信濃毎日新聞 2008年11月3日朝刊「科学面」から転載

チャールズ英皇太子はサイエンス通で知られる。来日中の10月28日、東京・お台場の日本科学未来館を訪問された。毛利衛館長が、天井から下がる巨大な球状ディスプレイ「ジオ・コスモス」に映し出される未来の地球の気象変動をお見せした。
このジオ・コスモスは館長就任の際、毛利さんのたっての願いで作られた装置だ。スペースシャトルから見た「暗黒の宇宙に輝く青い地球」が毛利さんの世界観を完全に変えたという。当時日本で開発されたばかりの青色を含む発光ダイオード100万個を使い、明るいオールカラー表示が初めて可能になった。今、この未来館の巨大ジオ・コスモスは、世界の科学館からうらやましがられている。
チャールズ皇太子は、ナノテクノロジーや地球環境について、学会や市民講演会でも熱い議論を展開される論客だ。今回は科学未来館講堂で多くの聴衆に向けて「人間による地球環境の破壊と気候変動の危機」と題して講演され、日本語で「いま、不言実行の時」と結論を述べられた。皇太子は講演の中で、日本の省エネルギー技術のすばらしさに何度も触れて、欧州と日本が協力して地球の危機に対処していくべきことを訴えられた。
講演の締めくくりにはジオ・コスモスが登場した。「30秒の映像は、地球温暖化のペースが本当に警告していることを示す」という皇太子の紹介に続き、2000年から2100年に向けての地球表面温度変化のシミュレーションで、6度の温度上昇を示す真っ赤になっていく地球の様子が映し出された。
英国ではこの10月3日、ブラウン首相による内閣改造が行われ、新たに「エネルギー・気候変動省」がつくられた。「気候変動の省ができた」ことは、21世紀の地球環境に対する英国の思い入れの強さが表れたものと言えよう。新大臣が次の労働党党首とも目されるミリバンド外相の実弟で38歳という若さのエド・ミリバンド氏であることも注目される。
今後、英国はこの外務大臣と気候変動大臣を務める若くて人気の高い兄弟政治家、そしてチャールズ皇太子のコンビネーションによって、地球環境を外交の表舞台に登場させていくであろうと私は予想する。
「地球環境」は、いずれ私たちの毎日の生活の意識を形作る基本的な規範となってくるように思う。外交においても、各国の地球環境貢献度が指数のようなもので示され、それによって輸出時の関税率が影響を受けたり、外交における錦の御旗としての役割を果たしていくことが予想される。いわば、「地球環境イデオロギー時代」が到来する。チャールズ皇太子の今回の講演は、その先駆けのように思えた。

(きたざわ こういち)
北澤宏一(きたざわ こういち)氏のプロフィール
1943年長野県飯山市生まれ。東京大学理学部卒、同大学院修士課程修了、米マサチューセッツ工科大学博士課程修了。東京大学工学部教授、科学技術振興機構理事などを経て2007年10月から現職。日本学術会議会員。専門分野は物理化学、固体物理、材料科学、磁気科学、超電導工学。特に高温超電導セラミックスの研究で国際的に知られ、80年代後半、高温超電導フィーバーの火付け役を果たす。著書に「科学技術者のみた日本・経済の夢」など。