レポート - 大学等レポート -

研究成果をなぜ発表し、どのように伝えるのか
北海道大学で合同シンポジウム

サイエンスレポーター 成田優美

掲載日:2015年6月8日

2014年に起きたいわゆるSTAP問題を踏まえて、「科学と社会のより良い関係をめざす」ことをサブテーマに、4月28日、北海道大学で表題の合同シンポジウムが開催された。主催は「北海道大学物質科学フロンティアを開拓するAmbitiousリーダー育成プログラム(ALP)」と科学技術広報研究会(JACST)。

ALPは、文部科学省が2011年度から実施している「博士課程教育リーディングプログラム」の採択事業で、産学官および世界で通用する人材を養成するために、専門分野の枠を超え5年間の一貫した大学院教育を行う。

基調講演より

開会に際し、主催者を代表して山口佳三(やまぐち けいぞう)北海道大学総長と岡田小枝子(おかだ さえこ)JACST会長・高エネルギー加速器研究機構広報室長があいさつをした後、ALPコーディネーターがALPの概要と二期生の募集を説明した。

続いて、新田孝彦(にった たかひこ)北海道大学副学長が、「なぜ科学技術の倫理なのか ~組織と研究者」をテーマに基調講演を行った。

新田孝彦氏 提供:北大ALP
新田孝彦氏 提供:北大ALP
資料1.「科学者の行動規範」日本学術会議
資料1.「科学者の行動規範」日本学術会議

新田氏は科学技術倫理が専門で、「専門職である研究者は、所属する学会や機関の倫理規範の下にあり、トップマネジメントの影響の下にある」と研究者が倫理綱領を持つことの意義を説いた。日本学術会議の「科学者の行動規範」の一部を読み上げ、研究者が負う信頼維持の義務に言及した。

また、「高度技術、知識基盤、民主主義」を特徴とする現代市民社会において、「専門家と市民の関係の大きな変容」が重要なポイントであると論じ、「専門知の非権威化、高度化、分業化」などのキーワードを図式化し、専門職が置かれている様相を解説した(下図参照)。そしてトランス・サイエンス※1という市民的課題の対処にも触れ、人々の意見の対立を解消する方法として、カール・ポパー※2の「合理的な討論の基礎となる3原則(「可びゅう性」=真理への到達は常に確信できず知識は常に誤っている可能性があること、「合理的討論」、「真理への接近」の原則)」を紹介した。新田氏はその上で、「できるだけ誤りを回避する」「自分の過ちから学ぶ。誠実に他人からの批判に傾聴する」「客観的真理に近づくという理念に基づき批判する」ことの大切さを解説し、「3原則は倫理的な原則でもある」と述べた。

図.新田氏の講演の取材メモを元に筆者と編集部が再構成
図.新田氏の講演の取材メモを元に筆者と編集部が再構成
  1. ※1 トランス・サイエンス/米国の物理学者アルヴィン・ワインバーグ(Alvin M. Weinberg, 1915-2006)が1972年に提唱した概念。科学者の立場だけでは解決できない、科学を超える複雑な問題のことで、例えば遺伝子組み換え作物をめぐる論議。
  2. ※2 カール・ポパー/(Sir Karl Raimund Popper, 1902-1994)。英国の科学哲学者、科学と疑似科学とを明確に区別する指標として「反証可能性」の必要を提唱したことで知られる。著書に『科学的発見の論理(上下)』〈恒星社厚生閣〉、『推測と反駁』(法政大学出版局)、『よりよき世界を求めて』(未来社)など多数。

続いて中村征樹(なかむら まさき)大阪大学准教授・元理化学研究所改革委員会委員は、「研究成果の発表と研究倫理」と題してSTAP論文の事例を紹介した。

中村征樹氏 提供:北大ALP
中村征樹氏 提供:北大ALP
資料2.「研究活動の不正行為への対応等に対するガイドライン」2014年8月26日 文部大臣決定
資料2.「研究活動の不正行為への対応等に対するガイドラインpdf」2014年8月26日 文部大臣決定

中村氏は「研究活動の不正行為への対応等に対するガイドライン(2014年8月26日 文部大臣決定)」の見直し・運用改善等に関する協力者会議の委員である。STAP問題を概説し、次の3点を問題提起した。

一つ目の指摘は、実態以上に成果を強調したことである。「STAP論文発表のときから実用性・応用性に踏み込んだ発言で、メディアを通して多くの人に過剰な期待を持たせた。仮に不正がなければ問題なかったのだろうか?」と問いかけた。

二つ目に、「研究倫理の問題は、いわゆる研究不正だけではない」として、『Nature 2005』のアンケート結果(過去3年間の研究不正の自己申告)を例に挙げた。特定不正行為(ねつぞう、改ざん、盗用)以外のさまざまな不適切な行為が頻発していたことを問題視し、「不正とは性質が異なるが、無視できず、違った形での対応が必要。教育の役割が期待されている」と述べ、日本学術振興会『科学の健全な発展のために-誠実な科学者の心得』を紹介した。

最後に、研究発表の倫理とhype(誇大広告、誇大表現)を取り上げた。研究者は研究資金の獲得、メディアは読者へのインパクトを意識して相互に問題を増幅させていると分析し、「誠実で責任ある発表」を考えるよう訴えた。

パネルディスカッションでの論点

以下、登壇順に要点を報告する。

●STAP問題から何を学ぶか

南波直樹(なんば なおき)理化学研究所多細胞システム形成研究推進室広報担当は、個人的な見解と前置きした上で、問題がなぜ複雑化・巨大化したのかを、広報と報道のあり方から検証した。研究以外の部分に着目した報道が多かったことを省み、適切なプレス発表のためには、「研究者と広報担当者の明確な役割分担と、所内で近い分野の研究者による発表内容の事前チェック」など、危険を予想しての対処が必要であると語った。また、「科学コミュニケーションという広報機能」も大切であるとし、発信方法の検討の重要性を強調した。

