

 一般市民のために科学館が果たすべき役割は何だろうか。かつては学校の理科授業を補足する施設が科学館だった。ところが今、科学を学ぶ場から来館者の創造力を育む場へと変貌しようとしている。世界の多くの科学館がこのような新しい方向性を打ち出しているなか、韓国でも類似した動きが起こりつつある。そうした韓国科学館の現状を紹介したい。

 2011年1月18日より1月21日まで、全国科学館連携協議会による平成22年度海外科学館視察研修(訪問先:韓国)に参加した。この研修は全国科学館連携協議会加盟館の活動の充実や、職員のスキルアップを図ることを目的としている。日本各地の科学館から7名が参加し現在各館が抱える課題や改善策を明確にした上で、自身の調査テーマを設定し、訪問先で意見交換などを行った。今回訪れた科学館の中で、最も新しい取り組みを行っているのが国立果川(カチョン)科学館である。

 果川科学館は2008年11月、ソウル郊外の果川にオープンした。世界水準の科学館を目指している。最新の展示演出技術を活用したインタラクティブ展示に加え、研究施設を併設し、先端科学の研究者と連携した活動を展開。685テーマ、4,203点の展示が配置され、体験型展示が全展示物の50%以上を占める。

 外観はシンボルマークと同じく宇宙を遊泳する飛行体の形を象徴化した姿。正面からの眺めは空港のターミナルさながらである。科学館は本館のほか、プラネタリウム、科学キャンプ場、生態公園などの屋外施設で構成。さらに本館の1階から2階は基礎科学館、子供探求体験館、先端技術館、自然史館、伝統科学館などに分かれている。3階の左ウィングは科学技術資料館、実験実習室、講義室からなり、右ウィングには職員事務室がある。

 中はとにかく広い。日本語のパンフレットにも「一度にすべて観覧することはできません。何度も来てください」と書かれてある。展示物の説明テキストはほとんどが韓国語と一部英語のため、日本人は携帯型PDA端末機を借りる必要があるだろう。展示の前に立つと自動で音声、映像イメージ、テキストなどの情報を韓英日中の4言語で得ることができる。

 果川科学館ではパンフレットの科学館観覧要領にも記載されている通り「現場の研究開発者および科学者と対話する」ことのできるスペースが設けられている。そのひとつが先端技術館の一画にある大小の実験室、「生命科学実験室」と「組織培養室」である。視察時、ちょうど講師1名と生徒6名が実験に取り組んでいた。現在8つの科学教室が分野別専門機関によって委託運営されている。また別のコーナーでは南極の韓国世宗(セジョン)科学基地の隊員とカメラ付きモニターで通話ができる展示も用意されていた。

 現在、果川科学館には3名の科学コミュニケーターが在籍している。これは日本でもようやく根付いてきた科学コミュニケーターをモデルとしたものだが、もちろん韓国では初の試み。当初は活動方針が無かったため展示場の来館者に話しかけるところから始めたそうだ。1カ月後には小学生から大学生までターゲットを分類した展示解説を実施し、今では3名がおのおの担当の展示館を持ち視察者へのツアーを行っている。館内を案内してくれた李(イ)さんもその一人。もともと製薬会社の研究員だったが、科学館での仕事に興味を持ち科学コミュニケーターという新たな道を選んだ。今後、果川科学館では科学コミュニケーターを増員していく予定で、李さんたち3名が活動の中心的な役割を担っていくであろう。

 館内視察後には果川科学館スタッフとの意見交換会の機会が得られた。例えば「展示の制作は外部に依頼しているのか」という日本側からの質問には、「韓国には展示の制作会社が400社ほど(大手は10〜20社)あり、果川科学館の場合95%は国内の制作会社に依頼している」といった回答が得られた。国内の展示制作会社が大手数社を含め100社も超えない日本に比べ、韓国の裾野の広さを垣間見ることができた。また、韓国では2012年にさらに2つの国立科学館のオープンが予定されていることから、「国内5か所の国立科学館を運営するにあたり、アドバイスがほしい」といった声も聞かれた。

 天文台に所属する研修参加者からは「当方の天文台には展示室、大型望遠鏡、プラネタリウムがあるが、それぞれのエリアを融合したプログラム展開を行っている。例えば、各エリアをまたぐような小中学生用の学習プログラムを用意し活用いただいている。また、土曜日の夜には、各エリアでイベントを行い、それぞれのエリアで楽しめるようなプログラムを展開している」といった具体的な回答もあり、果川科学館スタッフにとっても有意義な意見交換となった。

 果川科学館は世界水準の科学館を目指し、新しい取り組みに積極的に挑戦している。今のところ日本の科学館が培ってきた解説手法や実演プログラムは韓国よりも一歩先を行っているように思う。しかしわれわれがそれを守り継続することだけに執着するならば、おそらく近い将来、量だけでなく質でも韓国に追い越されるのではないかという危機感を抱いた。日本の科学館はさらに向上していかなければならない。

ロボットスタジアム。
ロボットスタジアム。この横では小型ロボットが最新のK-POPにあわせて踊るショーも1日6回行われる。
「組織培養室」での実験の様子。
「組織培養室」での実験の様子。専門機関によって開発された質の高い教育プログラムが提供されている。

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