希望に包まれ高らかに唱えられた「人生100年時代」は単に長く生きることを意味するものではない。人々の健康寿命を延ばして自立した生活を続けられるかが社会に求められている。老化を遅らせる生活習慣や治療の確立には科学技術の支えが欠かせない。健康長寿を巡る最先端の取り組みを描く特集の第1回は、慶応義塾大学医学部百寿総合研究センター長の新井康通氏に100歳以上の長寿者の特徴と、生活への応用技術について聞いた。
老化メカニズムや健康で長生きの要因を突き止める
―百寿者研究の狙いを教えてください。
一つは基礎研究としてヒトが老化するメカニズムや、極めて健康で長生きする人々の遺伝的・環境的要因を突き止めることです。ここで病気と老化を区分して考える必要があります。従来の医学は病気を対象としてきましたが、百寿研究は病気の危険因子よりも、主に脳や心臓といった重要臓器の老化そのものに焦点をあてています。
もう一つは、得られた知見を活用し、認知症やフレイル(虚弱)の予防法、新たな治療法の開発につなげ、多くの人が年齢を重ねても活力ある社会を継続できるようにすることです。「人生100年時代」のモデルケースを科学的に提示することが、私たちの使命だと強調したいです。

世界最大級の収集データが語る長寿の真実
―研究対象となっている百寿者にはどのような調査をしていますか。
研究対象として100歳以上のご本人に直接の問診や身体計測はもちろん、血液サンプルの提供をお願いし、遺伝子解析やバイオマーカー(血液中の指標)の測定をしています。さらに生活習慣や食事、性格、社会的なつながりといった環境要因についても詳細に調査。可能な限り、長寿家系の関連性も分析しています。
収集したデータは、世界最大級の規模だと自認しています。特に200人におよぶ110歳以上のスーパーセンチナリアンのデータを持っているのは世界でも当センターだけと言っても過言ではありません。現在もコホート(集団追跡調査)を実施し、さらに規模が拡大しています。莫大なデータが、老化の謎を解くカギとなっています。スーパーセンチナリアンたちは人類が到達可能な寿命の限界に挑んでいるトップランナーです。
百寿者には多くの高齢者が罹患するがんや心臓疾患、糖尿病など加齢に伴う疾病の発症が遅い、あるいは発症しても重症化しにくいという特徴があります。単に「長く生きている」というだけでなく「老化のスピードが遅かったり、病気に対する抵抗力や回復力(レジリエンス)が高かったりする」という生物学的な優位性を保有しています。一部の亡くなった方たちには解剖をさせていただき、剖検組織を解析し続けていますが、認知機能が保たれていれば、臓器関係の働きがよく、寿命を決めている要因なのではという仮説を立てています。
105歳、110歳という壁を超え、生きている人々は、極めて特異な「健康長寿のエリート」です。このエリートの特性を明らかにすることで、一般の人たちの健康増進に応用ができればと考えています。
血液と便から探る老化抑制のカギ
―膨大なデータの中で、特に免疫細胞や便、血液の分析から判明した長寿者の特性は何ですか。科学技術へどう応用するのでしょうか。
血液を調べて画期的だったのは「慢性炎症」の抑制に関する発見です。加齢に伴い、体内では微弱な炎症反応が慢性的に続くようになります。これを「炎症老化」と呼びます。この炎症老化が動脈硬化や糖尿病、がん、アルツハイマー病などの加齢性疾患の引き金になることが分かっています。しかし、百寿者、特にスーパーセンチナリアンの血液を分析すると、この炎症レベルが低い状態で保たれているほど、自立度や認知機能が高く、余命も長いことが明らかになりました。
さらに老化を抑制する可能性のある特別な免疫細胞、CD4陽性キラーT細胞(細胞障害性T細胞)が普通の人より増えていることも血液検査でわかりました。どんな役割を果たしているのか完全には証明されていませんが、老化細胞やがん細胞の排除に関わっている可能性があります。

