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国を挙げて感染症の抜本的対策を

国際医療福祉大学塩谷病院 教授 倉田 毅 氏

掲載日:2012年3月21日

JSTシンポジウム「社会の安全保障と科学技術」(2011年12月8日、科学技術振興機構 主催)パネルディスカッションから

国際医療福祉大学塩谷病院 教授 倉田 毅 氏

倉田 毅 氏

 

いわゆる科学技術のような計算式が存在しないのが感染症だ。ヒトや動物に疾患を引き起こす病原微生物(病原体)の態様や性質、発生状況は千差万別である。年々新たな重篤な症例が確認される一方、いったんおさまったものが他の国々で再び流行する傾向が見られる。発生した地域の医療環境が拡大に影響し、世界中で絶えまない闘いが続く。感染症の克服は容易ではない。

ただどのような場合であれ、次の項目が対応策の基本になる。

(1)徹底したサーベイランス(患者の発生状況や媒介動物の調査集計、病原体の検出報告など)、(2)正確な診断(従来の技術を改良、新規開発)、(3)予防ワクチン(質の良い薬剤をつくっていく)、(4)感染症に関する知識の普及、(5)対応を担う若手を現場で育て、(6)メディアの報道姿勢・あり方

まずヒトからヒトへの感染症は経過によって3つに大別される。一過性の急性感染症として天然痘、ポリオ、はしかなど。急性感染を経て持続感染に移行するHIV(エイズウイルス)、結核、B・C型肝炎。これは終生身体に病原体が存在し続ける。急性感染を経て潜伏感染に移行するのがヘルペス群ウイルス感染、水ぼうそう、帯状疱疹(ほうしん)などで、無症状でも再活性化し得る。

急性感染症に挙げた3つは、世界保健機関(WHO)によって根絶計画が進められてきた。天然痘は1980年根絶が宣言された。ポリオは1989年から現在に至り、少数の国を除いて根絶の見通しである。その後はしかに取り組む予定だ。これらの疾病はダニや寄生虫などの中間宿主がおらず、ヒトからヒトにのみ感染する。つまり患者の段階で根絶されてしまえば病気もなくなるということで標的に選ばれた。

そのような中で2つの極めて重要な感染症が日本でじわじわと脅威になっていることにお気づきだろうか。1つは結核で、世界で最も患者数が多く930万人。日本では特に若年層に増えている。多剤耐性菌のまん延が国際的に緊急の課題だ。

もう1つHIVの感染も日本の若者に激増している。1981年に米国で初のエイズ患者、83年に原体HIVが分離・同定され、87年に日本でも患者が出たころは大騒ぎだった。今は感染者も患者も遥かに多いのにメディアは何も報じない。厚生労働省は年に1度状況を報告しているが、小さな囲み記事に終る。メディアの人々に、何とか教育的な観点で書いてほしいと頼むのだが、「新奇性がない」と上司から一蹴されるらしい。認識が間違っている。1度HIVに感染したら、薬で通常の生活ができていても生涯ウイルスのキャリア(保有者)である。そういうリスクがどこかに消し去られたかのように、世界では依然重点課題であるのに、日本だけが沈黙している。

米国は3年前に対応策を見直し、「教育の欠如」という答えを出した。米国では幼稚園からHIVのカリキュラムがある。そのころ私は文科省や厚労省の関係課長らと教育にどう取り入れるか話し合いをした。ところがその3か月後の新聞記事に驚いた。要するに「予防のための避妊具の使用うんぬんを高校生あるいは未成年に教えることは不適切である」となったらしい。

いつもセンセーショナルに報道されるインフルエンザは、日本では既に882年(平安朝)の文献に「流行性感冒」と書かれており、今後も毎年起こり得る。無知な専門家の無責任な情報に踊るメディアと踊らされる不幸な国民と言いたくなるような有様だ。しかし現在はとても有効な抗インフルエンザウイルス剤が5種類あり、世界で日本の医療機関だけが全て自由に使える状況にある。しかも国民皆健康保険、夜間でも診察を受けられる恵まれた環境だ。現場の医師たちの24時間体制の対応もあり、米国に比べてかなり被害を抑えているのだが、日本の医療は欧米より遅れているという言説を聞く。もっと正しい評価がされるべきではないか。

