インタビュー

第4回「数値解析の導入」(倉員桂一 氏 / フェリカネットワークス株式会社 取締役副社長)

2008.01.15

倉員桂一 氏 / フェリカネットワークス株式会社 取締役副社長

「日本発の技術 進化するICカードと携帯の融合」

倉員桂一 氏
倉員桂一 氏

非接触ICカードを組み込んだ携帯端末が、交通、通信に限らず買い物その他、日常生活のありようを大きく変えようとしている。何枚もの各種カードのみならず、小銭すら持ち歩かなくても済む。そんな時代を可能にした基本技術である携帯端末向け非接触ICカード技術方式「モバイルFeliCa」の開発とその応用に取り組んでいる倉員桂一・フェリカネットワークス株式会社取締役副社長に、モバイルFeliCa技術開発の経緯、応用の現状、さらにはICカードと携帯機能の融合がどこまで進化するかの見通しなどについて聞いた。

―携帯電話にFeliCaを搭載する際、どのようなハードウェア設計上の注意点がありますか。

これは当然のことなのですが、FeliCaを搭載した携帯電話は相手となるすべてのFeliCa搭載機器と確実に通信できなくてはなりません。例えば、電車に乗る時の改札やコンビニで支払いをするときにタッチしたのに使えなかったら困ってしまいます。人によって携帯のかざし方やかざす速さはさまざまで、場合によってはかざしなおすケースがあるかもしれません。

このようなことを未然に防ぐためには、必要とされる通信距離を確保するとともに、その範囲内で実使用上問題となる通信不可領域を発生させないことが重要となります。特に、通信不可領域の発生はその予測が困難であり十分にケアしながら設計する必要があります。

FeliCaを搭載した携帯電話と相手となるFeliCa搭載機器との間で、確実な対話(通信)を成り立たせるためには負荷変調データが間違いなく相手の機器に伝わらないといけません。通信不可領域を発生させる主な原因は、タッチする側の携帯電話の負荷変調データが例えば駅の改札機に伝えられなくなることです。もう少し具体的に説明しますと、負荷変調は携帯電話側のアンテナ特性を変化させる変調方式です。しかし、電磁結合の結合度の変化によっても双方のアンテナ特性は変化します。つまり、アンテナ特性は負荷変調だけでなく電磁結合によっても変化するため、携帯電話側の負荷変調が改札機などのリーダ/ライタ側に伝えられなくなる可能性があるのです。特に、携帯電話は非接触ICカードと比較してアンテナ周辺に金属部品が多いため相手のリーダ/ライタに与える影響はより複雑になります。そのため、通信不可領域が発生する可能性はより高くなります。

従って、ハードウェア設計を行う際には、携帯電話という限られた空間の中で、いかに通信不可領域が発生しないアンテナ設計と負荷変調強度の設定を行えるかがポイントとなります。

現状のアンテナ設計と負荷変調強度の設定は、ほとんどの場合、実際にリーダ/ライタと通信させてトライ&エラーを繰り返しながら行っています。しかし、100機種を超えるほどにもなってきたおサイフケータイをはじめ、コンビニや駅の改札などに設置されるリーダ/ライタなどのFeliCa搭載機器は近年急速に増加しているため、このような手法はもはや現実的ではなくなってきており、理論的アプローチによる設計の重要性が高まっています。現在、フェリカネットワークスではその可能性を検証するために無線通信の状況を理論的に把握する取り組みを始めたところです。

―理論把握の取り組みとはどのようなものでしょう。

フェリカネットワークスでは、理論把握のアプローチとして電磁界シミュレーションを導入し活用し始めています。この環境構築に際しては、現実的な解析精度および速度を達成するため、電磁気学やその数値解析を専門とする東京大学の前田京剛准教授、法政大学の中野久松教授のご指導を受けて、リーダ/ライタが発生する磁界とその距離による減衰を考慮した最適な解析空間の決定方法などのシミュレーションパラメーターの設定ルールを決めています。実際にアンテナ特性の変化はシミュレーション結果と実験結果でよく合致しており、十分に実用に耐えるレベルであることが確認できています。

現在、さらに具体的に通信状態を解析できる統合シミュレーションモデルの開発を行っています。これは電磁界シミュレーションで解析したアンテナ間の結合状態をひとつの部品として取り込むことで、携帯電話とリーダ/ライタの通信系をひとつの回路として解析するものです。この手法の利点は、携帯電話とリーダ/ライタの通信状況を各回路ブロック、例えば検波回路やコンパレータ回路、その入出力で波形として確認できることです。また、携帯電話、もしくはリーダ/ライタのアンテナや回路定数を変えた場合、より具体的に通信特性への影響を確認できます。既にこの手法を用いた解析を始めており、実際に通信不良問題の原因究明やモバイルFeliCa ICチップの開発、無線通信規格の検討に活用しています。

―今後必要な取り組みはどのようなものがありますか。

今後の課題は統合シミュレーションの解析精度を向上させることです。現状では、モバイルFeliCa ICに関するダイナミックな精度の高いパラメータは統合シミュレーションモデルに取り込めていません。そのため、ICの送受信端子インピーダンスはネットワークアナライザでの実測値を利用して解析を行っています。但し、この場合は携帯電話側の受信時においてICの入力電圧変化に対する受信端子のインピーダンス変化が考慮されず、通信状態の傾向は確認できるものの厳密な解析を行うことができません。

また、FeliCa搭載機器の設計に応用していくためには、現存する多種多様なFeliCa搭載機器のアンテナや回路(各種FeliCa ICチップを含む)を統合シミュレーションモデルに取り込んでいく必要があります。これを達成するために、FeliCa関連プレーヤーとの連携を強化してキーデバイスのパラメータを確実に取り込んでいきたいと考えています。

このような活動を通してシミュレーターの精度向上をはかり、これを活用することでモバイルFeliCa ICチップの設計品質を向上させ、ひいてはFeliCa搭載機器の設計品質、FeliCa搭載機器間の通信品質のさらなる向上に役立てていきたいと思います。

統合シミュレーションモデル
統合シミュレーションモデル

(続く)

倉員桂一 氏
(くらかず けいいち)
倉員桂一 氏
(くらかず けいいち)

倉員桂一(くらかず けいいち)氏のプロフィール
1957年茨城生まれ、81年東京大学工学部卒、日立製作所入社、94年半導体事業部マイコン設計部 SH マイコン第一 Grリーダ、02年半導体グループマイコンビジネスユニットIC カード本部長、03年 IT 戦略統括部エグゼクティブ、04年から現職。91年プリンストン大学電子工学研究科修士課程修了、07年先端技術ベースの経営戦略に関する研究で高千穂大学から博士(経営学)を取得。

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