インタビュー

【特集:荒波の先に見る大学像】第5回 次世代半導体の“使い手”を育てる―150年目の「セカンド・アンビシャス・チャレンジ」、北海道大学理事・副学長 山口淳二さん

2025.12.11

西尾直樹 / 科学技術コミュニケーター

 最先端半導体の開発競争が世界規模で激しさを増している。熊本は台湾積体電路製造(TSMC)が進出したのを契機に一大半導体拠点へと成長した。北海道でも千歳市へのラピダスの工場建設を追い風に、産官学連携による大規模プロジェクトが始動。次世代半導体を軸としたイノベーション基盤づくりが本格化する中、創基150周年を迎える北海道大学も「セカンド・アンビシャス・チャレンジ」のキャッチフレーズを旗印に、半導体産業への挑戦に名乗りを上げた。「2度目の野心的な挑戦」で北大が目指すものは何か。理事・副学長の山口淳二さんに伺った。

山口淳二さん
山口淳二さん

ラピダスとの連携は「まだ何もない」ところから

―ラピダスとの包括連携協定について、経緯や狙いを教えてください。

 ご存知のとおり、ラピダスは日本が国策として推進する最先端半導体(ロジック)の量産化を担う企業として、2022年に設立されました。国内外の大手企業や研究機関が参画し、国家プロジェクトとして世界最先端のナノ(ナノは10億分の1)メートル世代の半導体開発・製造を目指しています。

 その開発拠点「IIM(イーム)」を北海道千歳市に置くとラピダスが発表したのは、2023年2月末のことでした。北海道が選ばれたのは、広大な敷地と冷涼な気候、豊富な水と再生可能エネルギーといった地理的なポテンシャルに加え、「行ってみたい」「住んでみたい」と思わせる場所としての魅力が大きな理由です。

 北大とラピダスとの連携は、本当にゼロからのスタートでした。同社創業メンバー13人の中に北大の関係者はおらず、我々にとっても未知の存在だったんです。寶金(ほうきん)清博総長を中心にトップ同士での対話を重ねていく中で、大学内への評価・分析拠点設置や、不足が指摘される半導体人材の育成などの部分で少しずつ彼らの考えや期待が見えてきて、1年後の2024年6月には包括連携協定の締結に至りました。

 これは非常に珍しいケースで、本来大学と企業の連携は十分な協働実績に基づいて結ばれるものです。しかし当時のラピダスはまだ何も製品を生み出していない段階でした。これは本学の強みであるAIやデータサイエンス、そしてフィールド科学や医療を生かすことのできる建学以来有数の飛躍のチャンスと捉えた総長の英断であり、我々としてもラピダスとの特別な関係性を築くための大きなステップだったと思っています。

新千歳空港のすぐ南に位置するラピダスの半導体開発拠点IIM(イーム)。空港の窓や展望台からもその姿を伺うことができる(2025年8月撮影)
新千歳空港のすぐ南に位置するラピダスの半導体開発拠点IIM(イーム)。空港の窓や展望台からもその姿を伺うことができる(2025年8月撮影)

―そのラピダスとの連携をはじめ、北大の半導体プロジェクト推進の中核を担うのが「半導体フロンティア教育研究機構(IFERS、アイファース)」ですね。

 ラピダスの北海道進出を受け、我々は2023年10月に「半導体拠点形成推進本部」を設置し、半導体教育・研究を推進して参りました。そして25年4月、この組織を改組し、学内外の半導体に関する教育・研究・人材育成の司令塔となる新しい体制としてIFERSを立ち上げました。

 IFERSは、単一部局の取り組みではありません。工学研究院、理学研究院、情報科学研究院など、半導体に関連する複数の部局責任者が参画する運営委員会を設け、全学の方針決定や情報共有を行っているほか、各室・部門にも各部局の教員が参画しています。

IFERS組織体制図(北海道大学提供)
IFERS組織体制図(北海道大学提供)

―部局をまたいだ連携には困難も伴いそうです。

 大学って、どうしても「一国一城の主」の集まりなんですよ。皆さん、自分の専門や研究室を中心に活動されています。だからこそ、部局間の信頼関係を大事にして、兼務という形で先生方に関わってもらっています。