便中の代謝産物(メタボライト)の解析も試みました。結果、胆汁酸の一種で、ある特定の成分が百寿者の便中に多く含まれていることが判明。この成分が病原性細菌に対して強い抗菌作用を示すことが分かりました。
NfL(ニューロフィラメント軽鎖)という脳神経の細胞レベルの老化指標を血中で測定することで、脳の老化度合いを可視化する研究も進めています。こうした知見は薬の開発や予防医療に導入できます。栄養や内臓機能を改善する「抗老化薬」の開発にもつながります。
もっと現実的なのが血液中のバイオマーカーを測定することで、個人の「生物学的年齢」の算出です。将来の疾患リスクを予測するアルゴリズムの開発も進めています。一人ひとりの体質に合わせたオーダーメイドの予防医療が可能になり、健康寿命の延伸に大きく貢献できます。百寿者の血液は、人々の健康を守るための情報の宝庫といえます。

フレイル予防に必要な社会参加の仕組み
―平均寿命と健康寿命の間には約10年の乖離があります。このギャップを埋めるための研究について教えてください。
私が特に注目しているのは、「フレイル(虚弱)」のメカニズム解明です。フレイルとは年齢とともに体力や活動量が落ちてきた状態で、放っておくと、気力や認知機能、社会とのつながりまで弱くなってしまうことも少なくないです。
フレイルでは「免疫老化」と「細胞老化」の両方の制御に注目しています。加齢に伴い免疫機能が低下すると、感染症にかかりやすくなるだけでなく、がん細胞を取り除く体内能力も落ちます。また、老化細胞が体内に蓄積すると、周囲の健康な細胞にも悪影響を及ぼし、臓器の機能を低下させます。
最近の研究では、この老化細胞を選択的に除去する「セノリティクス」という科学技術が注目されています。動物実験レベルですが、老化細胞を除去することで身体機能が回復し、寿命が延びるという結果が出ています。これを人間に応用できれば、フレイルの進行を食い止める可能性が高まります。
社会的な側面からのアプローチも忘れてはならないです。百寿者の多くは、高齢になっても何らかの形で周囲の人とつながり、精神的な充足感を得ています。逆に孤独な生活が身体的な老化を加速させることは科学的にも実証されています。生きがいを保つことによって健康がどう維持されるのか、個人と社会の健康について調査を深めたいと思います。高齢者の社会参加を促す仕組みや、多世代が交流できるコミュニティの形成といった「社会的処方箋」の研究も、生物学的な研究と同じくらい重要です。

