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干ばつに強いイネの実証栽培に成功、迫りくる食料危機の救世主か

2017.05.25

 2017年現在の世界人口は73億人、2050年には94億人に達するという予測もある。増加し続ける人口を養うためにはさらなる食料増産が求められる。近年、モンサントやデュポンパイオニアなどの世界の大企業も、乾燥に強いトマトやコムギなど遺伝子組換え作物の開発に取り組んでいる。そんな中、干ばつ耐性が向上した遺伝子組換えイネの開発とその実証栽培を、国際農林水産業研究センター(以下JIRCAS)と理化学研究所(以下理研)が、国際熱帯農業センター(以下CIAT)及び筑波大学との国際共同研究により成功させた。南米とアフリカの主要な品種では、単位面積あたり最大157%の収量増加が実証できたという。この技術が実用化されれば、人口が爆発的に増加する地域が食料を自立的に生産できることが期待され、地球規模の気候変動に適応した食料生産が可能になるかもしれない。

写真 1:イネの原品種と遺伝子組換え系統の比較。ほとんど穂がついていない原品種に対して、遺伝子組換え系統には、たわわに穂が実っているのが分かる。出典:JIRCASプレスリリース
写真 1:イネの原品種と遺伝子組換え系統の比較。ほとんど穂がついていない原品種に対して、遺伝子組換え系統には、たわわに穂が実っているのが分かる。 出典:JIRCASプレスリリース

なぜ干ばつに強いイネが必要か

 コメは世界で2番目に多く生産されている穀物だ。1年あたり約7億3千万トン(2013年時点)のコメが世界人口の半分以上を養っている。人口が86億人に達すると見込まれる2035年までに、26%のコメの増産が必要だという計算もある

 国連の報告によれば、2050年までの人口増加が特に多い地域はインド、ナイジェリア、パキスタンなどであり、そのほとんどが熱帯や亜熱帯気候の開発途上地域である。これらの地域は、土壌が肥沃でないことや乾燥などによって農業生産性が低い上に、気候変動の影響を受けやすいことが分かっている。コメに関しては、干ばつにより日本の年間生産量の2倍に当たる1千800万トンもの損失が毎年出ているとされている。これは世界の総年間生産量の2%に相当する量だ。このような状況から、干ばつに耐性のあるイネの開発が、食料問題解決にとって重要な課題のひとつと言えるのだ。

乾燥ストレス耐性のカギ「ガラクチノール合成酵素遺伝子」

 JIRCASと理研は長年にわたり、モデル植物※6のシロイヌナズナを用いて、植物が乾燥ストレスに耐えるためのメカニズムの解明に取り組んできた。その中で、乾燥ストレスに対して働く遺伝子のひとつである「ガラクチノール合成酵素」を生み出す遺伝子(AtGolS2)に注目し、すでに、この遺伝子機能を高めたシロイヌナズナの乾燥耐性が高まることを実験で明らかにしていた。

写真 2.シロイヌナズナ。アブラナ科でユーラシア大陸に広く自生。産業的な価値はない 出典:wikipedia
写真2.シロイヌナズナ。アブラナ科でユーラシア大陸に広く自生。モデル植物として研究に利用されている 出典:wikipedia

 では、ガラクチノール合成酵素とは何だろう。甘い果実を作るためにわざと乾燥気味に農作物を育てる手法を聞いたことがないだろうか。実は、多くの植物が乾燥ストレスにさらされるとスクロース、トレハロース、オリゴ糖などの水溶性の糖が植物の体内に蓄積することが知られている。「ガラクチノール合成酵素」はオリゴ糖の一種であるガラクチノールを生成する。オリゴ糖を合成する酵素を作り出したり、オリゴ糖を体内に蓄積させたりすることによって、シロイヌナズナは乾燥ストレス、高温ストレスへの耐性を高めていると考えることができる。

 今回の研究では、ガラクチノール合成酵素遺伝子の機能を強化した遺伝子組換えイネを2品種(ブラジルの品種Curingaとアフリカの品種NERICA4)を背景に作出し、コロンビアの隔離圃場(ほじょう)において試験を行った。遺伝子組換えイネの圃場における大規模な干ばつ抵抗性に関する実証試験は世界でほとんど実施されておらず、実際の厳しい作育条件に基づいたデータが得られる、貴重な研究だったと言えるだろう。

※6 モデル植物:植物に普遍的なメカニズムを調べるためのモデルとなる植物。実験室で育てやすく、ゲノムなどの情報が豊富であることなどが条件となる。

1カ月雨が降らなくても収量が維持できそうか

 まず、ストレスのない通常の環境下の温室で、ガラクチノール合成酵素遺伝子を組み込んだCuringaとNERICA4を生育したところ、遺伝子組換えでない同品種のイネよりも明らかに高いガラクチノール蓄積量を示した(図1)。

