サイエンスクリップ

地上の雪結晶観測から上空の状態を追跡、シチズン・サイエンスで得られた成果

2016.12.27

 2016年11月24日、関東甲信の各地で雪が降り、11月としては54年ぶりに都心などでも初雪が観測された。都心での11月の積雪は、1875年の統計開始以来、初めてだという。昼前には真っ白になった窓外の景色に驚いた人も多いだろう。同じころ、SNSを中心に賑わいを見せた話題があった。

 「関東甲信の皆様にお願いです。雪が降ったら雪結晶の写真を撮って下さい。(中略)綺麗な結晶だけでなく汚い結晶も含め、雪の写真を送りつけて下さい」

 気象庁気象研究所予報研究部の研究官、荒木健太郎(あらき けんたろう)氏による11月23日夕方のそんなtwitter上の呼びかけを端緒に、雪を目にした市民がその結晶写真を各地で投稿していったのだ。呼びかけによれば、関東甲信地域の降雪のメカニズムを解明し、天気予報の精度向上に役立てるためには、雪の結晶の写真が必要だという。結果、荒木氏のもとには5,000枚を超える写真が集まった。そしてこれらの写真を用いた解析結果が、2016年12月10日、気象庁講堂(東京・大手町)で報告され、市民参加により得られた世界初となる雪と大気環境に関する研究の成果が紹介された。

気温と湿度が形作る、ただひとつの雪の結晶

 自然界では、同じ形の雪の結晶は二つとないとされる。結晶の形は、雪が降るときの上空の気象条件、主に温度と湿度に左右されるが、雪一片一片を取り巻く条件が全く同じになることはないからだ。

 高度が上がるほど気温は下がるため、地上数キロメートル以上の高さにできる雲は、0℃以下の大気中にある。この雲の中で水蒸気や塵などを元にして形成される数マイクロメートル〜100マイクロメートル程の小さな氷の結晶「氷晶」が、雪の赤ちゃんになる。その後、氷晶は周りの水蒸気とくっつきながら成長する。やがて自重に耐えかねて落下した氷晶が「雪」だ。一般的に、気温が結晶の基盤の形を決め、水蒸気量が形の複雑さを決めることが過去の実験から知られている。例えば、雪の結晶と聞いて私たちがイメージしやすい樹枝状結晶(図1左)は、氷晶の成長する大気の気温がマイナス15℃程度で、水蒸気量の多い環境でできやすい。

図1.雪結晶の顕微鏡写真。左は樹枝状結晶。結晶の径は3.1mm、右は広幅六花状結晶。結晶の径は1.3mm 出典:雪氷学会HP、著作者:油川英明氏
図1.雪結晶の顕微鏡写真。左は樹枝状結晶。結晶の径は3.1mm、右は広幅六花状結晶。結晶の径は1.3mm 出典:雪氷学会HP、著作者:油川英明氏

地上での雪結晶の観察から、雲の状態を追跡

 このように美しい雪の結晶は見飽きることがないが、大雪は、雪崩、集落孤立、建物や農作物への被害、着氷による倒木や停電など、さまざまな災害を引き起こすこともある。特に都心では、交通や流通の麻痺による影響が大きい。関東に大雪をもたらす原因の多くは、日本列島南岸を発達しながら進む温帯低気圧の一種、「南岸低気圧」だ。気象予報の現場では経験的に、「南岸低気圧が(東京から南へ約290キロメートルにある)八丈島の北を通る場合は雨、南を通るときは雪が降る」と従来言われてきた。しかし、2014年2月14〜15日の記録的大雪では、この南岸低気圧は関東に上陸までしている。そこで荒木氏が1958年〜2015年の過去58年分、全117事例について「低気圧の進路」と「雨が降るか雪が降るか」の関係を調査したところ、進路の違いに有意な差はないことが分かった(図2)。また、低気圧を発達させる原因として知られる上空の気圧の谷についても、雨の場合と雪の場合でその影響に大きな違いは見られなかった(図3)。

 それでは一体、何が雨か雪かを決めるのか。荒木氏によれば、関東の大気下層(上空約1,500メートル以下)の気温場に大きな違いが見られるという。つまり、大気下層がどの程度冷たいのか、そしてその気温場がどのくらいの広がりを持っているのかが重要なのだそうだ。しかし、関東の大気下層の気温場を左右する要因は多岐にわたる。低気圧の強さや位置、雲の高さや広がり、あるいは、上空で発生・成長する氷晶や雪がどのくらいの量なのか、地表面がどの程度冷え、どのように時間変化するのか等々・・・これらを高精度で予測できなければ、地上で雨か雪かを左右する大気下層の気温を含む大気状態の予測は困難だ。中でも、上空の雲の状態や特性については、未知な部分の方が多い。そこで手がかりになるのが、雪の結晶だ。

 温度や湿度をその形に反映しながら成長する雪の結晶は、その雪が形成された環境状態の体現者といえる。そのため、地上で雪結晶を観察すれば、その雪を降らせた上空の雲の状態を追跡できるのだ。雲の物理過程が分かれば、現在の気象予測に用いている不確実性の高い要素に情報を補間することができ、高精度な気象予測への寄与が期待されるという。

