サイエンスクリップ

遺伝子が明かす、最強生物クマムシの強さと進化の道筋

掲載日:2017年9月14日

“地上最強生物”として、熱く注目されるクマムシ。地球上の生物とは思えないほどの過酷な環境に耐えるしくみが少しずつ明らかになってきた。慶應義塾大学先端生命科学研究所の大学院生吉田祐貴(よしだ ゆうき)さんと荒川和晴(あらかわ かずはる)同研究所准教授らのグループは、英国・エジンバラ大学マーク・ブラクスター教授らとの共同研究で、性質の異なる2種類のクマムシのゲノム情報を解読し、極限環境耐性を生み出す特徴的な遺伝子とその働くしくみについての新たな発見をした。その研究成果は、医療やバイオテクノロジーへの応用や、生物進化解明への貢献が期待される。クマムシ研究で「生命」とは何かに迫る研究者の思いとともに紹介しよう。

クマムシとはどんな生物か?

そのネーミングから、大きくて迫力のある虫をイメージしそうだが、実際は肉眼では見えない程小さく、体長は0.1~1ミリメートル位しかない。しかも“虫”ではなく、4対の肢(あし)を持つ「緩歩(かんぽ)動物」という部類に分類される。緩歩動物には現在のところクマムシしか属さないが、クマムシだけで約1,200種類も確認されている。節足動物(カニ、クモ、ダンゴムシなど)や線形動物(センチュウなど)と近縁だと考えられている。

写真1.水中で活動状態のクマムシ(ヨコヅナクマムシ)。体に70~80%の水分を含む 出典:プレスリリース
写真1.水中で活動状態のクマムシ(ヨコヅナクマムシ)。体に70~80%の水分を含む 出典:プレスリリース

クマムシは、海、山、熱帯のジャングルから南極まで、あらゆる場所に棲む。身の回りのちょっとした池や道路脇のコケの中にも見つけることができる。周りに水がないと活動できない水生(すいせい)動物であるのに、泳げない。水の中を熊のようにゆっくりと歩いて移動する様子が、名前の由来にもなっている。

クマムシの中には、周りに水がなくなっても生き延びることができる陸生のクマムシもいる。水のない場所では、乾眠(かんみん)と呼ばれる脱水した仮死状態となり、全ての代謝をストップさせる。クマムシがその“最強”の威力を発揮するのはこのときだ。マイナス273℃から100℃の温度、真空から75,000気圧までの圧力、数千グレイ※1の放射線、実際の宇宙空間に10日間曝露した後も生存が確認されるなど、乾眠状態のクマムシが私たちの知る地球生物の常識を超越した環境への極限耐性を持つことが確認されている。

※1 グレイ/放射線が“物質”に当たったときに与えたエネルギー量を表す単位。よく使われる「シーベルト」は、放射線が“人”に当たったときの健康影響を加味した単位。例えば、1グレイのガンマ線を全身に浴びたとき、被ばく量は1シーベルトとなる。

写真2.乾眠状態のヨコヅナクマムシ 体の水分は1~2%に減り、カラカラに乾燥している 出典:プレスリリース
写真2.乾眠状態のヨコヅナクマムシ 体の水分は1~2%に減り、カラカラに乾燥している 出典:プレスリリース

ヨコヅナクマムシとドゥジャルダンヤマクマムシ

ここで、今回の研究で解析対象となった2種類のクマムシを紹介しよう。

図1.遺伝子解析した2種類のクマムシ
図1.遺伝子解析した2種類のクマムシ

注目したいのは、両者の乾燥耐性の違いだ。乾燥耐性の強さは、急速な乾燥に耐えられるかどうかで評価する。ヨコヅナクマムシは、陸に棲む陸生クマムシで、乾燥耐性が強く、約30分程度で乾眠状態に入ることができる。一方のドゥジャルダンヤマクマムシは、水中に棲んでおり乾燥耐性は弱く、24~48時間かけてゆっくり乾燥させないと、乾眠状態に入る前に死んでしまう。今回の解析の見どころは、両者に共通する“乾燥耐性を生み出すしくみ”と“乾燥耐性の強さの違いを生みだすしくみ”だ。