図1.ガラクチノール合成酵素遺伝子を導入したイネ植物体でのガラクチノール蓄積量。左グラフがブラジル品種のCuringa、右グラフがアフリカ品種のNERICA4。原品種は非遺伝子組換え体、それ以外は遺伝子組換え体 出典:JIRCASプレスリリース
図1.ガラクチノール合成酵素遺伝子を導入したイネ植物体でのガラクチノール蓄積量。左グラフがブラジル品種のCuringa、右グラフがアフリカ品種のNERICA4。原品種は非遺伝子組換え体、それ以外は遺伝子組換え体 出典:JIRCASプレスリリース

 次に、実際の干ばつ環境下で収量が維持されるか確かめるため、コロンビアのVillavicencioという高地にあるCIATのサンタロサ試験地において屋外生育試験を、Curingaは2012〜15年までの3期、NERICA4は13〜15年までの2期行った。3期のうち、特に12〜13年にかけては31日間、13〜14年にかけては39日間の無降雨期間があり、非常に厳しい乾燥環境下であった。

 Curingaに関しては、乾燥の厳しい初めの2期において、遺伝子組換え体の50%は原品種よりも4?5日早く開花する様子が観察された。また収量は、2012年期には最大で50%、2013年期には最大で157%、乾燥状況がそれほど厳しくなかった2014年期でも最大で20%原品種よりも多くなった(図2の上列)。NERICA4の収量も、遺伝子組換え体は原品種に比べて2013年期では最大40%、2014年期では最大17%多かった(図2の下列)。

図 2.CuringaとNERICA4の2品種のイネについて、ガラクチノール合成酵素遺伝子を導入した系統と導入していない原品種の収量を比較した。青いグラフは遺伝子組換え体の収量、黒いグラフは非遺伝子組換え体(原品種) 出典:JIRCASプレスリリース
図 2.CuringaとNERICA4の2品種のイネについて、ガラクチノール合成酵素遺伝子を導入した系統と導入していない原品種の収量を比較した。青いグラフは遺伝子組換え体の収量、黒いグラフは非遺伝子組換え体(原品種) 出典:JIRCASプレスリリース

 今回の実証試験から、CuringaとNERICA4の2品種のイネに組み込まれたガラクチノール合成酵素遺伝子は、さまざまな干ばつ条件において安定的に、原品種よりも高い収量を得るのに有効なことが明らかになった。

選び抜かれたエリート遺伝子

 この成果を得るまでには、長い道のりがあった。プロジェクトは乾燥ストレス耐性候補遺伝子を見つけるチーム、イネに候補遺伝子を導入するチーム、作出した遺伝子組換えイネの遺伝子発現や代謝産物を分析するチーム、遺伝子組換えイネを評価するチームなどから編成された。それぞれがうまく機能しなければ到達できなかっただろう。特に苦労した点をうかがうと、JIRCASの中島一雄(なかしま かずお)プログラムディレクターは「たくさんの組換え体を作り、管理するのに苦労しました。他の乾燥ストレス耐性候補遺伝子も用い、候補遺伝子それぞれについて、およそ100個体の組換え体を作りました。その中から最も良いパフォーマンスを示したガラクチノール合成酵素遺伝子組換え体についての結果を今回の論文で報告をしています」。また、今後の展望について中島氏は「研究のゴールは育成した遺伝子組換えイネ系統の実用化です。今後は、アフリカや南米の異なる栽培環境下で現地栽培試験を行い、干ばつ条件で、原品種に比べ安定的に2〜3割の増収を目指します」と話す。

 現在、遺伝子組換え作物を作付けする耕地面積は世界で1億8千万ヘクタールを占め、種子市場では35%を占めるという。遺伝子組換え技術は、病害虫に強くするためや収量を増やすためなど、さまざまな目的で開発されている。しかし身近になる一方で、抵抗を持つ人も少なからずいるだろう。遺伝子組換え作物が普及してから数十年。体にどんな影響があるかなど、まだ得られていないデータがあることも、抵抗感を抱かせる一因かもしれない。中島氏によれば、実際、この技術をよく知らないことが、抵抗や不安の要因となっているという調査結果もあるという。

 中島氏は、「研究者と消費者・農業生産者の対話の機会を増やし、研究者は国民の視点に立って不安や抵抗感を理解し、遺伝子組換え技術に関して説明していくことが大切です。また、消費者がメリットを感じる遺伝子組換え作物を開発し続けることも、国民の理解を得る上では必要です」と話す。地球規模の課題を解決する糸口ともなり得る遺伝子組換え技術。ただ漠然と恐れるのではなく、デメリットも含めて理解を深め、今後の可能性に目を向けていきたい。

(サイエンスライター 田端 萌子)

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