 現時点では半導体分野の教員が中心ですが、今後は文系や社会科学系の教員、まちづくりや環境整備に関わる分野にも広げる予定です。半導体をきっかけに、北海道全体の基盤づくりや多分野協働が進む可能性があります。

IFERSの機構長も務める山口さん
IFERSの機構長も務める山口さん

先端技術の「使い方」を開発できる人材を育成する

―民間企業との連携状況についてお聞かせください。

 ラピダスに関しては、北大内に同社の評価・分析拠点が設置され、社員常駐の解析体制で、試作された最先端半導体の評価が行われています。

 このほか、内閣府の地方大学・地域産業創生交付金事業に採択され民間企業との間で行っている12の研究プロジェクトは、企業と教員が主導し、学生にもリサーチアシスタント(RA)として積極的に参画してもらっています。学術研究と産業界のニーズを結び付ける現場経験を積むことを通じて、RA学生には単に研究開発の一翼を担うだけではなく、社会実装を意識した人材として育ってもらいたいと思っています。

―人材育成の観点で、半導体分野における大学や北大の役割をどのように捉えていますか。

 半導体人材というと、どうしても「作る技術者」ばかりが注目されてしまいますが、日本の大学に求められているのは単なる即戦力の人材育成ではなく、「全体を俯瞰し、応用できる人材」をどう育てるかです。技術や知識は、進歩の著しい半導体業界では10年後には陳腐化するかもしれない。そこでこれからの学生には、変化に対応できる力、柔軟性、そして意欲こそが大事になります。

 また、私たちは「使う側の人材」を育てていくことも重視しています。特にラピダスのような企業が新たな最先端半導体を作るとなると、それをどう使いこなすかという“ユースケース(応用事例)の開拓”が非常に重要になります。

 そこで、北大がこれまでに培ってきた研究との融合を図り、例えばスマート農業や医療機器に最先端のチップを活用する。そうした「使い方」を開発することが、総合大学としての北大の強みを生かせるところだと思います。

 ラピダスもそこを理解して「文系でもいい」、つまり必ずしも即戦力でなくても良いと言ってくれているんです。実際に最先端半導体をどう使うか。将来を見据えても「これが正解だ」というものはありません。でも、今できる最善を積み重ねながら多様なユースケースを開拓していきたいです。

―「使う側」など多様な人材の育成に向け、どのように学外連携を進めているのでしょうか。

 2023年6月、北海道経済産業局を中心に「北海道半導体人材育成等推進協議会」を立ち上げました。普通ならばこういった組織づくりには1年くらいかかるところ、ラピダスの千歳市進出が発表された2月末からわずか数か月、異例のスピード感でした。2年前は30機関程度の参加だったのが一気に増え、25年6月には74機関まで輪が広がっています。

 特徴は教育機関の多さで、17機関が参画しています。これは北海道地区の特徴と言えます。こうした産学官の連携によって、北海道独自の半導体エコシステムをつくり出していこうとしています。

北海道半導体人材育成等推進協議会に参画する17教育機関
北海道半導体人材育成等推進協議会に参画する17教育機関

人材育成と拠点整備を一体的に推進

―ここまで大規模な人材育成の枠組みは異例だと感じます。具体的にどう推進していきますか。

 半導体人材の不足は深刻です。協議会内に設置した「人材育成・確保ワーキング」では、関連する道内企業とこれから進出予定の企業にアンケートを行い、採用需要を把握しました。2030年には道内企業の採用希望数が670人に達する見込みで、これは23年度の約3倍です。

山口さんは人材育成・確保ワーキンググループの座長も担う
山口さんは人材育成・確保ワーキンググループの座長も担う

 北大は高度な人材、特に大学院生を中心に育てていますが、学部生や高専卒業生も含め、質を保証した半導体人材を道内全体で育成していきます。そして、北海道だけでなく、全国・世界で活躍できる人材を送り出すことが、私たちの目標です。

 人材育成・確保ワーキングでは、学生にまずは企業を知ってもらうことを重視しています。実務家教員の派遣、工場見学、関連企業へのインターンシップなどを2年間で大きく充実させてきました。また半導体に関する北大の独自教育カリキュラムの開発だけでなく、協議会でも道内教育機関で共通プログラムをつくる構想が当初よりありました。最初の2年間は難しかったのですが、いよいよ3年目の今年から着手しはじめています。