ちなみに、クマムシはどこにでも棲めるわりに飼育が難しく、研究のためのサンプル確保は大きな課題だ。幸い、この2種のクマムシは飼育系※2が確立しており(ヨコヅナクマムシは慶應大学の同研究チーム、ドゥジャルダンヤマクマムシはアメリカの研究チームによる)、研究の環境が整っていた。この2種の他に飼育やゲノム解析が進められているクマムシは、国内外でほんの数種類しかない。

※2 飼育系/研究対象の生物の適切な管理用法。成長に適した環境や餌などの条件が明確で、交配を繰り返して遺伝的に均質化され、実験に利用できる状態の生物を、「飼育系が確立した生物」という。

乾燥耐性の決め手は、遺伝子の発現

研究チームによる詳細なゲノム解析の結果、意外にもヨコヅナクマムシとドゥジャルダンヤマクマムシがもつ遺伝子は、ほとんど同じであることが分かった。具体的には、細胞を乾燥から守るためのクマムシ特有の多数の遺伝子や、抗酸化作用に関連する遺伝子、細胞ストレスセンサーの遺伝子欠損など、乾燥耐性に関わる遺伝子セットがどちらのクマムシにもしっかりと備わっていた。

では、乾燥耐性の違いはどこから生まれるのだろう? 研究チームがこれらの遺伝子の発現※3について調べると、興味深い結果が得られた。乾燥耐性の強いヨコヅナクマムシは、乾眠に必要なこれらの遺伝子を常にオンの状態にしており、乾燥耐性の弱いドゥジャルダンヤマクマムシは、乾眠状態のときだけ、必要な遺伝子をオンにしていたのだ。

図2.2種類のクマムシの比較 出典:プレスリリースの資料を一部編集
図2.2種類のクマムシの比較 出典:プレスリリースの資料を一部編集

それにしても、同じクマムシなのに遺伝子のオン/オフの違いだけで、乾眠までの時間の長さがそれほど変わるものだろうか。研究チームの荒川さんは、いくつかの要因が重なって大きな差が生まれるのではないかと考える。まず、遺伝子の発現をオフからオンへと切り替えるための負荷について考えねばならない。乾眠関連の遺伝子は非常に高発現※4で、大量のタンパク質の合成には通常数時間を要する。また、乾燥させると体内の水分量も減少し、細胞内の酵素活性が落ちると想定される。さらに、ゆっくり乾燥するという湿度条件では、水分を完全に乾燥させるだけでも12~24時間はかかる。こういったことが合わさり、ドゥジャルダンヤマクマムシが乾眠に入るのに24~48時間かかるのではないかということだ。

※3・4 発現・高発現/タンパク質合成を支持するための遺伝子のスイッチがオンになること。ゲノムに書き込まれた遺伝子は、全てが常に使われているわけではなく、必要に応じて「オン(=発現)」の状態に切り替えられる。高発現とは、発現する量が多いこと。

医療やバイオテクノロジーに貢献か

クマムシの極限環境耐性が私たちの生活に役立つかについてうかがうと、「細胞ストレス・ダメージの限界を知ることができるので、老化やがん研究に役立つ知見が多数ある」と荒川さんは話す。細胞の放射線耐性という意味ではクマムシもヒトのがん細胞も似た仕組みを使うことがあるため、クマムシにおける放射線耐性の知見は、例えばがん細胞の耐性の理解に役立ちうる。また、クマムシの酸化ストレス耐性は、酸化ストレスの影響が大きいと考えられる老化メカニズムのさらなる理解に有用な知見を与えうるという。

バイオテクノロジーにも新たな道を切り拓きそうだ。例えば、クマムシの乾燥耐性を応用して有機物を乾燥保存できれば、現在、液体窒素での低温保存・輸送が必要な酵素やワクチンなどの保存と輸送が劇的に便利になる可能性がある。いずれは、iPS細胞や臓器の乾燥保存などへの応用も期待される。

実際に応用研究が進んでいるクマムシ特有の遺伝子もある。「Dsup (Damage suppressor)」と呼ばれる放射線耐性遺伝子だ。この遺伝子のDNAを、ヒト培養細胞(ヒトの細胞を取りだして実験的に育てた細胞)に人為的に入れ放射線を照射すると、ヒト培養細胞のDNAダメージが半減したという報告もある(→参考:東京大学プレスリリース「ヒト培養細胞の放射線耐性を向上させる新規タンパク質をクマムシのゲノムから発見」)。