それにスペイン風邪(1918年)がよく引き合いに出されることもおかしい。いまは外来ですぐに抗原検査ができ、ウイルス遺伝子の同定も短時間で済む。治療では先の薬剤はもちろん、細菌性肺炎に備えて抗生物質の投与もある。さらに感染予防のための「経鼻ワクチン」の研究開発が飛躍的な局面を迎えている。病院の設備、情報の量、スピードも100年近く前とは比較にならないほどだ。

実はいま一番の大きな問題は人獣共通感染症である。野生の鳥、動物(昆虫を含む)は人間が定めた国境を容易に越え、病原体を遠隔地に運び、その先々で感染症を引き起こす。地球上のどこで発生してもたちまち地球を駆け巡る。マラリア、デング熱など病気が存在する地域で、媒介動物のサーベイランスを強化することで犠牲を減らすことが可能になる。ワクチンは狂犬病ぐらいで他はない。科学技術による先んじた対応が望まれる。

実際に感染症を知っていることも大切だ。行政では人事が頻繁(ひんぱん)に変わる。専門的な訓練を受けて、何かあったとき世界の情報を瞬時に取れ、状況を把握できる専門家と一元的に対処できるシステムづくりが求められる。それには人材育成に加えて人材の評価法の検討もされたい。

感染症というのは修羅場に等しい。若いうちこそ野戦病院のような情勢の厳しいところで鍛えられなければ人は育たない。何と何がなければ対応できないというのでは患者の命がなくなってしまう。先端的な勉強をしようとしても、いやな言葉だが各国には「格差」がある。過酷な状況の中で病気になられた方に、生き抜くという対話をできるような若手を育てないといざというとき難しい。

開発途上国で感染症の研究を行うことは、相手国の国民の生命を守り、同時にその国に滞在、あるいは旅行する日本国民を感染症から守ることになる。そういう発想で国際対応をすべきで、研究者の個々の興味だけで国際協力というのはあり得ない。研究や支援などは国対国で実施すべきだ。

そして実際に現場で苦労している人は皆リーダーになっているが、論文を多く出せない環境に長くいてきちんと頑張っていても、なかなかそれだけでは教授になれない。日本の整った環境にいて世界の一流雑誌に論文をたくさん書いた人と並存していくような評価の形が科学技術の進歩につながるのではないか。

多発する食品由来の感染症は、グルメやブームと称される情報をきちんと判断しない消費者にも問題がある。その上で、感染症への危機管理、冒頭の基本項目に関わる基盤研究(病原体の遺伝子解析を含む)や開発研究、バイオテロへの備えが急務である。他の分野に比べると、日本は命に対してのお金の使い方が遅れている。これらを支える施設・設備の拡充、例えばBSL4(注)、人材、資金(運用費、研究費の増強)が必要だ。

備えというものは役に立つこともある。想定外の事態によって全く役に立たないこともある。全く何も起きないこともあり、すると経済的に無駄といわれがちだが大きな間違いだ。人の命を守るために、備えから生まれる余力があってもよい。それが国民の生命の安全保障ではないだろうか。

(SciencePortal特派員 成田優美)

(注)バイオセーフティーレベル:Biosafety Level
WHOが制定した実験室生物安全指針に基づく細菌・ウイルスなどの微生物・病原体等を取り扱う実験室・施設の格付。4段階のリスクグループに応じた取り扱いレベルが定められている。

国際医療福祉大学塩谷病院 教授 倉田 毅 氏
倉田 毅 氏
(くらた たけし)

倉田 毅(くらた たけし)氏のプロフィール
長野県生まれ。59年松本深志高校、66年信州大学医学部卒。71年信州大学大学院修了(医学博士)、国立予防衛生研究所病理部研究員、東京大学医科学研究所病理学研究部助手、同助教授。85年国立感染症研究所病理部長、99年同研究所副所長、2004年国立感染症研究所所長、06年富山県衛生研究所所長などを経て、11年から現職。

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