SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)は、内閣府 総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が自らの司令塔機能を発揮して、府省の枠や旧来の分野の枠を超えたマネジメントに主導的な役割を果たすことを通じて、科学技術イノベーションを実現するために新たに創設したプログラムです。平成26年度から開始し、現在、全10課題を実施しています。
このコーナーでは、各課題のプログラムディレクター(PD)に、運営における方針やお考えを伺います。
なお、SIPについての詳細は、内閣府のSIPホームページ、JSTのSIPホームページをご覧ください。
地球全体から期待が集まる自動車エンジンの更なる進化
-ドイツでの高速道路走行
-東南アジアでの渋滞
-北京での渋滞やPM2.5
のように、世界にはさまざまな道路環境や課題が存在し、お客様の期待もその国や地域ごとに本当に多種多様であります。自動車産業は、最適なパワートレインを同時並行で複数開発し、それぞれの地域やその発展に合わせて提供をし、地球全体にきめ細かく貢献をしていくことが求められています。
また特に近年、地球温暖化対策のための二酸化炭素(CO2)削減や、資源枯渇の懸念から来る石油消費量の削減が一層強く要望されており、日本・米国・ヨーロッパ・中国・インド等を筆頭にした燃費規制の一層の強化がされています。燃料電池車や電気自動車もそれらを解決する重要な将来技術として、華々しい脚光を浴びていますが、現実的にはまだその割合はわずかと言わざるを得ません。
街で見かける自動車のほとんどはガソリンエンジンやディーゼルエンジンを動力源としており、今なお自動車にとって心臓部と言える大きな大切な部品です。IEA(国際エネルギー機関)の予測によれば、燃料電池車・電気自動車などの普及が最も進んだケースでも、30年後にも世界の自動車の半数以上は内燃機関(=エンジン)を使用するとされており、地球のCO2の削減のためには、まだまだ内燃機関の研究・改良が重要な社会課題・地球課題であります。
日本のエンジン研究の課題「効率化と国内人材育成」
中長期的な課題として、企業側の課題「共同研究による効率化、負担低減」と大学側の課題「将来を担う人材育成」があり、今後解決していく必要があります。
昨今の排出ガス・燃費規制の強化により、企業の量産開発の現場では、システムは日米欧の3極に個別化される上、その内容自身も急速に複雑化が進んでおり、個社内では開発リソースが逼迫し、先端研究にまで手が回らない状態になりつつあります。世界市場での地域ごとのお客様ニーズの多様化やバイオ燃料など燃料の多様化もエンジンのラインナップが増えている要因です。
一方の大学では、内燃機関や歯車などの実用工学は、産業が付加価値(=科学技術)で勝ち残ってきた日本にとって生命線ともいえるものですが、先細りとなり「絶滅(危惧)学科」とさえ呼ばれています。こうした分野はメディアをにぎわすような派手な成果が出にくいため、教授自身や学生が敬遠する傾向にあるとともに、研究を進めようとしても競争的資金やリソースの確保に大変な苦労をします。
トヨタ自動車の例ですが、エンジン部門に配属された新人のうち内燃機関の研究室出身の者が、20年前は5割ほどでしたが、2011年度は4割、12年度は3割、13年度は2割5分と急減しております。学生の大学での研究内容がそのまま仕事につながるわけではありませんが、基礎となる学術知識や内燃機関への愛着・熱意は企業でも大いに役立てたい能力です。最近ではエンジンでもエレクトロニクス化が進んでおり、電子工学の人材も一定数必要ですし、その他の学科のダイバーシティも重要ですが、内燃機関を専攻してきた人材が将来にわたり必要であることは間違いありません。
解決の切り札「産学官連携」への期待
ヨーロッパでは自動車に関するコンソーシアム※1群が形成され、産学官連携による将来の産業に直接活きる研究が活発になされています。彼らが60年の歴史を持って取り組んできたものが今の世界的な開発競争環境に良く合い、花を開いてきています。コンソーシアムでの成果を個社の製品開発に活かし、製品の国際競争力を高めるのはもちろんのこと、同時に法規・標準などのルールメーキングがなされ、強い技術トレンドを生み出し、製品の宣伝効果(技術アピール)をも生み出しています。また、その連携の中で産学の人材交流や循環が有機的になされ、学理の解る開発者(例えば、ドクターを持っている企業人)、開発の解る研究者(例えば、企業経験のある教授)が多く輩出され、持続的な科学技術と産業の発展に大いに貢献しています。
※1 コンソーシアム/複数の組織からなる団体組織。例:共同研究体など。
