英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)
【1. はじめに 】
筆者は「英国大学事情2007年第12号」で、スコットランド地方の大学間における物理学、化学、経済学などの研究連携を紹介したが、今月号では、イングランド高等教育助成会議(HEFCE)が支援する、イングランド地方の大学間の自然科学を中心とした研究連携の事例を紹介する。
【HEFCEが支援するイングランド地方の大学の研究連携プロジェクト】
- 「South East Physics Network : SEPNET」
ケント大学、クイーンメアリー大学(ロンドン)、サリー大学、ロイヤルホロウェイ大学(ロンドン)、サザンプトン大学、サセックス大学 - 「Birmingham Warwick Science City Interdisciplinary Research Alliance」
バーミンガム大学、ウォリック大学 - 「Great Western Research」
バース大学、ブリストル大学、エクセター大学、プリマス大学などのイングランド西部地域の13の高等教育機関 - 「Midland Physics Alliance」
バーミンガム大学、ノッティンガム大学、ウォリック大学
【2. イングランド南東地域の物理学の連携(SEPNET) 】
2008年4月、イングランド高等教育助成会議(HEFCE)は、イングランド南東地域の6大学における物理学の促進とその持続を目的とする「South East Physics Network : SEPNET」という新たなネットワークに対し、1,250万ポンド(約24億円*1)の助成を表明した。当ネットワークへの今後7年間の追加的助成額は、当該の6大学および関連機関からの支援を含めて、2,780万ポンド(約54億円)に上る予定である。
【パートナー大学】
- ケント大学 ・クイーンメアリー大学(ロンドン) ・サリー大学
- ロイヤルホロウェイ大学(ロンドン) ・サザンプトン大学 ・サセックス大学
オックスフォード大学とポーツマス大学も准会員として、天文物理学の活動に参加予定。
【設立の背景】
- HEFCEチーフエグゼキュティブの発言要旨:
・2006年度にHEFCEが実施したレビューによって、上記の6大学のすべての物理学科が独自に活動した場合には赤字となることが判明した。
・これらの学科の可能性を引き出すには、活動レベルをさらに上げて、追加的助成を確保できる共同活動を支援する必要がある。
・これらの学科がそれぞれの強みを生かした共同活動をすることにより、授業と研究の質を高め、物理学への貢献を拡大することができる。
【主な活動】
- 以下の4つの研究分野を支援する。
・凝縮系物理学(Condensed Matter Physics)
・量子物理学
・天文物理学
・放射能および探知機器 - 共同大学院コースの設置
- 地域の生徒に物理学への興味をわかせるためのアウトリーチプログラム
- 地域の中小企業に重点をおいた知識移転活動
【3. バーミンガム/ウォリック・サイエンス・シティー・学際研究アライアンス(Birmingham Warwick Science City Interdisciplinary Research Alliance) 】
2008年2月、ウォリック大学とバーミンガム大学は「バーミンガム・サイエンス・シティー*2」地区に優秀な若手科学者を呼び寄せるため、HEFCEの「戦略的開発ファンド:Strategic Development Fund」から960万ポンド(約19億円)の助成を受け、共同で「バーミンガム/ウォリック・サイエンス・シティー・学際研究アライアンス:Birmingham Warwick Science City Interdisciplinary Research Alliance」を構築することを表明した。
地域開発エージェンシーの助成による「バーミンガム・サイエンス・シティー」イニシアティブにおける共同研究には、既に最大8,000万ポンド(156億円)の投資計画があり、この新たなウォリック大学とバーミンガム大学との連携プロジェクトは、同地区へのさらなる起爆剤となることが期待されている。
【主な活動】
- 科学、工学および医学分野において、国内外の非常に能力の高い15-20人の若手研究者をバーミンガム大学またはウォリック大学のスタッフとして採用するとともに、もう一方の大学の名誉職(honorary position)も与え、両大学間をまたがる活動ができるようにする。
- 以下の3つの重要研究テーマの学際的共同プロジェクトに重点を置く。
・エネルギー
水素エネルギーの発生・貯蔵・利用方法および輸送と建造物におけるエネルギー需要の削減と効率の改善方法の研究
・先端材料
宇宙航空工学から医療・ヘルスケア、情報通信技術(ICT)まで広範囲に応用可能な新規先端的材料・センサーの開発
