食物による乳幼児の窒息事故が多数起きている。窒息といえば、高齢者が餅を詰まらせる事故を思い浮かべるが、乳幼児には高齢者と異なる事故の起き方がある。厚生労働省の統計によると、2014~2019年の6年間で14 歳以下の子どもが80人窒息死し、うち5歳以下は73人と9割にのぼる。保護者らが気をつけることなどを、外来で偏食の相談や障害児の食事指導にあたる昭和大学歯学部口腔衛生学講座教授の弘中祥司さんに聞いた。
経験したことのない食べ物は適切な食べ方が分からない
―最近、保育園で窒息事故のニュースが相次いで流れました。どのように受け止めていますか。
まず、リンゴは離乳食として悪いわけではないです。事故が起きた施設に限っての言及ではないのですが、保育士さんはよく勉強しています。多忙な保育士を必要以上に責めることは良くないと考えます。
ただ、不幸なことに5つのチェックが外れると子どもは大きな事故になります。その5つとは、(1)経験したことのない食べ物、(2)食べ物の調理法と口の機能がマッチしていない、(3)観察者がいない、(4)救命方法が思い浮かばない――あとは小学生の学齢期ですが、(5)本人のキャラクターという要素です。
―(1)から順番に詳しく教えてください。経験したことがない食べ物というのは具体的にどういうものでしょうか。
「経験したことのない食べ物は適切な食べ方が分からない」ということです。例えば、大人はフルーツポンチの中に白玉と牛乳寒天が入っていたとき、白玉は弾力性があり、牛乳寒天は簡単に噛めると学んでいます。噛み方、食べ方を変えるでしょう。しかし、小さな子は「同じ白いもの」にしか見えません。コロナ禍を経て、保護者が「手づかみ食べ」をさせない家庭が更に増えました。手づかみせずスプーンで口に運ばれると、かたさが分かりません。やわらかいと思ったのにかたかった場合、どう処理したら良いか分からず、パニックです。
大人も、貝に入った砂を噛むと「うわっ」となりますよね。いま話しているだけでも鳥肌が立ってきました。経験があるから気持ち悪いと思えますが、お子さんは「初めての食べ物」ばかりです。
かたさの判断を目に頼らせないためには、保護者がスプーンやフォークに子どもの手を添え、食物のかたさの抵抗感を一緒に感じさせるとよいでしょう。
だ液が少ないとお菓子は食べにくい
―(2)の食べ物の調理法と口の機能がマッチしていない。これは調理する側の問題でしょうか。また、お口の機能が衰えてくる高齢者との違いはありますか。
成長と食事の形態はきちんと観察する必要があるということです。
離乳食のリンゴの調理法は、最初は電子レンジで加熱するだけのコンポートがいいです。赤ちゃんは母乳を吸う動きを持って生まれてきます。その動きを「吸てつ(きゅうてつ)反射」といいます。
ミルクから離乳食に移行するときに起こりがちなのが、すりおろした果物のトラブルです。「汁がおいしい」と思って吸てつ反射の口で汁を飲んでいると、そのうち「かす(食物繊維)」が口の中に残ってしまいます。かすを処理する方法はまだ学習が不足しており、歯がない月齢ではミルクを飲むように吸い込み、最悪の場合、気道に入ります。
赤ちゃんは生まれて、5~6カ月で唇が閉じられるようになり、7~8カ月で舌を上げ下げできるようになり、9~11カ月で歯ぐき同士のすりつぶし運動が始まり、1歳~1歳半を迎える頃に噛む運動が始まります。だ液の多いお子さんなら1歳でもかぼちゃやこしあん、パンなど、水分が少ない食品も食べられますが、普段よだれかけが必要ない程度のだ液量なら、だ液が少ないと考えてください。だ液が少ないと、赤ちゃん用のお菓子も表示の月齢でも食べにくい可能性があります。ダウン症など障害があるお子さんだと、正常な発育よりも数ヶ月遅れて発達する傾向があります。
お口の機能が調理法と合っていない事で生じる事故は高齢者でも起こります。むせが強い人に大根おろしをそのまま食べてもらうようなもので、危険です。高齢者で誤嚥しやすい人にはとろみをつけます。離乳食もとろみをつけるために煮込んだり、レンジで加熱したりしてやわらかくするだけでも食べやすくできます。
パニックにならず冷静に対処を
―(3)の観察者がいないというのは、保育園や幼稚園だけですか。厚生労働省や文部科学省の人員配置基準に無理があるから起こるということでしょうか。
観察者がいないことは保育園など集団の場ではなく、保護者がいても起こります。「ママ友」と子どもの4人で食事をし、親同士は話していて、子どもの食事が静かになったなと目を向けたら窒息していたケースです。
