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コラム - インタビュー -

「温暖化防止をめぐる国際交渉の舞台裏」第4回「国際社会に評価されるような工夫も必要」

科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター 主任研究員 田中加奈子 氏

掲載日:2015年6月24日

温室効果ガスの排出削減にむけ国際合意が急がれている。「京都議定書」に代わり、全ての国が参加する新たな枠組みを目指して「国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第21回締約国会議(COP21)」が、今年12月にフランス・パリで開かれる。それまでの間、6月には国連気候変動ボン会議と先進国首脳会議(サミット、ボン)、国連・閣僚級リーダー会議が相次ぎ、9月には国連総会が開かれ、大きな道筋が作られていく。だが途上国と先進国の対立、産業振興と環境保全のズレ、科学的成果と国際政治の調整に加え、各国の事情も複雑に絡んでまだまだ混迷状態は続く。こうした国際交渉の動きはなかなか分かりにくいところがある。そこで国連の専門家組織のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)で実際に国際交渉の場への参加経験を持ち、現在も評価報告書などの代表執筆者、査読編集者として活躍しているJST低炭素社会戦略センター(LCS)の田中加奈子主任研究員に、その舞台裏の事情などを話してもらった。

田中加奈子 氏
田中加奈子 氏

-さて、最後に田中さんの所属するJST「低炭素社会センター(LCS)」について伺います。どんな活動をやっているのですか。

ひとことで言えば、「明るく豊かな低炭素社会の実現」を目的にしています。省エネ技術の開発や再生可能エネルギーの利用を増やすことによって、エネルギーを無駄なく上手に使う低炭素社会を目指しています。

2050年の低炭素社会実現を目標に、その途中段階の2030年、2020年の社会の姿を描き、それに至るシナリオを作り、取り組むべき戦略を提案しています。大切なのは「明るく豊かな」点に力を入れていることです。我慢を重ね、電気のない原始社会に戻ればいいというのではなく、現在の生活レベルを落とさずに地球温暖化を抑え、次世代やその先の世代に向けて夢のある社会をどのように実現、持続させるかを探っているのです。

-これまでも「節電」や「省エネ」の必要性が強調されてきました。特に1970年代には原油高騰によるオイルショックで「省エネ」ブームが起こりました。低炭素社会との基本的な違いはどんな点ですか。

1970年代は日本社会全体が高度成長期にあって、上昇機運に富んだ社会への志向性がありました。オイルショックは確かに大きな混乱をもたらしましたが、一方で「節電」「省エネ」はどこか無理に背伸びした急成長時代に、ひとまず「小休止を」との雰囲気があったかもしれません。エネルギー多消費社会にブレーキをかけるような合理性もありました。世界に先駆けて「省エネ法」が導入されましたし、エネルギーコストが高い日本では省エネと経済活動が違和感なくつながっていました。

それから40年たった現在は、日本全体の縮み志向や閉塞感が漂っているだけに、あえて「明るく豊かな」を強調することに意味があるのです。70年代は、日本はもちろん国際社会でも「地球温暖化」防止の認識は薄く、「低炭素社会」という考え方もありませんでした。

地球温暖化は、温室効果ガスの大気中濃度の増加によって起こります。温室効果ガスにはメタン(CH4)、フロン類のハイドロフルオロカーボン(HFC)などもありますが、一番、私たちの生活と関係が深いのは二酸化炭素(CO2)です。地中の化石燃料の炭素が、人間活動によって燃焼され、CO2として大気中に放出されます。CO2をいかに外部に放出させないか、あるいは放出されたガスをどう回収し、削減するのかを考えるのが低炭素社会の意味なのです。

日本は「省エネ法」の制定によって、政策にバックアップされた低炭素社会への最初の試みを始めたといえるでしょう。「エネルギー管理士」の設置が義務付けられ、省エネの価値を制度化し、工場などでエネルギーの出入りを管理したために世界一の省エネ社会が実現したのです。

