信濃毎日新聞 2009年8月3日朝刊「科学面」から転載
京大の山中伸弥教授によるiPS細胞(新型万能細胞)の発見、東工大の細野秀雄教授による新高温超伝導体の発見、大阪大の審良(あきら )静男教授などによる一連の免疫研究など、日本の若手研究者が世界を引っ張っている。実は日本の高校生も頑張っている。
野球少年がイチローや松井のような世界のスターを夢見るように、理科少年たちも国際科学オリンピックの舞台を夢見るようになった。これまで日本ではあまり知られていなかったが、国内予選を勝ち抜いた理科少年たちが国際オリンピックに参加し、活躍するようになってきた。
今年はその一つが初めて日本で開催された。高校生の国際生物学オリンピックである。茨城県つくば市の筑波大学や国際会議場を中心会場として56カ国・地域の221人が1週間にわたり競技と交流・交歓を繰り広げた。理論と実験の試験が行われ、上位成績者ほぼ1割に金メダル、2割に銀、3割に銅メダルが与えられた。7月18日に結果発表があり、千葉県立船橋高3年の大月亮太君が生物分野初の金メダルを日本にもたらした。日本の参加者4人全員がメダルを獲得し、表彰台での高校生たちの喜びの笑顔が光っていた。
一方、同時期にメキシコで開かれた物理オリンピックでも、日本の高校生5人中2人が金、ドイツでの数学オリンピックでは6人の日本代表の高校生のうち5人が金メダルを獲得する快挙を達成したという。私のいる科学技術振興機構は科学技術振興財団と協力して国際科学オリンピックを推進してきただけに、つくば市の閉会式で元気な高校生たちに出会い、海外での快挙の知らせを聞いて、非常に嬉(うれ)しい。来年は化学オリンピックが東京で開催される。
これまでの日本は、スポーツの競技大会には積極的であったが、サイエンスのコンテストには消極的であった。科学オリンピックを文部科学省がほそぼそと支援し始めたのは平成16(2004)年からである。平成19年にはノーベル物理学賞の江崎玲於奈氏を会長として日本科学オリンピック推進委員会が発足し、支援体制も少しずつ充実してきている。
子どもたちは鍛えるとどんどん伸びていく。小中学生のうちからこのオリンピックを頂点として、少年野球チームが対抗試合や地区大会で競い合うように、地域で切磋琢磨(せっさたくま)するサイエンスの「寺子屋」のようなものが各地にできていってほしい。
北澤宏一 氏(きたざわ こういち)氏のプロフィール
1943年長野県飯山市生まれ。長野高校卒、東京大学理学部卒、同大学院修士課程修了、米マサチューセッツ工科大学博士課程修了。東京大学工学部教授、科学技術振興機構理事などを経て2007年10月から現職。日本学術会議会員。専門分野は物理化学、固体物理、材料科学、磁気科学、超電導工学。特に高温超電導セラミックスの研究で国際的に知られ、80年代後半、高温超電導フィーバーの火付け役を果たす。著書に「科学技術者のみた日本・経済の夢」など。