インタビュー

「世界中の望遠鏡が協力して中性子星合体を観測 ―重力波と光の同時観測『マルチメッセンジャー天文学』の幕開けは、何を意味するのか?」(3/3)(玉川 徹 氏 / 理化学研究所仁科加速器研究センター)

2017.12.28

玉川 徹 氏 / 理化学研究所仁科加速器研究センター

“とても美しい”観測成果。中性子星合体の発見は今後どのような科学研究を拓くのか

―玉川先生ご自身は、今回の一連の成果についてどのように思われますか?

 これまで、中性子星合体が起きたら、「重力波が検出される」「ショートガンマ線バーストが発生する」「r過程元素合成によるキロノバが観測される」などが理論的に予測されていました。今回、それらが全て正しいことが一気に明らかになりました。私の経験からすると通常、新しいイベントが発見される場合、初観測だけでその本質が明確になることはほとんどありません。それが今回は、そのまま宇宙物理学の教科書に載せてもいいくらいの成果として得られました。興奮すると同時に、とても美しいと感じましたね。

 学生だった20年前、私の周りでは優秀な学生ほど重力波の研究に入るという傾向がありましたが、それでも当時は、「重力波天文学は22世紀の物理学」だと思われていました。それがこんなに早く見つかって本当によかった、幸せな時代に生まれたと感じています。しかしここに至るには、「重力波を必ず検出する」という信念を持って地道な努力を続けてきた研究者たちの存在がありました。LIGOやVirgo、2020年に始動予定の日本の重力波望遠鏡KAGRAの研究者をはじめとした人びとです。彼らの先見の明と研究への真摯な姿勢は本当に素晴らしいと思います。

写真3.玉川氏。研究室にて
写真3.玉川氏。研究室にて

 「重力波を発見したらノーベル賞」という重力波天文学の夜明け前の100年にわたる暗黒時代は、2015年に終わりました(参考:サイエンスポータル2017年10月3日ニュース「ノーベル物理学賞は重力波の観測に貢献した米国の3氏に」)。そして「ブラックホール合体が見つかったら、次は中性子星合体の発見だ」というわくわくする時代は、ほとんど待つことなく2017年にやってきました。現在は、既に「これを使って何をするのか」という激動の時代に突入しているといっていいでしょう。

―今後期待される研究とは何でしょうか?

 中性子星合体で残る課題として最も大きいのは、中性子星合体が起こる頻度の解明です。これまでは1銀河当たり数百万年に1回程度と予測されてきましたが、もっと高い頻度で起きているかもしれません。今後、重力波望遠鏡の検出器の感度が上がっていくので、1年に5~10回重力波を検出できるようになると答えが出ます。それによって、宇宙に存在するr過程元素の量が中性子星合体だけで足りるのかどうかが分かるでしょう。また、ショートガンマ線バーストの課題としては、中性子星合体から1.7秒後に発生したのはなぜか、その1.7秒間に何が起きたのかを解明する必要がありますね。

 ほかには、ブラックホールの進化に関する課題があります。もともと私たちが知っていたのは、恒星の一生の終わりの超新星爆発後にできる太陽質量の数倍のブラックホールと、銀河中心にある太陽質量の数百万〜100億倍の超巨大ブラックホールの2種類でした。超巨大ブラックホールが宇宙初期から存在していたのか、普通のブラックホールの合体でできたのか分かっていません。重力波が観測できるようになり、太陽質量の数十倍の大きなブラックホールが多く存在することと、それらがかなり高い頻度で合体することが明らかになってきました。ですから、普通のブラックホールが超巨大ブラックホールにどのように進化していったかを解明する必要があります。

―今後、中性子星とブラックホールの合体や超新星爆発が放出する重力波の検出も可能でしょうか?

 私は、中性子星とブラックホールの連星が存在し、その二つが合体する現象も必ずあると考えています。中性子星には表面があるので衝突すると、お互いの表面でぶつかって爆発します。一方、ブラックホールには表面がないので、それに中性子星が近づいてくると潮汐力が働き、中性子星のブラックホールに近い方が引っ張られて潮汐変形すると考えられます。変形した中性子星は、最後は破壊されて粉々になった状態でブラックホールに吸い込まれるでしょう。そのときの重力波は、ブラックホール合体と中性子星合体の中間のような波形を示すと考えられます。

 超新星爆発は天体が自転しているだけなので、重力波は弱いと考えられます。しかし、近い距離であれば検出できる可能性はあります。電磁波では、超新星爆発の外側の部分しか見ることができません。太陽の内側の様子が観測できないのと同じです。重力波は透過性が高いので、超新星爆発の中で何が起こっているのかが分かるでしょう。

―重力波で138億年前の宇宙誕生初期の様子も分かるのでしょうか?