―研究開発の側面でも学外連携を積極的に展開されているのでしょうか。

 2023年から24年にかけて、大学・研究機関・企業による技術開発拠点である技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)への参画、東北大学との半導体に関する教育・研究での連携、ラピダスとの包括連携協定締結などを進めてきました。国際連携も積極的に進めています。台湾の陽明交通大学、米国のレンセラー工科大学、ベルギーの半導体研究機関imec(アイメック)と連携し、学生や研究者の交流も始まっています。

 また北海道が推進する「北海道半導体・デジタル関連産業振興ビジョン」、いわゆる「北海道デジタルパーク構想」の中核となる取り組みにも参画しました。地方大学・地域産業創生交付金の枠組みで道・千歳市・札幌市・公立千歳科学技術大学・企業と連携して、研究開発、半導体プロトタイピングラボの設置、人材育成を一体的に進めています。

北海道半導体・デジタル関連産業振興ビジョン(北海道提供)
北海道半導体・デジタル関連産業振興ビジョン(北海道提供)

目指すべき北海道の姿を実現する 「セカンド・アンビシャス・チャレンジ」

―北海道の中での役割を重視していることがよく伝わります。

 今、私たちが担うのは「デジタルパーク構想」による産業・雇用・教育のトランスフォーメーションです。これは北大だけの話ではありません。北海道全体の未来に向けたチャレンジです。全国、世界で活躍できる人材を北海道から育てていく。これが、私たちIFERSの使命であり、未来への責任だと考えています。

 同時に北大が目指しているのは「北海道に若者が定着する仕組み」を作ることです。これまで北大では約8割の卒業生が道外に就職していましたが、ものづくりの新しい基盤が北海道にできる今、ここに定着し活躍してもらえるような環境を整えていきたいと思っています。

 これは北大の決意表明なのですが、私たちの現在の挑戦を「Second Ambitious challenge(セカンド・アンビシャス・チャレンジ)」と呼んでいます。

―「セカンド」の意味するところは。

 2026年、北大は創基150周年を迎えます。1876年、本学の前身である札幌農学校の開校は、当時の明治政府の国策だった寒冷地農業の確立に挑んだ「ファースト・チャレンジ」を意味していました。そして150年後の今、新たな国策である「北海道デジタルパーク構想」の実現を我々は「セカンド・アンビシャス・チャレンジ」と設定しました。この挑戦は、北大とラピダスの二者だけで進める話ではありません。経済の底上げ、地域の活性化を視野に、道内すべての教育機関と協力して優秀な人材を育てる試みです。彼らが活躍することで、ラピダスを含むあらゆる半導体関連企業が集合した複合クラスター拠点の実現を目指したいと考えています。

創基150周年の節目を目前に半導体への取り組みを「セカンドチャレンジ」と位置付けた(北海道大学提供)
創基150周年の節目を目前に半導体への取り組みを「セカンドチャレンジ」と位置付けた(北海道大学提供)

 今、大学も産学連携のあり方そのものを問い直す時期に来ていると思います。その意味では、国の資金だけに頼るのではなく、企業が本当に欲しい技術・知見を育てていくことで、企業からも投資を呼び込みたいです。

―最後に、半導体を追い風に改革を進める意気込みを聞かせてください。

 大学は元来ボトムアップの組織。トップダウンで引っ張るのではなく、皆が同じ方向を向けるようにすることが大切です。ありがたいことに、今は教員も学生も、そして道民の皆さんも半導体に関心を持ってくれている。この流れをうまく生かして、全学で、そして地域と一体となって取り組みを進めていく。それが我々の目指す姿です。子どもたちへの出前授業なども含めて、北大は北海道の教育機関としての役割も果たしていきたい。そして北海道を、全国・世界から人々を呼び込む活力のある場所にしていきたいと思っています。

山口淳二(やまぐち・じゅんじ)

北海道大学理事・副学長(総括理事)、半導体フロンティア教育研究機構長

1985年名古屋大学農学研究科博士後期課程修了、農学博士。名古屋大学農学部助手などを経て、2001年より北海道大学大学院理学研究科教授。2014年に副学長、2020年10月に理事・副学長へ就任。総括理事を務める。2025年4月の半導体フロンティア教育研究機構設置とともに機構長に就任した。専門は生物科学。

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