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コラム - インタビュー -

「温暖化防止をめぐる国際交渉の舞台裏」第3回「目標のある国は、主張も明確で、強い」

科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター 主任研究員 田中加奈子 氏

掲載日:2015年5月20日

温室効果ガスの排出削減にむけ国際合意が急がれている。「京都議定書」に代わり、全ての国が参加する新たな枠組みを目指して「国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第21回締約国会議(COP21)」が、今年12月にフランス・パリで開かれる。それまでの間、6月には国連気候変動ボン会議と先進国首脳会議(サミット、ボン)、国連・閣僚級リーダー会議が相次ぎ、9月には国連総会が開かれ、大きな道筋が作られていく。だが途上国と先進国の対立、産業振興と環境保全のズレ、科学的成果と国際政治の調整に加え、各国の事情も複雑に絡んでまだまだ混迷状態は続く。こうした国際交渉の動きはなかなか分かりにくいところがある。そこで国連の専門家組織のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)で実際に国際交渉の場への参加経験を持ち、現在も評価報告書などの代表執筆者、査読編集者として活躍しているJST低炭素社会戦略センター(LCS)の田中加奈子主任研究員に、その舞台裏の事情などを話してもらった。

科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター 主任研究員 田中加奈子 氏

田中加奈子 氏

 

- 温室効果ガスの削減目標の提出期限は今年3月末でした。1997年の「京都議定書」に代わり、途上国を含む全ての国が参加する新たな枠組みの合意を目指しています。日本はとうとう3月末までに提出できず、世界の動きに乗り遅れそうです。

 提出期限が3月というのは少し誤解です。3月までに出すことを強く望まれてはいましたが。他の主要国より遅れた主な原因は、福島第一原発事故によって原子力発電の比率を日本全体の電源構成にどう組み込むかが決定できなかったためです。しかも再生可能エネルギーの扱いでも、環境省が30%台は実現可能だと主張し、経済産業省は20%前後とかなりの隔たりがありました。

 ようやく4月に入り、2030年で13年比20%という目標案が出され、調整に入りました。再生可能エネルギーの導入目標や原発の再稼動を前提にしたものです。しかし目標自体は全体の排出削減の数値であり、トップダウン的に決まっています。

 これまで日本は画期的な省エネ技術を開発し普及してきました。太陽光発電やハイブリッド自動車や水素燃料自動車の実用化、LED照明、石炭のクリーンコール技術(CCT、石炭火力発電から二酸化炭素の分離・回収・貯留をする新技術)などの高度な環境技術も日本が先進的な成果を挙げています。こうした技術的成果を背景に、もっと日本らしい主張を強く打ち出してはどうかと思います。

 

- 温暖化交渉でみせている各国のスタンスはどうなっていますか。

 国家的な利益や目標がはっきりしている国は、主張が明確で交渉力も強いものがあります。米国はシェールガス開発でも経済界からのバックアップがあるため、それを背景にして野心的な目標を打ち出しているのです。

 第2回のインタビューでご紹介したIPCCの報告書作成のための「交渉」では、産油国は石油消費を減らすような記述や文言が出てくると、なりふり構わず何時間でも強硬に反論してきました。温暖化ガス削減の議論をしている最中にもかかわらずですから、驚くばかりです。

 自分たちの利益を前面に押し出して、決して譲ろうとはしません。中国もそうですが、途上国の多くは、自分たちに不利益と思われる文言は全てカットするよう強硬に要求してきます。逆に先進国の温暖化防止技術を途上国に技術移転するような内容ではどうかと、貪欲に働きかけてきます。

 過去のIPCCの技術移転特別報告書の全体会合への中国政府代表団の参加人数は、他の報告書のときと比べても、他の国と比べても、飛びぬけていました。通常、途上国はIPCCから参加費が出されるため人数が絞られているはずです。中国政府は、自国に大事なイシュー(論点)と捉えて、自腹ででも多勢を繰り出して交渉体制を固めていたのです。

 ドイツや英国などのヨーロッパ諸国のような国々は、環境目標を厳しく設定することにつながる知見に対して、科学的な裏付けを明確にし、バックアップしてきます。彼らが京都議定書で進め、新たに作り出した排出量取引などは、炭素にある種の経済的価値を持たせて取引するものですが、これは目標数値が厳しく明確であればあるほど良いのです。

 これらの国々と比べると、日本は主張があっても働きかけが弱く思えてしまいます。以前の話ですが、議論のたたき台の文面に日本の方針に沿った記述が見つかると、「みなさん、これを削除されないようにがんばりましょう」と内部で意思統一しますが、他国の必死さと比べるとそもそも主張が弱いという印象はぬぐえません。

  UNFCCCの交渉ではもう少し強固な姿勢が見られるようですが、IPCCの交渉では見られませんでした。そもそも、日本はそこまでIPCCを重要視していないのです。でもほかの国は違います。他のいくつかの主要国では、私が覚えている限りでもすでに15年以上、同じ政府メンバーが参加しています。

 過去のIPCCの議論をなんでも知っているといった“ツワモノ”がやってくるのです。そのツワモノたちは、UNFCCCでも交渉担当者であったりします。そして、IPCCの科学をUNFCCCの交渉に利用するため、IPCCでも同様に懸命に活躍します。ですからIPCCで見られる各国のスタンスは、そのまま、UNFCCCの温暖化交渉につながっていると言っても、過言ではなかったと思います。