図2.南岸低気圧の進路を、降雪時・降雨時ごとに分析した結果。両者に有意な差は見られなかった
図2.南岸低気圧の進路を、降雪時・降雨時ごとに分析した結果。両者に有意な差は見られなかった
図3.上段は上空5,000m付近の気温場、下段は地上の気温場を示す。また、左列は降雪時、中列は降雨時、右列は両者の差分を表している。降雪時と降雨時に大きな違いは見られなかった。
図3.上段は上空5,000m付近の気温場、下段は地上の気温場を示す。また、左列は降雪時、中列は降雨時、右列は両者の差分を表している。降雪時と降雨時に大きな違いは見られなかった。

市民参加により得られた世界初の雪と大気環境に関する研究成果

 残念ながら、現在、雪結晶の自動観測は行われておらず、人による観察・観測もほとんどなされていない。粒子特性を観測できる光学式ディストロメータでは、粒子の落下速度や粒径の分布観測しかできず、また、アメダスで取得できる情報は積雪深のみで、結晶形を把握できるものではない。研究者自身が屋外で観測するにも、観測地点は限られてしまう。そこで、2016年11月の雪に際して荒木氏が行ったのが、SNSを用いた雪結晶画像の募集だった。

 一般市民が科学研究に参加するこうした取り組みは「シチズン・サイエンス」と呼ばれる。日本ではまだ未発達の取り組みだが、今回、荒木氏がSNS上で呼びかけたところ、関東一円から5,000枚を超える画像が寄せられたという。「非常に高密度かつ時間分解能も高い、しかも広域にわたる雪結晶の観測が実現しました。これは(雪結晶観測に関する)世界で初めての、学術的な価値の高い取り組みだと考えています」と荒木氏は述べた。

 これらの画像を時間ごとに分類すると、24日の朝8〜9時の時間帯には、樹枝状結晶や交差角板状結晶が関東の広範囲において卓越していた(図4左)。一般的な温帯低気圧による雪は、マイナス20℃以下の環境で成長することが過去事例の研究から分かっているが、今回の解析結果では、24日の初雪は、それよりも高温なマイナス15℃の湿潤な雲で成長したものだったことが示唆された。一方、同日11〜12時になると、関東平野北部では樹枝状結晶が卓越しているのに対し、関東南部や埼玉西部では六花状・針状の結晶や濃密に雲粒付着した雪結晶が多く見られ、雪結晶には、顕著な地域差や時間差があることも確認された(図4右)。これは、低気圧の発達に伴って、高温で湿った空気が大気場に流れ込んできたことが一因と考えられるという。

図4.左は、11月24日8〜9時に卓越した結晶。樹枝状結晶や交差角板状結晶が関東の広範囲で観測されていた。右は、同日11〜12時に卓越した結晶。場所によっては六花状・針状の結晶が見られ、地域差があることが分かる
図4.左は、11月24日8〜9時に卓越した結晶。樹枝状結晶や交差角板状結晶が関東の広範囲で観測されていた。右は、同日11〜12時に卓越した結晶。場所によっては六花状・針状の結晶が見られ、地域差があることが分かる

 さらに、この観測結果を数値シミュレーションで導いた同日同時刻の大気の環境場(=雪結晶の成長環境場)と比較すると、両者は概ね整合的であるとの結論が得られた。観測実績がないため、これまで推測の域を出なかった数値モデルが今回初めて評価され、その確からしさを確認することができたのだ。研究者の着眼点とこの研究への市民参加が導き出した世界初の成果と言えるだろう。

ますます期待されるシチズン・サイエンスの取り組み

 雪氷災害予測の観点において、気象予測が重要なことは疑いようもない。このため、今後も現場観測を中心とした実態把握は欠かせず、その蓄積による気象モデルの妥当性評価が期待される。一方で、関東甲信地方のような非雪国の地域では、降雪・積雪の観測データ自体が少なく、研究事例も多くないが、データの取得には、シチズン・サイエンスの取り組みが大きな力を発揮することが、今回の取り組みから明らかになった。

 今回は短期間に5,000枚もの画像が集まったが、何がそんなにも多くの人を動かしたのだろう。都心の雪という希少な機会を例年とは違う角度で楽しむ面白さや、スマートフォンで気軽に美しい雪結晶を撮る楽しさ、それを他人に見せる気持ちよさ、現在進行中の研究に力を貸す新鮮さなどが、その動機になったと、筆者の周囲の参加者は言う。雪氷災害から身を守るための、長い目で見た自衛策のひとつが近所での雪結晶の観測だと考えると、なんだか楽しい気分にもなる。より綺麗な状態の結晶を観測しようとすれば、自ずと気象情報にも関心が湧き、副次的にサイエンスの力も向上するのではないか。

 「首都圏の降雪メカニズムをもっと調べていきたい。今回のような広域の超高密度の雪結晶観測だけではなく、高密度な地上気象観測やシミュレーション、二重偏波レーダーの観測結果など、いろいろな観測を組み合わせて雲の実態を調べたいと考えています」と、荒木氏は今後の研究計画を語る。そして研究推進のために、今後もまた、シチズン・サイエンスの取り組みを活用していく考えだ。みなさんも今冬、雪を見かけたら結晶観察を楽しんでみてはいかがだろうか。

(サイエンスライター 橋本 裕美子)

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