コラム - ハイライト -

女性研究者が自由に素晴らしい研究をするために

ワシントン大学教授、ハワードヒューズ医学研究所(HHMI)正研究員 鳥居啓子 氏

掲載日:2018年5月18日

シンポジウム「女性研究者と共に創る未来」(4月14日)から

鳥居啓子 氏
鳥居啓子 氏

私は植物の発生を研究している植物学者で、1994年にポスドクとして(アメリカの)イェール大学に行って以来、ずっとそこでキャリアを積み、今はワシントン大学で教授をしています。2013年からは名古屋大学でも自分のラボを運営できるという幸運にも恵まれています。日本とアメリカで若い研究者がどのようにしてキャリアをものにしているかを同時に見ることができるという環境にいます。

ダイバーシティは基本的には、「さまざまな発想や価値観を生み出す人たちが集まることによって、今まで自分の視点だけでは見えていなかったところからいろいろ違ったアイデアが見えてくることによって、新たなイノベーションが生み出される」ということです。これからの社会にとって本当に重要な視点です。だからこそみんなでダイバーシティを推進していこうという動きがあるのです。いろいろな人たちが自分なりに力を発揮できる社会とは、女性、男性に限らず、みんなにとって働きやすい社会であることです。研究者の社会も同じで、そのためにはダイバーシティの日本での推進は重要だということです。今回は研究者自身がどのようにして優れた研究者を発掘しそして育てていくのか、評価の(観点で)話をさせていただこうと思います。

女性研究者は過小評価される傾向にある

キャリアを育てる場では業績をどのように正当に評価できるかが鍵になってきます。ちゃんと評価できないと、ちゃんとした人材を発掘できませんし、(優秀な人材を)育てていくことはできないと思います。特にポジションの獲得や、テニュアトラック(終身雇用の専任教員)を素晴らしい候補者たちから選ぶ作業はたいへん重要ですし、フェア(公正)に行わなければいけません。そこにはいろいろな判断が必要になります。特にダイバーシティが関わってきます。

歴史的に「マチルダ効果」の名で知られている女性科学者(の過小評価バイアス)についてはたくさんの例があります。例えば、核分裂の発見に関わったリーゼ・マイトナー(オーストリア)。その共同研究者であるオットー・ハーン(ドイツ)はノーベル賞を取りましたが、彼女は表だった評価はされませんでした。また、(DNAの)二重らせんのモデルを提唱したジェームズ・ワトソン(アメリカ)とフランシス・クリック(イギリス)の例でも、彼らはノーベル賞を取りましたが、その決定的(証拠)となった二重らせんの写真を撮ったのはロザリンド・フランクリン(イギリス)です。彼女の写真がなければDNAの二重らせんのモデルを提唱することはできませんでした。ですが彼女もノーベル賞を取ることなくこの世を去っています。

マチルダ効果(の実例)は歴史的な(過去の)ことだけではなく、今でも日本や米国でも起こっていることです。例えば全く同じ内容の履歴書でも、名前だけを女性もしくは男性の名前を書いて採用の実験を行った場合には、(名前以外は)全く同じ履歴書なのに男性の名前のほうが「有能である」「採用は望ましい」などの結果が出るという研究(結果)が最近報告されています。また、男性候補者の方が女性候補者よりも、より強い推薦を受けることができるという研究結果も出ています。これは非常に悲しいことですけれども、業績などの全ての条件が同じでも女性研究者は男性研究者よりも50%も教授になる確率が低いという研究結果が2017年にNISTEP(科学技術・学術政策研究所)から報告されています。こういった(女性研究者への)過小評価も現在進行形で存在しています。

日本の女性研究者数は先進国では最低レベルですけれども、実は女性研究者のほうが論文生産性はわずかに高いという報告書がエルゼビア社(オランダアムステルダムに本社を置く学術関連の出版を手掛ける国際企業)から出ています。過小評価されながら実際の数値を見てみると、論文生産性は高くなっているという矛盾もあるのです。

公正で透明性のある評価へ向けて

どうしてそのようなマチルダ効果のようなことが起きてしまうのでしょうか?そこには無意識の偏見である「インプリシットバイアス」というのが鍵になってきます。このバイアスは人が子どもから育つ間に、危険な思いをした、嫌な思いをした、といったいろいろな経験を通じて各々の人の中でできてくるもので、誰にでもあるものです。もちろん私にもあります。ですから常に自分にはバイアスがあるかもしれないという自覚を持つことが研究者を正当に評価するためには必要です。ハーバード大学やワシントン大学などは共同で「プロジェクト・インプリシット」といわれるオンラインの偏見度テストを開発しました。人を評価する場合に受けることが推進されています。

(望むべき)評価システムの構築としては、評価委員の男女比を1:1に近づけて、女性の委員長を増やします。女性の評価委員が足りないようでしたら、外部や海外の専門分野の研究者にも評価委員として加わってもらうことも検討します。また女性限定公募の場合は、内部に限らず幅広くふさわしい人を探すことが重要です。(そうすれば)オープンで透明性があってコンペティティブ(競争的)な評価が可能になると思います。