他には、赤ちゃんや子どもは食べながら排泄することがあります。排泄でいきんで顔を赤くしていると思っていたら、実は窒息しており、二度目に見たときは顔が真っ青になっていたということもあります。観察する人は食事の最後まで目を離さないことが大切です。
―(4)の救命方法ですが、具体的にはどのように助けたらよいのでしょうか。
お子さんの場合、窒息しても大人が口の中に手を入れてかき出せます。パニックにならず冷静に対処すれば、高齢者のむせと違って救命できます。気管の直径は成人男性で1センチ、乳幼児は3~5ミリなので入り込むととれないのですが、喉まで距離が短いので、気がついたらすぐに指でかき出しましょう。電池を食べてしまった場合は気道に入っていなくても速やかに病院へ行ってください。
―(5)の本人のキャラクターは小学生の事故を指しているのですね。
本人のキャラクターは小学生の「早食い」「大食い」での事故を指しています。よく「お調子者」のお子さんがいますが、「いくらでも早く食べられる」と自制が効かなくなると喉に詰まらせることがあります。お調子者のお子さんは周囲も笑って深刻な状況に気がつきにくい事が多いです。
自分自身もお調子者で、給食で早食い競争をして、先生に怒られていました。最近はコロナで黙食習慣があり、落ち着いていましたが、アフターコロナでは先生も是非気をつけて頂きたいと思います。
2歳を超えて離乳食を始めても問題ない
―SNS(交流サイト)の普及で、お子さんの成長を周りと比べることができるようになったことをどのように考えますか。
「服が汚れると保育園に間に合わない」、「朝を食べさせずに登園させると虐待と思われる」という保護者の忙しさから、食べさせることが優先となり、食べる楽しさがなく朝食を与えているケースもみられます。
SNSは「できる子」がアップされていると考えてください。厚生労働省のホームページや母子手帳に月齢に合わせた離乳食のページがありますから、参考にすると良いでしょう。しかし、母子手帳の成長曲線より少し遅れると「発育が遅い」と心配する保護者もいます。食べる機能は「先取り」がいいわけではありません。
WHO(世界保健機関)は発展途上国向けに「2歳まで母乳」と掲げています。これは2歳を超えて食事を始めても問題ないことを示唆しています。そうなると離乳食を焦らなくてもいいと考えられるでしょう。英国では「BLW(ベイビー・レッド・ウィーニング)」というプログラムがあります。パスタやアボガドなどあらゆる食材を机に並べ、好きなように食べてもらい、保護者は一部始終を黙って観察します。「これは好きだがこれは食べられない」「こんなものも食べるのか」と学んでもらう手法です。赤ちゃん主導離乳食ともいわれます。
―最近のお子さんに特徴的な食の問題はありますか。
私たちの研究で明らかになったのですが、6年前くらいに国内で流通する哺乳瓶の飲み口の形が変わりました。保護者の「飲み終わるまでの時間を短くできないか」という声によるものです。そのため、子どもの液体を飲むスピードが10年前より速くなっています。哺乳瓶が一気に空になりますから、保護者は楽です。育児が楽になったのでしょうか。いえ、そうではありません。ミルクの丸呑みが加速しただけなので、離乳食に移行したらむせやすく、食べるのに時間がかかり、子どもが拒否し始めます。「ミルクしか飲まない偏食」という主訴で外来に来る親子は増えています。
あと、これは臨床で分かったのですが、シリコンスプーンを2歳頃になっても使っている家庭が多いです。道具を大切に使うことはSDGs(持続可能な開発目標)としても良いことですが、口当たりはシリコンでやわらかいと思ったのに、上に乗っているのはシャキシャキ野菜だと噛みきる準備をしていませんから、びっくりしてベーッと出してしまいます。3回程度の試行錯誤で食品の形態が食具と合っていないと分かると、子どもは異物と判断して拒否します。「緑色のものは全部食べない」という偏食はこの際に形成されます。
前歯が出てきたらプラスチック、1歳半になったら金属のスプーンとフォークを使ってください。与える食べ物よりかたい食具を使うと、偏食を減らせますよ。
関連リンク
- 厚生労働省「離乳食ざっくりスケジュール」
- NPO法人つばめの会
- 消費者庁「食品による子どもの窒息・誤嚥事故に注意!」(令和3年1月20日)