●研究成果を報じる喜びと苦しみ

永山悦子(ながやま えつこ)毎日新聞科学環境部副部長は、STAP細胞論文問題の担当デスクだった。理研の対応に苦言を呈しつつも、「ネット査読(クラウド査読)による疑義の噴出」という時代の流れを捉え、報道現場の声を伝えた。「最近は研究の競争の高まりから成果の発表を急ぎ、研究の社会的意義を強調する傾向だ。記事にするかどうかの判断が難しい。ウェブページは新聞より掲載のハードルは低いが、同じ信頼性の担保が求められる」。さらに「研究成果の発表について、メディアはどこまで真偽を確認すべきか?確認できるのか?科学ニュースとして社会の関心にどう応えるべきか?」が課題であるとした。

●科学の事件は社会からどう見られているか

榎木英介(えのき えいすけ)近畿大学医学部講師・研究倫理教育担当者(RIO)は、STAP問題について数々のメディアから取材を受けた体験を基に、広報とジャーナリズムの中間的な立場の何かが必要であると話した。榎木氏はNPO法人サイエンスサポートアソシエーションの代表として、若手研究者が抱える問題を発信してきた。STAP問題でも、研究体制や科学技術予算などの構造的な問題に眼を向けてもらうことを心がけてきたが、寄せられる声にはSTAP細胞の研究とは無関係なゴシップ的な質問も少なくなかったという。「社会の利益と自分が所属する集団の利益が相反したとき、自分はどうすればよいか考えさせられた」と真情を吐露し、「一般の素朴な問いに対し、上から目線でなく、人々と一緒に考えていく人たちが必要」と結んだ。

●科学事件と研究現場 研究者/表現者の立場から

岩崎秀雄(いわさき ひでお)早稲田大学教授は、生命美学のプラットフォーム「metaPhorest」の代表で、生命科学の研究と芸術表現活動を同時に展開している。STAP問題では、プレスリリースや報道の誇張、誘導尋問的な取材が、研究者の言語感覚や良識をまひさせる危険性があると思うようになったという。そうした危険性から距離を置き、あるいは対抗するために、岩崎氏は発表媒体の多様化と個人や少人数の研究形態という在り方を提示し、自宅のラボで取り組んでいる自らの実験作品を紹介した。「ポストゲノム時代のバイオメディア・アートの調査研究」の成果や、先鋭的な国内外のアートプロジェクトの映像も場内の目を引いていた。

総合パネル討論
研究成果発表を「なぜ」「どのように」行うかを問い直す

前述したJACST会長の岡田氏と、先のパネリスト4人が登壇した。ファシリテーターを小出重幸(こいで しげゆき)日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ)会長が務め、渡辺政隆(わたなべ まさたか)日本サイエンスコミュニケーション協会(JASC)会長代行と、内村直之(うちむら なおゆき)北海道大学高等教育推進機構オープンエデュケーションセンター科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)協力教員がコメンテーターとして参加して、「科学ジャーナリズム」「実名での発言」「リスクマネジメント」などを焦点に話し合った。

登壇者。左より、永山悦子氏、榎木英介氏、岩崎秀雄氏 提供:北大ALP
登壇者。左より、永山悦子氏、榎木英介氏、岩崎秀雄氏 提供:北大ALP
左より、小出重幸氏、岡田小枝子氏、南波直樹氏 提供:北大ALP
左より、小出重幸氏、岡田小枝子氏、南波直樹氏 提供:北大ALP

南波氏は、対策本部の設置と情報集約の必要性を訴えた。「領域を超える課題に応える科学コミュニティーの学際的なコメントが求められている。取材は拒まず適切な話を用意すること」と述べ、永山氏は、研究機関とジャーナリズムが「お互いに誠実に情報提供と報道活動を行うべきである」とし、「相手の知りたいことに責任を持って答え、伝えたい」と語った。南波氏は「過剰取材が起きると個人にプレッシャーがかかる」、永山氏は「スタート時点から組織としてきちんと対応する」と、共に初動の大切さを訴えた。

岩崎氏は、「芸術家はゼロベースから自分なりの視点で何かを読み取り表現することに優れている。科学を表現する上で芸術は強みになる」と語った。榎木氏は、「日々の暮らしの中で博士号取得者が何かできるのでは」と話し、事件が起きたとき専門に近い人々による「緩やかなネットワークの形成」を期待した。さらに「テレビに出演し続けても、テレビ局の要求に応じようとして取り込まれないように」と注意を喚起した。岡田氏は「メディアがストーリーを作る。最近は取材のときに広報が同席する機会が増えている。クライシスのときに流れを見ながらサポートできるので、広報としては研究者と2人3脚で取り組みたい」と語った。

最後に、リーダーを目指す学生たちに対して各パネリストから、「科学研究を相対化しながらクリティカルに科学を見てほしい(岩崎氏)」「科学擁護者だけにならず、凝り固まらず自分の位置づけを俯瞰的に見てほしい。それが自由であることを意味する (榎木氏) 」「社会の中に科学があるという視点から研究を行ってほしい (永山氏) 」「hype(誇張)の問題に気を付けてほしい(南波氏)」「所属による縛りは仕方がないとして、社会とのコミュニケーション力を培ってほしい(岡田氏)」などのメッセージが送られた。

科学の報道に「何を」求めるか。読者、視聴者側にとっても情報リテラシーを考える良い機会だった。

(サイエンスレポーター 成田優美)

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