また応募する側にとっても、ライフイベント時のテニュアトラック制※や研究費の延長、保育園があること、サポート制度の充実、産休・育休中の代替要員の確保といったインセンティブ(動機付け)はもちろんあったほうがいいのです。このようなワークライフバランスに対する大学の取り組みを国が評価することによって、女性研究者が自由に、素晴らしい研究ができ、家庭や(子どもの)養育に集中できる。そういった環境があれば、男性研究者にとっても生きやすい社会になり、そこから新しいイノベーションが生まれてくることが私の願いでもあります。

※公正で透明性の高い選考により採用された若手研究者が、審査を経てより安定的な職を得る前に、任期付の雇用形態で自立した研究者として経験を積むことができる仕組み。

写真 パネルディスカッション「海外で研究する優秀な研究者との連携を考える」のパネラーとして意見を述べる鳥居啓子 氏
写真 パネルディスカッション「海外で研究する優秀な研究者との連携を考える」のパネラーとして意見を述べる鳥居啓子 氏

資金は研究を支える上で重要

ファンディング(資金)と言われてもいろいろなレベルがあるのですが、「女性などのマイノリティがこぼれ落ちてしまう」といった議論が今でもされています。私は生命科学分野ですが、アメリカでも生命科学の分野では過半数の女性が大学院生として在籍しています。女性の学生を(大学、大学院へと実際に)上げていくことはコンピュータサイエンスの分野では大きな問題ですが、生命科学系ではあまり大きな問題ではありません。ですが(生命科学分野でも)准教授、教授と上がっていくうちに女性研究者がどんどん減っていってしまうという現実があります。

若い人たちが科学技術の分野に入ってくれないと、私がどんなに成果を出してもその先が発展しないわけですよね。個人の人生で活動できる期間なんてせいぜい20~30年ですから、時代が変わって新たな価値観が必要なときにアカデミーにどんどん入ってきてくれないとイノベーションの種も枯渇してしまうのです。ですから人をサポートしていろいろなアイデアを出してもらうのは基本中の基本ではないかと思います。

アメリカではスタートアップの金額などはすべて「上」とのネゴシエーションで決まります。そのようにして(研究者は)一番良いオファーを獲得します。そうしたことはやはり日本人には難しく、また女性(全般)でも難しい。アメリカのラボでは、女性は給料も低めで部屋も狭い、という光景をよく目にします。どうしてもネゴシエーションが難しくて、アグレッシブ(積極的)な准教授の男性のほうが勝ってしまうのです。私も(給料交渉を)かなり低い額で手を打ってしまった経験があります。その時にJST(科学技術振興機構)からの資金でポスドクを雇うことができました。そして次につなげることができたのです。

生命科学系は(研究の)規模が大きく、機器を購入できる資金がないと結果を出せないような世界ですが、その時にさきがけ(JSTの戦略的創造研究推進事業個人型研究)に採用されたことはとても支えになりました。科研費(日本学術振興会の科学研究費助成事業)は日本にいないと取れませんが、さきがけやCREST(JSTの戦略的創造研究推進事業チーム型研究)は必ずしも日本にいる必要はありません。フレキシブルな(柔軟性のある)投資で、(それは)後に(研究者に)帰ってきてもらうには非常に有用なのではないかと思います。

(最後に)私がアシスタントから准教授でテニュアトラックの教員になった後の2003年に全米科学財団(NSF)が「アドバンス」というシステムを作りました。今は、NSF自体はサポートしていないと思うのですが、その仕組みは、学生ではなく、准教授くらいから教授になるくらいまでをきちんとサポートしていこうというものだったのですね。女性の場合、30代では子育てなどですごく忙しいということがあります。対象を理工系で女性教授率が2割に満たない大学だけを狙ってサポートしていたのですね。(実際の選定は)コンペで面白い(サポート)制度を出してくる大学から選んでいました。

非常に不名誉なことですが、実はワシントン大学も2割に満たない大学だったのです。そこでエンジニアリングデパートメント(工学部)の女性教授がものすごく頑張って「アドバンス」から資金を得ました。そして彼女の作ったサポート制度がトランジショナル・サポート・プログラムです。男性も含めて子どもの出産や子育て、または家族の病気、親御さんの介護といった特殊な状況のために教授職、研究と家庭の事情の両立が難しいという人にお金を出します。例えば、(対象者の)講義の負担をなくすために、代わりに講義をする人を雇って、そのときは研究に専念してもらうとか、そういう仕組みを作ったのです。私も、私の夫もこのプログラムに乗りまして出産・育児と研究を両立させることで、何とか乗り越えさせていただきました。

(「科学と社会」推進部 早野富美)

鳥居啓子 氏

鳥居啓子(とりい けいこ)氏プロフィール
ワシントン大学卓越教授、ハワードヒューズ医学研究所(HHMI)正研究員。専⾨は植物の発⽣遺伝学。2008年日本学術振興会賞、2011年ハワードヒューズ医学研究所とムーア財団が選ぶ「⽶国の⾰新的な植物学者15⼈」に唯⼀の⽇本⼈として選出。12年American Association for the Advancement of Sciences (⽶科学振興協会AAAS)フェロー、ワシントン州科学アカデミー会員。2015年井上学術賞、猿橋賞受賞、American Society for Plant Biologist (⽶植物性物学会 ASPB)フェロー賞受賞。

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