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10億分の1を表す国際単位、ナノという言葉はいま最先端技術の代名詞のように一般化しつつある。ところが本書にはフェムト(千兆分の1)秒という超短時間の光を用いたレーザーが登場する。熱を発生することなく、角膜を自由にカットすることができるそうだ。慶應義塾大学医学部眼科教授である著者は、今世紀劇的に進歩した眼科学について、3つの分野(眼疾病学、眼光学、眼予防学)を柱に技術発展を織り込み、親しみやすい語り口で説き明かす。
目の構造、「実用視力の測定」という新しい概念、ドライアイと涙の重要性、目と脳が連携して認識する視界のメカニズムはもちろん、疾病についても丁寧で分かりやすい。緑内障、糖尿病性網膜症などの症状や、最新の手術・治療法、さらに科学的実証に基づく栄養や食事のほか予防医学まで網羅されている。
一方、非専門医によるレーシック(注)やずさんな衛生管理が引き起こした事件を例に、患者サイドの医療情報リテラシーの大切さを訴える。著者はレーシック専門施設を開院して14年目。十分なカウンセリング、詳細な検査、慎重なデータ確認、緊急事態への対処を重視している。故に低価格競争を危惧(ぐ)する。著者のいう「安全を守る」上での「必要な価格」の存在は、分野を超えてもっと社会で認識されてもよいのではないだろうか。
本書は、科学技術の利用という観点でも興味深い。トラッキングシステム(患者さんの微細な目の動きまで察知してレーザーが自動的に追う)は、米国の空軍でミサイルを発射する際のシステムとして開発されたものという。また、細胞を生かして新鮮な食材を冷凍保存する日本の技術が医学の世界で注目されているそうだ。著者らは患者さんの皮膚からiPS細胞の作成に成功した。病気の解明や創薬に役立てようと、「両側からトンネルを掘るように臨床と基礎研究チームが協力」して研究している。角膜再生への期待が高まる。
著者の再生医療に関する日本の法律への提言は示唆に富む。一部をご紹介する。「医学のテクノロジーは大きな経済の一翼を担うものと考えられる。だから、ある程度、柔軟な対応で研究を促進していかないと、世界に後れをとってしまう。せっかくの最先端の医療技術も、海外の特許にしばられて使用できない、あるいは医療費が高額になってしまう、などの不利益になりかねない」