・展開医療(Translational Medicine)
肥満症・糖尿病(メタボリズム)、感染症、心臓病、再生医療および神経システムにおける、効果的な予防、新しい診断法および革新的治療法への展開
【4. 西部地域研究連携プロジェクト(Great Western Research) 】
当イングランド西部地域の研究連携助成プロジェクトは、HEFCE、地域開発エージェンシーおよび企業から合計1,400万ポンド(約27億円)の助成を受け、2005年から5年間の予定で始まった。このうち、HEFCEからの助成額は390万ポンド(約8億円)。
【パートナー大学】
- バース大学 ・ブリストル大学 ・エクセター大学 ・プリマス大学など、南西イングランド地域の専門コレッジを含む、合計13の高等教育機関
【目的】
- イングランド南西地域におけるワールドクラスの卓越した研究活動の持続
- 大学のアカデミックスグループ間、およびアカデミックスグループ、研究助成機関、企業パートナー間の共同活動の促進
- 大学との共同研究による、地域企業の研究開発の促進
【助成対象研究テーマ】
・材料 ・応用数学 ・持続可能性 ・心理学 ・クリエーティブアーツ ・情報通信技術(ICT)
【活動】
- 20人のリサーチフェロー職を新設する。
- HEFCEと大学から、3年間の給与が支給される。
- 130人の博士課程の学生に奨学金を支給する。
費用はGWRと地域企業の折半。1人当たり、3年間で27,600ポンド(約540万円)を支給。 - 1,150人の大学院生に訓練のためのネットワークを提供する。
バース、ブリストル、エクセターの各大学の訓練施設を他の10のパートナー高等教育機関の大学院生にも開放する。 - 100人のポスドク研究者のために、大学の研究プロジェクトまたはパートナー企業で新たな職を創生する。
- 60人のアカデミックスタッフが、新たな企業パートナーとの共同研究が開始できるようにする。
- 従来、特定の大学の研究者や研究グループと共同研究をしたことがなかった80社の企業パートナー(そのうち28社は中小企業)の獲得を目標とする。
【5年後の間接的成果の目標】
- 当GWRプロジェクトを通じて派生する、20の共同研究プロジェクトを立ち上げる。(最低4プロジェクトは、国際パートナーとの共同研究を目標とする)
- 当プロジェクトの共同研究から、2カ所の新たなワールドクラスの研究センターを立ち上げる。
- 5年間のプロジェクト期間中に、企業よりの共同研究助成額の200万ポンド(約4億円)の純増を目指す。
【5. 中部地域物理学アライアンス(Midland Physics Alliance) 】
2007年、イングランド中部地域にあるバーミンガム大学、ノッティンガム大学およびウォリック大学は共同で、同地域における卓越した物理学のパートナーシップを構築するために、HEFCE から390万ポンド(約8億円)の助成金を獲得した。
当パートナーシップは、「中部地域物理学アライアンス:Midland Physics Alliance」と命名され、コーディネートされた研究グループの構築とクリティカルマスをもった共同の物理学大学院コースの構築を目的とし、今後5年間で、これら3大学に6つの講師職と大学院課程に20のモジュールを新設する計画である。
【講師職の新設】
3大学に、各2人の講師職(Assistant Professor /Associate Professor)を新設する。
その専門分野は以下の3分野:
- 凝縮系物理学(Condensed Matter Physics)
- 冷却原子(Cold Atom)と光物理学(Optical Physics)
- 磁気共鳴映像(Magnetic Resonance Imaging)と分光学(Spectroscopy)
【モジュールの新設】
- 授業は「Access Grid」というビデオコンファレンスを利用して提供され、3大学の物理学科の250人以上の大学院生がその授業を共有できるようにする。
- このバーチャル授業を補足する意味で、研究テーマごとのワークショップやサマースクールを開催する。
【6. 筆者コメント 】
英国では、既に紹介したスコットランド地方の大学間の連携をはじめとして、イングランド地方においても、主に中堅大学を中心に研究、授業および知識移転能力の増強のための連携活動が活発化している。
公的助成機関である高等教育助成会議も積極的にこの動きを支援しており、特に学生数の少ない学科における費用効率の改善とクリティカルマスの構築を目指す、この流れは当面続くものと思われる。
注釈)
- *1 ポンド:当レポートでは、すべて1ポンドを195円で換算した。
- *2 バーミンガム・サイエンス・シティー: 英国政府は、2004年から2005年にかけ、マンチェスター、ヨーク、ニューキャッスル、バーミンガム、ノッティンガム、ブリストルの地域を、主要な研究大学またはCOEが存在する都市を「サイエンス・シティー」に認定した。