レポート

科学のおすすめ本ー 物理を知れば世の中がわかる

2010.09.06

澤村恵 / 推薦者/SciencePortal特派員

物理を知れば世の中がわかる
 ISBN: 978-4-569-77960-7
 定 価: 800円+税
 著 者: 竹内淳 氏
 発 行: PHP研究所
(PHPサイエンス・ワールド新書)
 頁: 222頁
 発売日: 2010年4月20日

物理学の視点から日常生活の出来事を観察すると、今まで見えていなかった物事の仕組みが「わかる」時がある。本書は、4つの事例を通して、物理の視点から物事を「わかる=理解する」とはどういうことなのか、また、わかった上で物事をみたらどう見えるのか、ということを伝えている。

著者は本書で、私たちにとって身近な話題である“サッカー・ラグビー日本代表の力の相対的な評価”、“飛行機が飛ぶ仕組み”、“CO2による地球温暖化の仕組み”、“原子力とはなにか”という4つの事例の仕組みを説く。各話題は、力学・統計学、流体力学、量子力学・熱力学、原子物理学の視点を持って説明されているが、それらの原理を理解していなければ読み解けないということはない。著者は「“わかる”とは多くの場合、自分自身が“あたりまえのこと”として受け入れている基本的な概念と結びついた時、初めて成立する」と理解している。本文中に読み手がすぐに試せる“実験”を加え、技術が生まれた歴史や社会的背景を説明して、読者が「わかる」ためのきっかけを織り込んでいる。大人向けにも良いが、小学生以上なら親と一緒に読み進めることができると思われるので、親子での読書もお勧めできる。

個人的に興味深い章は、「得体のしれない原子力って?」である。本章は、原子の成り立ちの説明や、“放射性原子”や“核分裂”、“臨界”という、原子力の莫大(ばくだい)な威力を発見するまでの歴史的発見が成された経緯を紹介したうえで、原子力の軍事的利用と平和的利用(原子力発電)について説明している。原子力開発の歴史的背景を知ると、研究者達が原子力に魅了された心境や、広島・長崎に原子爆弾が落とされた時に感じたと思われるとまどいを読み取ることができるような気がする。

筆者は原子力の利用について中立的な立場で説明している。そのため、核兵器の存在や原子力発電の利用に対して賛成、反対の姿勢は明確にしていない。ただ、「相互確証破壊(核兵器を持つ国同士において、相手からの先制核攻撃に対し十分な報復が行えるような対等な軍事力が存在する状態)」によって保たれている現在の状態を「不安定な均衡」であると説いている。また、原子力先進国でも原発による事故が起こる現実から、世界中に原子力発電が広がると高い管理体制の維持は極めて難しい問題であると述べ、人間が持て余すほどの規模の原子力発電所を維持・管理していくことの難しさを説いている。

今年は広島と長崎に原子爆弾が落とされてから65年目だ。広島の平和記念式典には国連の事務総長や米国の駐日大使などが参加し、核兵器のない世の中を願った。一方、地球温暖化防止策として原子力発電の有用性が叫ばれる中、日本は自身が掲げる新成長戦略に従い、核拡散防止条約に加盟せず核兵器を保有するインドと原子力協力を進めると報じられた(それと同時に反対する団体活動についても報じられている)。現在の日本は、原子力の軍事的利用を否定しながらも、ビジネスでは潜在的に軍事利用の問題が見込める国へ原子力発電のノウハウを提供するという、ある面からみるとゆがんだ状態で原子力とかかわっている。

原子力に限らず、世に出た科学技術は常にビジネス価値を判断される。もうかると判断されれば突き進む判断をされる場合も多い。世の中の物事の正しさを判断するためには、まずは各個人がその技術の原理・原則を「わかった」上で、信頼できる論者の意見を聞き、最終的に自身の意見を持つべきではないだろうか。

本書を読むことにより、取り上げている4つの事例について「わかる」だけではなく、“わかった上で物事を考えること”について「わかる」ことができれば、本書を読む意味はさらに広がると感じる。

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