 宇宙は、時間や空間、質量も存在しない「無」から始まったとする説がありますが、詳しいことは分かっていません。東京大学名誉教授の佐藤勝彦氏のインフレーション理論によると138億年前、宇宙誕生の10−36〜10−34秒後という超短時間に急激な大膨張(インフレーション)が起き、その際に放出された熱エネルギーが超高温・超高密度のビッグバンになったとされています。このインフレーションのときに発生した重力波は「原始重力波」とよばれ、当時の情報を保持していると考えられます。宇宙誕生から38万年後までの間は、電磁波の観測では直接知ることはできません。電子と原子核がばらばらのプラズマ状態であり、電磁波は直進できなかったからです。38万年後からやってくる電磁波が宇宙最古の光で、「宇宙背景放射」とよばれています(図8)。

図8.宇宙のはじまりから現在まで。WMAP衛星の観測の部分が、電磁波で知ることができる宇宙最古の光の「宇宙背景放射」である。(Credit: 2015東京大学)
図8.宇宙のはじまりから現在まで。WMAP衛星の観測の部分が、電磁波で知ることができる宇宙最古の光の「宇宙背景放射」である。(Credit: 2015東京大学)

 原始重力波を直接捉えるには、宇宙に重力波観測衛星を打ち上げるしかありません。しかし私は、インフレーションのときの重力波は宇宙全体に広がっていくゆるやかな波なので、今の技術で検出することは難しいだろうと思います。一方、原始重力波は宇宙背景放射に微弱な影響を与えており、日本はこの痕跡を捉えることで、間接的にインフレーションの情報を得ようとしています。2020年代に打ち上げ予定の人工衛星LiteBIRDがそうですが、私はこのプロジェクトの成功を願っています。

―今後、マルチメッセンジャー天文学に関連して、玉川先生が追究したい研究テーマは何でしょうか?

 ショートガンマ線バーストは、ジェットとよばれる超高速のプラズマガスの放出を伴います。そのジェットの生成メカニズムについて、大変興味を持っています。また、同様にブラックホールと中性子星の合体でも、ジェットが放出されると考えられます。このようなジェットの研究は、ブラックホールに落ち込む物質がどのように放出されるのか、そのメカニズムを教えてくれると期待しています。

 例えば、恒星とブラックホールの連星では、ブラックホールにガスからなる降着円盤が形成され、恒星からガスがゆっくりとブラックホールへ落ちていきますが、そのうちの何割かは再びブラックホールからジェットとして出てくることが分かっています。理由は分かりません。ブラックホールの周りの磁場の影響かもしれないし、ガスのブラックホールへの押し込みが関係しているのかもしれません。ブラックホールは回転していますが、その回転が速いほどジェットが出てきやすい可能性もあります。そのあたりのメカニズムをぜひ追究したいと思っています(図9)。

図9.恒星とブラックホールの連星のイラスト。右側が恒星で、左側は降着円盤を形成したブラックホール。ブラックホールからは降着円盤に垂直にジェットが噴き出している。(Credit: ESO/L. Calçada)
図9.恒星とブラックホールの連星のイラスト。右側が恒星で、左側は降着円盤を形成したブラックホール。ブラックホールからは降着円盤に垂直にジェットが噴き出している。(Credit: ESO/L. Calçada)

 また、銀河中心の超巨大ブラックホールもジェットを出しています。これはとても重要です。例えば、私たちの銀河系の中でできた恒星が元素を作り出し、その元素を含んだガスが銀河系中心のブラックホールに落ちるとその一部はジェットとして噴き出され、噴き出したガスは銀河系より遠くの場所に撒き散らされる。このように、銀河中心の超巨大ブラックホールは銀河の外に元素を押し出す役割を果たしているのかもしれません。私は長らく宇宙における元素合成に関する研究をしてきましたが、今後は元素を作り出すメカニズムと元素を撒き散らすメカニズム、その両方を研究したいですね。

―面白いテーマですね。マルチメッセンジャー天文学が拓けたおかげで、さまざまな宇宙の謎の解明が期待されます。ありがとうございました。

(サイエンスライター 北原 逸美)

(3/3)

玉川 徹 氏

玉川 徹(たまがわ とおる)氏のプロフィール
理化学研究所仁科加速器研究センター
玉川高エネルギー宇宙物理研究室 主任研究員
1970年、兵庫県生まれ。理学博士。1993年、東北大学工学部応用物理学科卒業。2000年、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。同年、理化学研究所宇宙放射線研究室協力研究員、牧島宇宙放射線研究室研究員を経て、2010年玉川高エネルギー宇宙物理研究室准主任研究員、2017年より現職。2005年より東京理科大学客員教授を兼任。

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