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X線と聞いて、真っ先に頭に思い浮かべるものはなんだろう。医療現場でのレントゲン写真、空港搭乗口での手荷物検査…。なかには私のように研究用のイメージングアナライザーを思い浮かべる方もおられるかもしれない。しかし、レントゲン博士がX線を発見した翌年の1896年、京都帝国大学の前身である旧制第三高等学校教授であった村岡範為馳が、島津製作所との連携によってX線発見に成功したことを知る方は少ないのではないだろうか。日本では、村岡らの京都グループのほかに、東京の3グループがX線研究の揺籃(らん)期をリードしていたという。
本書は、村岡らと島津製作所によって構成された京都の産学連携チームを中心に、明治期に使われたX線研究の技術史資料から、X線に魅せられた研究者の想いをつづっている。さらに、ふつうこんなものはX線を通して見ないだろうと思われるものまで、あえてX線写真に撮ることによって浮かび上がってくる、さまざまな発見について豊富な写真とともに描きだしている。
例えば、たらこおにぎりとしゃけおにぎりをX線写真に撮ってみて、私たちはその違いを判別できるだろうか? 答えはノー。おにぎりの具もごはんもX線の吸収度に大きな差がないために、見分けることはきわめて困難なのだ。普通はやらないようなことをあえて「して見せている」ところに、本書の面白さがある。
加えて、多岐にわたるX線利用の実際についても、研究者へのインタビュー記事を交じえて興味深く伝えている。考古学研究者と、考古学が専門ではない総合博物館の職員の方とのゆるやかな対話が、X線を用いることで可能となった考古資料にやさしい「これからの考古学」の世界へといざなう。
タンパク3000プロジェクトやターゲットタンパク研究プログラムなどで話題になったタンパク質結晶解析に代表される、X線を用いた最先端のライフサイエンス研究についても、分かりやすく、かつポイントを押さえた質疑が私たちの目をくぎ付けにする。
本書の発行と同時に開催された、京都大学総合博物館の特別展「科学技術Xの謎 天文・医療・文化財 あらゆるものの姿をあらわすX線にせまる」(8月29日まで)では、本書に登場したさまざまな資料を目にすることができる。博物館の展示には、細かな解説は付されていないので、本書を読みながら展示を見ることによって、より理解も深まり、X線に対する興味もわいてくるのではないかと思う。
大学博物館というと、学術的な価値はあっても、なんとなく独りよがりで分かりづらい展示が並べられているという印象を持っていたが、特別展と本書を併せて見ることによって、自分自身これまで描いてきた固定観念が揺らいできたように感じた。