-確かに産業活動面では省エネ化が進みました。その半面、市民生活や運輸・ビジネス面などではまだまだ省エネの余地が残っているのですね。

こうして省エネ化が進んだ産業部門では、大きな削減余地は減りましたが、方策が全く無いというわけではありません。それよりも私たちの暮らしに関わる民政部門や交通運輸部門、事務所や店舗などのビジネス部門での省エネ、節電の余地がまだまだ大きく残っているのです。LCSが重点を置いているのはこうした日々の暮らしの改善です。

-豊かな低炭素社会の構築を進めるためのポイントはなんですか。

重要なのはまさに技術開発と技術革新です。技術を核に、明るく豊かな低炭素社会を実現するに当たって、3つのシナリオ、「定量的経済・社会シナリオ」「定量的技術シナリオ」「低炭素社会システム構築」を進めています。

技術シナリオは、技術開発の進展を積極的に取り込みながら、技術の構造化を通して性能やコスト、CO2排出削減効果を検討します。技術の構造化とは生産過程のどこでどの程度工夫すれば、エネルギー消費を節減し、コストダウンができるかを細かく分けて解析し、さらにそれを総合して見直すものです。これで将来のコスト削減の可能性や将来的な効率の見込みを、LCS独自に定量的なデータを用いて出すことができるのです。

技術の発展の見通しを立てている機関は他にもありますが、LCSほど、緻密にデータを積み上げ、工学的なアプローチにより技術評価を行っているところはないと思います。

経済シナリオは、導入すべき経済制度や社会制度を分析、設計し、日本全体の経済効果やCO2排出削減量を定量化します。低炭素社会システムは、地域特性に合わせた社会システムを検討するものです。人間の、人間らしい特性を踏まえた仕組みを考案し、社会実装を目指します。

-分かりやすい具体的な事例を挙げると。

最終的には技術シナリオを作ります。どんな技術が、いつ、どのように実現できそうかという将来見通しのマップを作り、取り組むべき技術の課題を明らかにします。

例えば「太陽光発電」なら、太陽光を電気に変換する素子として、結晶系シリコンや薄膜化合物系、有機系薄膜、Ⅲ-Ⅴ族元素系があります。それぞれの製造コストや環境負荷を分析し、システムとしての使う場合の実質的なコストや資源削減量、高効率化などを加味して、技術動向の見通しをつけるのです。

その結果、現在では発電コストがキロワット当たり18円くらいですが、2020年には11円に、2030年には5円くらいになりそうだとの展望を立てています。これが定量的技術シナリオです。

次に、実際にそういった技術を使う部分の検討です。人間はいつも合理的に動くわけではありませんね。合理的とは思われない行動が、節電や省エネ活動などにどんな影響を与えるかなど、人間の微妙な習性を考慮した多角的な分析、限定合理性に関する研究も行っています。

LCSの強みは、定量的な技術チームと経済・社会チームが各種のデータをやりとりしながら低炭素社会の実現可能性を探り、社会にどのように当てはめていくかを検討していることです。

-社会実装の面で具体的な動きはありますか。

東日本大震災では停電を強いられた地域がありました。強制的な停電、突発的な停電を抑えるために、電力消費のピーク時の「節電」の仕組みが必要でした。そこで関東を中心に55カ所の自治体にご協力いただき、自治体を通じて一般家庭にピーク時間帯の節電協力をインターネットのメールで呼び掛けました。

この効果を定量的に検証したところ、警告を出すことによって計測に協力してくれた家庭では6~10%の電力消費が抑えられたとの効果がありました。続いて、停電予防に限らず、目的をより広く家庭での省エネとして、「見える化実験」を実施しています。23自治体の200世帯余りに対して、家庭全体の消費電力と冷蔵庫、テレビ、エアコンの機器ごとの消費電力の4つのデータを測定し、LCSで集計、分析しています。