老化の指標の確立とAIで個別化予防医療
―誰もが100歳まで健やかに生きるためには、どのような科学的条件が必要でしょうか。また、それを実現するためのブレークスルー(技術突破)は何ですか。
いま着手しているのは「オミックス」と言われる数千のタンパク質解析やDNAのメチル化といった分子・細胞レベルでの解析です。DNAメチル化とは遺伝子の働きを必要に応じて抑え、体のバランスを保つ仕組みです。百寿者はこの機能維持のレベルが高い。
私たちの研究ではこの機能をベースに人々の生物学的な現時点の年齢をはじき出す水準に届いています。ただ技術を応用して血液細胞のDNAメチル化状態から、がんや心臓病など臓器に特異的なDNAメチル化の状況を予測し、その人の未来の病気の発症リスクや死亡率をはじきだすのは未達成で、ここが挑戦領域です。
ブレークスルーとして期待するのは「バイオマーカー・オブ・エイジング(老化の指標)の確立と人工知能(AI)の融合です。脳の老化は神経系細胞で起こるが、これをどう血液検査の結果に落とし込むか、ここでAIの出番となります。膨大な情報を統合的に解析して、個人の健康状態をシミュレーションする。健康長寿のプラットフォームができ、各個人にカスタマイズされた個別化予防医療ができます。すでに老化を治療することで寿命は伸びることが動物実験でもわかっています。
一方、人生の終盤では機能が徐々に衰え、介護が必要になったり、誰かの支えを受けたりする時期が来ます。スーパーセンチナリアンといえども「ピンピンコロリ」は現実的には難しい。テクノロジーを活用して低下した機能を補完することで生活の質をアップする「エイジ・テック」もますます重要になるでしょう。
自立高齢者を川崎市と5月から追跡調査
―今後の研究課題や、研究成果を社会に実装していくための自治体との連携、政府への要望はありますか。
研究課題は、これまで蓄積してきた膨大な観察データを、具体的な「介入研究」へとステージを進めることです。現在、スーパーセンチナリアンの知見を一般の高齢者の健康寿命の延伸につなげる研究を川崎市と取り組んでいます。「元気な高齢者と元気な街を創る」プロジェクトです。これまで85歳から89歳と百寿者の研究を組み合わせ、AI解析による「元気指標」の決定因子の探索も進めています。2026年5月から75歳から79歳の自立した高齢者も対象にして2年ごとに追跡調査を実施します。
国に対しても長期的かつ安定的な研究資金の支援を求めたいです。補助金や制度の充実を希望します。長寿研究は成果がでるまでに長い時間がかかります。日本社会の医療・介護費の削減という社会的利益と、高齢化が進む国際社会への日本の貢献につながる投資だと理解してほしいです。

「老いは制御可能」社会に広めたい
―平均寿命の延びが鈍化しているというデータもあります。そもそも人間は、生物学的に誰もが100歳まで生きることが可能なのでしょうか。
病気を治療して平均寿命が延びるのは60歳代から70歳代の人たちで、このゾーンはかなり医療技術が進んでいます。これからさらに平均寿命を延ばすには、老化の速度を遅くすることが重要です。多くの人たちは100歳まで生きる可能性を持っていると考えていますが「誰もが容易に到達できる未来」へのハードルは高いと思います。
それでもスーパーセンチナリアンを見ていると、110歳を超えてもなお生命力を維持しており、人間の生命力には未知の領域があると感じます。この人たちには有利な遺伝的要因が少なからず関与していることは否定できません。
しかし「老いは避けられない衰退」ではなく、「制御可能」という意識が社会全体に広まれば、積極的に医療やAIを活用しながら、誰もが長生きを前向きに受け止められる長寿社会の実現につながるでしょう。老化のメカニズム解明に立脚し、技術革新と老いを社会全体で支えようという共生がそろった時、その未来は近づきます。

〈百寿総合研究センター〉
■医学、生物学、社会学など多角的視点で
「いかにして健康で幸福な長寿を実現するか」という問いに科学的に答えるために2014年に設立した。前身となる研究は慶応大学医学部老年内科(当時)の医師・広瀬信義氏が1992年に開始。2000年代に入り東京都健康長寿医療センターと組んで、百寿者を対象にした医学的・社会的な実態調査で連携した。当時はまだ100歳以上の人口は少なく、稀少な存在だったが、将来の高齢化社会の拡大を見据え、なぜ百寿者たちがこれほど元気で長く生きられるのか、その秘密を解明しようとした。
やがて遺伝子のゲノム解析や「腸内細菌叢(さいきんそう、フローラ)」研究などに広がり、大学の多くの研究者が集まって学部横断的な組織としてセンターになった。105歳以上の「超百寿者(セミスーパーセンチナリアン)」や110歳以上の「スーパーセンチナリアン」を対象とした「全国超百寿者研究」へと規模を拡大。30年以上のフィールドワークとデータの蓄積をベースとして、医学、生物学、社会学など多角的な視点から健康長寿のメカニズムを解明し、実証した成果を社会に還元することを目的に活動している。
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「人生100年社会 支える科学」では健康長寿へ挑戦を続ける大学、企業、地方自治体などの最先端の取り組みに迫ります。
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