サイエンスクリップ

悪玉菌から大腸を守るバリアの仕組み解明

2016.05.17

 私たちの大腸には、100兆を超える腸内細菌が棲んでいて、それらは健康を保つのに欠かせない存在だ。しかし、ひとたび腸内細菌が大腸の組織に侵入すると、炎症を起こし、健康を著しく害する。では、健康な大腸は、いったいどのような仕組みで、腸内細菌に攻撃されることなく機能しているのだろうか。大阪大学大学院医学系研究科感染症・免疫学講座(免疫制御学)/免疫学フロンティア研究センターの竹田 潔(たけだ きよし)教授らのグループは、あるタンパク質が大腸を細菌から守る仕組みを解明した。潰瘍性大腸炎の新たな治療法への鍵を握るこのタンパク質が、腸内で奮闘する姿を見てみよう。

大腸組織は粘液層で守られている

 大腸は1.5メートル程のホースのような組織で、小腸で栄養を吸収された消化物の残りから水分や電解質を吸収する。

図1.大腸を輪切りにすると、内側は粘液層で覆われている
図1.大腸を輪切りにすると、内側は粘液層で覆われている (筆者作成)

 健常な大腸は、内側が厚い粘液の層で覆われており、これがバリアの働きをしている。腸内細菌は、粘液層の管腔側(外粘液層)までは入れるが、組織側(内粘液層)にはほとんど存在せず、大腸組織には入れない。水分や電解質は通れるのに腸内細菌は通れない粘液層に、いったいどんな仕組みが隠されているのだろうか。

バリアの正体はタンパク質?

 研究グループは、遺伝子データベースなどを使って、大腸の上皮細胞※1に多く見られるある遺伝子を探し出し、この遺伝子が作る「Lypd8(エルワイピーディーエイト)」というタンパク質に着目した。

※1 大腸の上皮細胞/大腸組織の粘液層に接している部分の細胞

 マウスの大腸で調べると、 Lypd8は大腸の上皮細胞や粘液層に多く分布しており、腸内細菌と混在していた。また、ヒトの大腸でも同じように確認されたが、潰瘍性大腸炎※2の患者の大腸には、Lypd8はほとんどなかった。Lypd8が、細菌の侵入や大腸組織の炎症に関わっているようだ。

※2 潰瘍性大腸炎/腸内細菌が大腸組織に入り込み炎症を起こす病気。日本は欧米に比べ発症例は少ないが、増加の一途をたどっている。根治的治療法は確立しておらず、国が難病に指定している。

悪玉菌にくっついて捕らえる

 そこで、研究チームは Lypd8を遺伝的に持たないマウスを使って詳しく調べた。

図2.マウスの大腸内で粘液や細菌が分布している様子。大腸の断面の一部を特殊な方法で染色して観察
図2.マウスの大腸内で粘液や細菌が分布している様子。大腸の断面の一部を特殊な方法で染色して観察

 Lypd8を持つ野生型マウスの大腸では、粘液層(緑)と細菌(赤)がはっきりと別れている。一方、Lypd8を持たないマウスでは、粘液層に細菌が入り混じっている。しかもそれら細菌の多くは悪玉菌だった。Lypd8があると、粘液層が有害な菌から守られるのだ。

 電子顕微鏡では、Lypd8が大腸組織を守ろうとするリアルな姿が見えてきた。悪玉菌の一種「プロテウス菌」に生える鞭毛(べんもう)というしっぽのような部分にLypd8がくっついて、その動きを抑えていたのだ。

図3.プロテウス菌の鞭毛(枝のように見える部分)に、Lypd8(矢印)が結合している
図3.プロテウス菌の鞭毛(枝のように見える部分)に、Lypd8(矢印)が結合している

潰瘍性大腸炎を治る病気にするために

 実験結果から、大腸組織で作られるLypd8が、粘膜層に入ってこようとする悪玉菌を捕らえ、大腸組織に侵入するのを阻止している仕組みが分かってきた。

図4.Lypd8 は大腸上皮細胞に発現し、一部は大腸管腔に分泌される。分泌された Lypd8 は腸内細菌に結合し、腸内細菌の粘膜への侵入を防止することで、腸管炎症を抑える
図4.Lypd8 は大腸上皮細胞に発現し、一部は大腸管腔に分泌される。分泌された Lypd8 は腸内細菌に結合し、腸内細菌の粘膜への侵入を防止することで、腸管炎症を抑える

 今後は、Lypd8がどのようなメカニズムで鞭毛の運動性を止めるのか(鞭毛が切れるのか、物理的に運動性を止めるのか)、潰瘍性大腸炎の患者の寛解期(症状が出ていない状態)と増悪期でLypd8の発現に違いがあるのか、という2つのポイントを重点的に調べ、潰瘍性大腸炎の病態との関連性を明らかにしていくという。

 竹田教授が目指すのは、難病とされる炎症性腸疾患の根治療法(病気の原因を取り除き完全に治す療法)を可能にする基礎的研究で成果を挙げることだ。治療に応用するには、 Lypd8分子をいかにして患者の大腸粘膜に届けるかが鍵だと言う。

 今回紹介した研究では、さまざまな技術を駆使し、明確な結論をシンプルに導き出している印象を受けるが、竹田教授は研究で特に苦労した点をこう語る。

 「私は免疫学が専門ですが、この解析の後半のプロセスは、細菌学的にいかにLypd8が腸内細菌の侵入を止めるのかの解析でした。私は細菌学は素人なので、何も指導できなかったのですが、筆頭著者の奥村 龍(おくむら りゅう)が一人で試行錯誤を繰り返しながら、メカニズムを明らかにしてくれました」

革新的な結果を導きだすために、一つの問題を違った角度から捉える。今、あらゆる研究分野で求められていることだ。多くの時間と労力が、いつか難病の治療法の確立につながることを切に願う。

*図版提供: 大阪大学大学院医学系研究科免疫制御学 竹田研究室

(サイエンスライター 丸山 恵)

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