カンブリア紀の生物進化に関する新たな証拠も発見

クマムシの属する緩歩動物は、線形動物や節足動物に近いと前述したが、どちらにより近いかはこれまで議論が続いていた。そこで研究チームは、クマムシの遺伝子の塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列を、線形動物や節足動物と比べることで、進化的な道筋の解析(系統解析)を行い、長年の議論の決着につながるデータを提示した。

下の図は、ゲノム解析によって得られた生物の進化やその分かれた道筋を、枝分かれで表す系統樹だ。詳細は割愛するが、この解析結果から、緩歩動物に一番近いのは線形動物、その次に節足動物に近いことが明らかになった。

図3.ゲノム情報の解析から得られた系統樹。分岐点の数値(%)は、3つの計算手法でその分岐がどれだけ信頼できるかを表す。「*」は100%を意味する。クマムシが属する緩歩動物(赤)と一番近縁なのは線形動物(緑)、次に近縁なのが節足動物(紫)であることを示す。 出典:プレスリリース
図3.ゲノム情報の解析から得られた系統樹。分岐点の数値(%)は、3つの計算手法でその分岐がどれだけ信頼できるかを表す。「*」は100%を意味する。クマムシが属する緩歩動物(赤)と一番近縁なのは線形動物(緑)、次に近縁なのが節足動物(紫)であることを示す。 出典:プレスリリース

研究チームによれば、緩歩動物、線形動物、節足動物が枝分かれしたカンブリア紀の頃の生物進化の解明が進み、地球上の生物の多様性がどのように生まれたかを知る手がかりにもなりそうだという。ただし、これまでは真クマムシ綱と呼ばれる比較的新しい種類のクマムシの研究が中心だったが、より祖先型に近いと考えられている種類の研究や、まだ研究が進んでいない他の脱皮動物の解析が進めば、今回の結果が覆される可能性も十分ある。

クマムシ研究を通して、生命とは何かを追求する

これほど見どころが多く興味深い生物であるのに、クマムシの研究は難しく、実はほとんど進んでいないという。例えば、マウスやショウジョウバエなどいわゆる「モデル生物※5」は、飼育系や実験系※6、ゲノム情報など、基盤が整った上で、かつ確立された方法で解析することができるが、クマムシは未知の部分が多すぎるため、何から何まで研究者自らがやらねばならない。例えば、飼育するにも、温度や餌、培地の組成に関して情報がなく、全て手探りで調べる必要がある。それは、例えて言うなら「原始時代に戻って文明を立て直すような大変さ」、と荒川さんは話す。

※5 モデル生物/実験や観察の目的となる生命現象を観察しやすい生物。入手や飼育が容易、扱いやすいサイズ、成長が早い、世代交代が早いなど、研究に好都合な条件をもつものが多い。

※6 実験系/研究の目的を達成するための実験の一連の手法

それほど大変な労力をかけて研究を続ける原動力について、荒川さんは、発生学の研究で線虫に注目したノーベル賞受賞者のシドニー・ブレンナー博士に自身の姿を重ねる。ブレンナー博士も、線虫の飼育・実験系の確立を自ら行いながら、生物の個体発生(卵から個体になるプロセスや、その過程で何が起きるか)のさまざまな発見をした。荒川さんは、「クマムシ研究は、『生命とは何か』という究極の問いを解く上で最適」と語り、ブレンナー博士のように苦労しつつも研究を成し遂げようとしている。「通常の生き物では、殺して生きている状態を止めることしかできないが、クマムシなら生きていない“モノ”の状態から、動態が生まれ、生命活動が生じる過程を観察できる。ここから“生命とは何か”を数式などの数学的言葉で定義したい」と自身への使命のように語ってくれた。

荒川さんの研究室では、多種類のクマムシのゲノムプロジェクトが進行中だ。クマムシ研究の基盤が整えば、参入する研究者も増えるだろう。並々ならぬ努力と苦労の末に導き出される今後の成果に、ぜひ注目していきたい。

(サイエンスライター 丸山 恵)

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