一方の日本ではその勤勉な国民性も活かして、国内メーカ同士の競争により、これまではグローバルな競争に勝ち残ってきましたが、共有財産である学理的な情報はますます減少、共同研究の風土は生まれず、大学との研究の成果が最終的に製品開発までつながっているケースは稀であるのが現状です。そのため、各企業とも負担軽減、新技術開発のための即戦力としてインフラや人材が揃った海外の研究機関、大学に多大な資金を投資し、海外の技術に支えられ開発を続けているという一側面も実際に存在します。
先述の二つの課題に対する危機感を企業側・大学側が双方とも持ち続けており、自動車技術会※2では、本音で唾のかかるような距離で基礎研究分野のニーズ・シーズについて、大学と自動車メーカ8社が参加し真剣に議論をしてきました。その成果がSIPよりも一足早く立ち上がった「AICE(自動車用内燃機関技術研究組合)」です。AICEでは経済産業省のクリーンディーゼルエンジン技術の高度化に関する研究開発事業をすでに受託・実施してきましたが、SIP革新的燃焼でも連携協定を結び、主たるサポート企業群として人材・物資・知見ノウハウ等の大きなサポートを実施してもらっています。
※2 自動車技術会/自動車に係わる研究者、技術者および学生などから構成される公益社団法人。情報交換、研究発表、内外技術者との交流を行い、技術者・研究者の育成に努めている。→「自動車技術会」ホームページ
技術革新には大学の力が欠かせません。また、効率50%という高い目標の達成は、さまざまな要素技術の連携、知見の融合によって初めて成し遂げられるものですから、研究分野の架橋も重要です。今後はAICEでも官プロジェクトの実施・サポートだけでなく、既存の学会や産総研とも連携をして、ニーズ・シーズの発信・交換の場として研究ネットワークの強化に取り組んでいきます。内燃機関と異なる専攻の研究者を取り込むことはイノベーションの上で大変重要です。同じ志を持った人が仲間を広げていける形を模索しています。
基礎研究領域で内燃機関を柱としながら産業につながるイノベーションを次々と起こしていける次世代の研究体制に大いに期待し、それを大変楽しみにしています。
SIPの取り組み 実用工学研究の再興から地球の笑顔へ
SIPでは大きく二つの課題に取り組んでいます。「熱効率50%の達成」の研究とそれを通じての「産学官連携での強靭かつ持続的な研究体制の構築と人材育成」です。
エンジン技術は成熟していると思われるかもしれませんが、経験的・統計的な対症療法に頼っている部分もあり、燃焼という反応をはじめとして科学的に十分に解明されていない部分も実は多いのです。あるいは、熱効率という観点では、大きくゆっくり回る舶用のエンジンではすでに50%を越えています。5割というのは物理的なゴールではなく、いつかは通る通過点。自動車用エンジンでもその5割を超えるための努力(研究)の余地はまだまだあると考えています。
50%という数字だけ見ると効率が低いと思われる方もいらっしゃると思いますが、発電所のコンバインドサイクルでも55%程度。化学エネルギー(熱)から動力に変えるのは意外と大変なもので、これからも量産フェーズでの地道な改善努力と研究フェーズでの革新技術の両面からの挑戦が求められます。
次の体制構築課題は、将来の日本の自動車産業の開発プロセスを変え、新しい技術と産業を生み、人材を育てる極めて大事なものです。しかし、日本における産業間での共同研究は未熟であり、今SIPが始まってさまざまな課題が具体的に出てきています。今後もたくさんの課題が表面化していくことが予想されますが、産学官が密接な連携をとり、次世代に向けての議論を進めていくことが重要であると考えています。産学官連携は時期的に「ラストチャンス」だと思っています。これ以上遅れると実用工学研究がさらに衰退して取り返しのつかないことになりますので、いたく危機感を持って大学も企業も真剣に取り組んでいます。
今回のSIPを通して、自動車用エンジンの燃焼というテーマで基礎的な学理に立ち戻ってイノベーションを起こしながら、世界トップクラスの研究開発人材を育てていく潮流を強固に構築することは、世界に誇れる自動車分野の研究・自動車産業の発展のために今後なくてはならないものであります。また、これによって得られた成果を迅速に活用して製品の技術を高めて、お客様の笑顔、地球の笑顔を今後も絶え間なく追及し続けていきますので、皆さんもこのプロジェクトの応援・ご支援を是非よろしくお願いいたします。
杉山 雅則(すぎやま まさのり)氏のプロフィール
1984年早稲田大学理工学研究所機械工学専攻博士前期課程を卒業し、トヨタ自動車に入社。V6エンジン開発責任者・エンジン開発業務改革推進責任者などを経て、2013年より常務理事・エンジン技術領域 領域長。
2014年4月より内閣府政策統括官(科学技術イノベーション担当)付として、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の「革新的燃焼技術」課題のプログラムディレクターを務めている。
関連リンク
- 内閣府のホームページ
- JSTのSIPホームページ
- 「自動車技術会」ホームページ