 

- 日本のスタンスがはっきりしないのは、なんとも歯がゆいでしょうね。

 明日にも国土が海に沈んでしまうような太平洋の島しょ国とは違いますから、明確な切迫感を持ちにくいのも仕方のないことかもしれません。こうしてみていると、温暖化の議論とは結局は形を変えた「経済戦争」なのです。

 形を変えた経済戦争の中で、日本は環境問題との狭間で苦しんでいるのです。最初から経済戦争なのだと割り切ることができれば、ある意味でとても戦いやすくなるのでしょうが。

 

- 昨年12月の「COP20」は現地に行かずに国内でウオッチされたようですが、かつてハードな現場で汗を流し、実践してきたからこそ見えるものや、背景の動きなども理解できるのでしょうね。

 かつては日本政府の担当者をサポート(支援)する形で参加し、技術移転やミティゲーション(温暖化被害の修復や緩和対策)などの交渉に政府代表と共に入って議論をし、資料をまとめる過程でたくさんの情報が収集できました。

 今は国際会議の交渉の現場からは離れました。むしろ内容面でどのようにしたら日本の国益と地球益になる仕組みができるかを検討しています。ですから国内で情報を集めることで経緯を見守っています。

 有意義な情報というものは交渉の当事者だけではなく、他の方法でも入手できるものです。例えば、COP会場の周辺で開かれるサイドイベントにはさまざまなブースが作られ、著名なゲストが講演し、それぞれの主張をアピールしながら、交渉のなり行きを見守っています。

 神経をすり減らす政府間の国際交渉の傍らで、こうした気候変動の“文化祭”のような多彩なイベントが開かれています。面白いことに外部にいながらも、かなり豊かな情報が集められるものなのです。インターネットが普及したから容易になったのですね。

 

- 具体的にはどのような方法でウオッチするのですか。

 まずは政府の発表資料や専門家が書いたインターネット情報を基にします。さらに政府関係者やNGO活動家などと直接会って情勢を聞き、総合的に判断するようにしています。実際に国際交渉で培った現場感覚のおかげで、現地に行かなくともかなりの情報は取れるものです。

 特にNGOの方は、政府関係者とは視点や軸足は違うものの、現場に熱心に張り付いて調査し、レポートも出していますのでとても参考になります。また国内の専門家には各種の会議などでお会いしたときに直接聞くようにしています。信頼している海外の専門家や科学者、政府関係者にも、年に何回か会うチャンスがあるのでそこで情報交換をするようにしています。

 

- 温暖化ガス排出の約40%を占める米国と中国が、新たな削減目標を同時に発表し、両国の協力関係をアピールしました。一方、フィリピンが「削減目標を相互に検証する仕組み」について先進国に同調しているようです。「先進国対途上国」というこれまでの対立構造の一角が、少々崩れ始めたような動きもでてきたようです。

 そういうことですね。パリ会議を見据えて各国が少しずつ動き出し、“地殻変動”が起きているようです。過去の会合でも途上国の歩み寄りが見られたこともありましたが、それがより実質的になったということで、期待が持てそうです。

 当事者として渦中に入れば入るほど、その時々の成果や動き、雰囲気に左右されてしまいます。むしろ交渉に直接参加するよりも、遠く離れた日本で真剣にウオッチしているほうが、場合によっては全体像がよく見えるということもあるかもしれません。

 

- 今年12月にパリで開かれるCOP21への見通しは。

 まずどのように温暖化ガスを削減するか、今年3月までにそれぞれの国が数値目標の草案を出すことになっていました。5月初めの時点では、米国、EU、ロシア、メキシコ、スイス、リヒテンシュタイン、ノルウェー、アンドラ、ガボンの9カ国・地域が提出しています。日本は6月の先進国首脳会議で表明するようです。

 これからパリ会議までの6、7か月の間に、主要国際会議でどんな議論や方向性が出されるかにかかっていますので目が離せません。皆さんがなんとか納得して合意するまでには、まだ時間がかかりそうですね。

 「京都議定書」ができてから17年が過ぎました。そろそろ新しい枠組みを作って、実効性があり、人類も含めての地球の持続可能な発展を可能とするような温暖化対策を急ぎたいですね。時間がかかればそれだけ温暖化対策は困難になるとされています。私たちの未来への責任がかかっていますから。

(科学ジャーナリスト 浅羽雅晴)

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(続く)

田中 加奈子 氏

田中 加奈子(たなか かなこ) 氏のプロフィール
東京学芸大附属高校卒、1994年東京大学工学部卒、99年東京大学大学院工学系研究科修了。工学博士。地球産業文化研究所、英国ティンダル気候変動研究センター、日本エネルギー経済研究所、国際エネルギー機関(IEA)省エネ政策アナリストを歴任。2010年から科学技術振興機構・低炭素社会戦略センター(LCS)主任研究員。1999年から気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書作成に関わり、「第3次報告書」から「第5次報告書」まで代表執筆者、査読編集者などを担当。専門は気候変動緩和策や省エネ・エネルギー効率性向上に関わる技術、システム、政策の設計と評価。内閣府エネルギー戦略協議会メンバー。共著に『電力危機』がある。

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