結果は、学術的研究の貴重なデータベースとして用いますし、どんなアドバイスをすれば家庭はどう動けるようになるかとか、もっと積極的に節電を進めるための方策などを検討しています。

-この種の研究や調査は他の研究所などでもやっていると思いますが、他との違いは。

LCSの強みは、自治体の協力によるネットワークの強みです。停電予防システムの場合も自治体を通じて情報が届けられるために信頼性がしっかり確保されたことでした。また今の社会が求めるニーズや研究の着眼点を、自治体と共に考えることもできるのです。そして、自治体レベルで、実際に社会に役立てていただけるような情報提供・提案を目指して研究しています。

-そうしたLCS活動の中で、田中さんが取り組んでいる活動はどんなことでしょうか。

一つはこの「見える化実験」を担当していることと、もう一つはこれまでお話してきた温暖化防止のための「国際戦略」です。これは「低炭素社会システムの構築」に関わってきます。実際にこれらの技術を使えば経済的にも効果があるので、世界全体で何が重要になるかの国際的な視点で見るようにしています。

-日本は途上国にインフラ輸出や低炭素化の支援などさまざまな国際貢献をしてきました。日本の存在感を高め、国益を考える戦略づくりとはどのようなものでしょうか。

LCSでは「統合的貢献アプローチ」を提唱しています。日本が得意とする高度な技術を上手に使って国際協力に広げ、同時に国益をも確保しようというものです。

このアプローチの柱は4つあって、一つ目はまず国内で技術開発を進め、技術水準を高める効果です。二つ目は、海外に技術移転・協力を進め、外国に技術を普及させることです。それができれば世界全体が低炭素社会につながり温暖化防止にもなるのです。3つ目がCO2削減技術の普及のための基盤をつくり、市場を広げ経済活動がしやすい環境をつくることです。4つ目がこれらと合わせて、世界全体で「温暖化緩和目標」の取り決めをする際の枠組みに使うことです。

-国際的な枠組み作りなどに、日本はもっと積極的に関われるはずですね。

現状の国連気候変動枠組条約の中では、これまでの途上国への日本のODA(政府開発援助)や技術協力、援助などは温暖化対策としての効果や成果として認められてきませんでした。環境を整備し、技術を適切に効果的に導入し、結果的にエネルギー効率を高めることは、さらに温暖化防止に大きく貢献できますが、そのような評価がなされていないのです。

日本の技術水準は高く評価され、多額の資金援助もしているのに、それが世界戦略の中で意味ある形で活かされないのはとても残念です。これからはもっと国際的な効果を考えて、戦略的に進めていく必要がありますね。

-NGOから不名誉な「化石賞」を贈られ、国際社会の評判を落としています。

あれはたまたま日本の国際交渉がうまくいかなかったからでしょう。いくら大事なことを積み上げても、ちょっと評判を落とすと一時的にスキャンダラスに騒がれます。社会は減点法で判断しがちです。国際社会も同じでしょう。もっとアピール力のある日本の方策がこれからは必要になるでしょうね。

(科学ジャーナリスト・浅羽雅晴)

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(完)

田中 加奈子 氏

田中 加奈子(たなか かなこ) 氏のプロフィール
東京学芸大附属高校卒、1994年東京大学工学部卒、99年東京大学大学院工学系研究科修了。工学博士。地球産業文化研究所、英国ティンダル気候変動研究センター、日本エネルギー経済研究所、国際エネルギー機関(IEA)省エネ政策アナリストを歴任。2010年から科学技術振興機構・低炭素社会戦略センター(LCS)主任研究員。1999年から気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書作成に関わり、「第3次報告書」から「第5次報告書」まで代表執筆者、査読編集者などを担当。専門は気候変動緩和策や省エネ・エネルギー効率性向上に関わる技術、システム、政策の設計と評価。内閣府エネルギー戦略協議会メンバー。共著に『電力危機』がある。

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