レポート

英国大学事情—2008年9月号「私立バッキンガム大学」

2008.09.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

【1. はじめに 】

 英国の大学は、高等教育助成会議(Higher Education Funding Councils)を経由して政府の運営費交付金を受けているため、すべて「国立大学」と言えるであろう。ただし、唯一の例外がバッキンガム大学(University of Buckingham)である。同大学は、政府の助成を受けていない私立大学である。英国の大学の形態の多様性を示す意味でも、その概要を紹介したい。

【2. バッキンガム大学の概要 】

A.沿革
 英国では1960年代後半、米国の例にならい、少なくとも1カ所の私立大学を創立すべきではないかとの議論が起こり、1973年にUniversity College at Buckingham (UCB)が教育チャリティー団体の非営利会社組織として設立された。1976年、同校は65人の第一期性を迎え、当時のマーガレット・サッチャー教育大臣による開校式を行った。その後、大学の名称はUniversity of Buckinghamと変更された。

B.学科
・ビジネス学(ビジネス、会計・財務、経営)
・人文科学 (経済、教育、英文学、歴史、国際関連、ジャーナリズム、外国語、政治)
・法学
・理学(応用コンピューティング、心理学)

C.授業料
 通常、イングランド地方の大学の学士課程は、医学や理工学部の一部または学士課程の間に1年間の休学期間のある「サンドウィッチ・コース」などを除いて、3年間が一般的である(スコットランドは4年)。バッキンガム大学の特徴は、最短2年間の学士課程があるということである。

 この2年間の学士課程コースでは、通常の1年間3タームに対して、1年間4タームに圧縮されている。その上、9月、1月、7月のいずれの月からでも参加できるのが特徴である。

【学士課程】 (大学院の授業料の明細は省略する)
英国・EU学生
 学士課程の合計授業料は16,000ポンド(336万円*1)であり、2、2年3カ月、3年コースとも、同額である。同大学によると、「英国の多くの大学の授業料は2008年9月から3,145ポンドになると予想され、その場合、通常の3年コースでは3年間の合計額は9,435ポンド(約198万円)となる。バッキンガム大学の2年の短期圧縮コースでは、1年間の生活費を削減することができ、また通常の学士課程の3年に比べ1年早く就職できるメリットがある」としている。
留学生

 学士課程合計27,000ポンド(2年、2年3カ月、3年コースとも同額)。バッキンガム大学は、「通常のイングランド地方の大学の留学生向け学士課程の1年間の授業料は平均8,600ポンド(約180万円:2007・08年度。Universities UK資料)であるため、3年間では25,800ポンド(542万円)となり、同大学の2年間の短期圧縮コースによる生活費の削減や1年早く就職できるメリットを考慮すると、総合的な経費削減となる」としている。

D.学生数

E.学生満足度調査
 バッキンガム大学は「2007年度・全国大学生満足度調査:National Student Survey 2007」において、総合得点全国NO1となった。

(THESは英国Times社の「Times Higher Education Supplement」を指す)

  • 「National Student Survey」は学部最終学年生へのアンケート調査であり、イングランド高等教育助成会議(HEFCE)が調査会社のIpsos MORIに委託して2005年より毎年実施している。2005年度の調査では、約60%の17万人以上の学部最終学年生が参加した。
  • 英国の大学のスタッフ1人あたりの学生数は平均17.5人であるが、バッキンガム大学の比率は9.7人であり、きめ細かい少人数教育をしていることも学生満足度が高い一因とも思われる。

F.【財務】

G.【就職状況】 (2005・06年度)

【3. 英国の「2年制学士課程」の事例 】

 2003年、英国政府は「The Future of Higher Education」と題する教育白書の中で、柔軟性のある大学教育の提供の一環として、3年制の履修単位を確保した短期圧縮型の2年制学士課程(Two-year fast-track honours degree)のパイロット・スキームの導入を表明した。現在では、以下の大学が当スキームに参加している。

【パイロット・スキーム参加大学】

【4. 筆者コメント 】

 バッキンガム大学は英国で最初に授業料を導入した大学である。英国の大学は約10年前までは、原則的に授業料は無料であった(スコットランドの大学の授業料は、スコットランド在住者および英国以外のEU国出身者向けには、現在でも原則的に無料)。 英国の大学進学率は1970年ごろまでは10%を切っていたために、政府もその運営費を負担することができた。しかしその後、政府は大学進学率の向上を目指して大学生の数を大幅に増加させた。これに伴い、大幅に増加した大学への財政支出を軽減する必要に迫られ、1998年に授業料の導入に踏みきった。現在の大学進学率は約44%であるが、政府は労働党政権樹立時の公約である50%の目標を現在も維持している。

 2006年まで、イングランド地方の大学の通常学科の授業料は約1,100ポンド(約23万円)であったが、その後、大学の自由意志によって年間3,000ポンド(63万円)までの授業料の引き上げが許可された。これによって、多くの大学が上限の3,000ポンドまで授業料を引き上げている。またトップ校の間では、近い将来5,000ポンドへの引き上げがうわさされている。

 英国では、学生の異なる需要に柔軟的にこたえるためにパイロット・スキームとして、2006年に「2年制学士課程」が導入された。これは、ある意味で「2年生学士課程」で先行しているバッキンガム大学に刺激を受けたとも考えられる。通常の学士課程の夏季休暇を取り崩して、1年間を4タームに圧縮し、また1タームの履修単位数を増やすことにより、3年間の履修単位数を2年間で取得する制度である。このパイロット・スキームは当初5大学で開始されて以来、徐々に参加大学が増えてきており、学生のさまざまな要望に柔軟に対応している英国の大学の姿を表す事例の一つでもあろう。

注釈)

  • *1 ポンド: 当レポートでは、すべて1ポンドを210円で換算した。
  • *2 2つの外部組織向けのCorporate Degree: 英国空軍(Royal Air Force)とManchester Solutions(地方自治体)向け特別コース。
  • *3 The Medway Partnership: University of Kent, University of Greenwich and Canterbury Christ Church University

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