レポート

基礎科学の振興のために-大隅基礎科学創成財団が創設記念セミナーを開催

2017.11.07

科学コミュニケーションセンター

 「基礎科学のルネサンスをめざして」をテーマに、一般財団法人大隅基礎科学創成財団(OFSF)主催の創設記念セミナーが10月18日、東京都千代田区の如水会館で開催された。今年8月9日に財団が正式発足したことを記念しての企画。理事長は昨年のノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典氏(東京工業大学科学技術創成研究院栄誉教授)。大隅氏は「日本の大学における基礎科学の現状が危機的な状況にあるのでは」との認識から、「何とかしなければいけない」と財団を立ち上げたという。このセミナーは「財団の活動には企業や個人の多くの協力が必要であり、それについての理解を得る機会」として企画された。この日は株式会社堀場製作所代表取締役会長兼社長の堀場厚氏、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)理事長の濵口道成氏、そして同財団理事長の大隅良典氏が登壇した。参加者は100人を超え、かなり関心を持った様子で講演者らの話に聞き入っていた。

写真1 如水会館で開かれたセミナー会場の様子。講演が始まる前に既に満席となり関心の高さが伺える
写真1 如水会館で開かれたセミナー会場の様子。講演が始まる前に既に満席となり関心の高さが伺える

財団設立の経緯

 理事長である大隅氏の冒頭の挨拶に続いて、理事の木村廣道氏(東京大学大学院薬学系研究科客員教授)は財団設立の経緯について披露した。立ち上げの検討を始めたのは2016年の2月で、「大隅氏がノーベル賞を受賞する前から議論を重ねてきたこと」「大隅氏がノーベル賞および生命科学ブレイクスルー賞(2016年12月シリコンバレーにて受賞式が行われた)の賞金を元に約1億円を拠出して同財団をスタートさせたこと」などを明かした。今後は企業や個人による寄付が活動資金となる。

 主な活動について木村氏は、「生物学分野における先見性、独創性に優れた基礎研究の助成」「企業経営者、研究者、大学などの研究者らとの勉強会、交流会開催および助成」「市民を対象とした基礎科学の普及、啓発活動」「次世代を担う小中高校生と研究者とのふれあいの集いの開催」などで、「啓発活動」と「助成活動」の2つに分類されると説明した。

写真2 財団の設立経緯について説明する理事の木村氏
写真2 財団の設立経緯について説明する理事の木村氏
写真3 堀場製作所代表取締役会長兼社長の堀場氏
写真3 堀場製作所代表取締役会長兼社長の堀場氏

日本で優秀な基礎研究者を育てることが大切

 続いて、堀場製作所代表取締役会長兼社長の堀場厚氏が登壇し、「アカデミアと企業のコラボレーション〜潮目が変わる時代にこそ基礎研究〜」と題して講演した。同製作所は本社のある京都で「自動車の排気ガスの計測システム」「大気汚染や水質汚染などの環境計測システム」「半導体関連製品」を中心に開発し、世界的にビジネス展開している。特に、「自動車の排気ガス計測システム」は世界シェアの80%を占める。堀場氏は同製作所の製品が世界中に受け入れられていることについて、「ただ『もの』を作るのではなく、製品そのものを開発していくスピリットがユーザーに伝わっていると思う」と分析している。堀場氏のいう「スピリット」とは「基礎をきっちりする、着実に開発をしていく、そして人材を育てていく」という企業精神を意味している。

 堀場氏は大学の研究においてもこの「スピリット」は同じだという。そして、「いろいろな基礎的な勉強や学問において、どれだけオリジナリティを出せるかが非常に大切だ」と強調した上で、「博士課程でも先生に『何をしたらいいですか?』と聞く学生がいるようだ」などと例を挙げながら、「今の日本の学生には物足りなさを感じている」と感想を述べた。

 「私たちは、京都と熊本で製品を生産しています。つまり日本製なのですが、基本的な技術は世界中から集めてきた技術です。本当は日本でオリジナリティを出せる研究者や大学などと組みたいのですが、それが難しい」

 財団に対しては「産業も含めて、国のために研究して競争力を維持できるように基礎研究者を育ててほしい」と期待感を込めて講演を終えた。

しっかりした研究には大学と企業の連携が必要

 続いて登壇したのはJST理事長の濵口道成氏。「品格ある基礎研究の推進を」と題して講演した。濵口氏は「日本の基礎科学の進展に危惧を感じている」と厳しい言葉で口火を切った。同財団理事長の大隅氏と同じロックフェラー大学に留学経験を持つという濵口氏。「同大学は創設から117年しか経っていないのに、既に25人がノーベル賞を受賞した」と、大隅氏も含めて名前がずらりと並んだスライドを映しながら解説した。

 日本人研究者のノーベル賞受賞者のうち米ロックフェラー大学出身者は約半分の13人。国別ノーベル賞数で日本は現在第2位だ。濵口氏は、こうした輝かしい最近の実績の一方で研究不正についても、トップテンの中に3人の日本人が入っている点についても触れた。こうした状況になった背景には「常勤講師の人件費の減少と非常勤講師の人件費の増加」「『ポスドク』と呼ばれる博士研究員の増加」「人材の海外への流出」などの「日本の構造的な問題」があるのではないか、と指摘している。

 日本の科学技術関係予算が第1期科学技術基本計画(1996〜2000年)で伸びた時には、科学研究費と「トップ10%被引用論文件数」はともに並行して伸び、その後は両者ともにフラットに推移している。その傾向を示すグラフを示しながら、「大学は2004年に法人化して、その後3億くらい予算が減っても頑張っている」のに対して、「企業は1999年あたりをピークに中央研究所を閉鎖する企業も多く、全体的に縮小し始めている」と述べた。

 さらに、「企業も相当数の研究投資をしているが、大学まで行き渡らない」「大学と企業がしっかりとした共同研究ができるシステムができていない」「お互いの信頼関係が作られていない」などと指摘し、これらの課題を解決するために財団設立を決断した大隅氏を「素晴らしい」と称えて講演を終えた。

写真3  JST理事長の濵口氏
写真3 JST理事長の濵口氏
写真4 財団理事長の大隅氏
写真4 財団理事長の大隅氏

基礎研究費の新しいシステムを作りたい

 最後は同財団理事長の大隅氏が登壇し、「50年の研究生活から想う基礎科学研究」と題して講演した。

 大隅氏は1945年に福岡で生まれた。1960年代の大学院生の時に、新しい学問として出てきた分子生物学に出会ったことでこの領域に入ったという。濵口氏と同じくロックフェラー大学に留学した。期間は3年間。その後、東京大学理学部植物学教室の助手になる。「おそらくその頃から40年近く酵母という小さな細胞と向かい合っていました」と酵母を使ってのオートファジー現象の研究生活を振り返る。

 酵母はパンの材料として知られる「微生物」だ。私たちの体を構成する細胞のモデルとして最も解析が進んでいる。大隅氏は酵母細胞の中の「液胞」に着目した。当時、液胞は「ごみため」という認識しかなかったために誰も興味を持たなかった。そこで「人がやらないことをやろうと思った」。液胞には分解酵素がたくさん含まれていることから「タンパク質がどうやって分解されるのだろう?」という知的な興味から研究が出発したことを紹介した。細胞内でタンパク質が分解される現象を「オートファジー」と呼び、大隅氏は酵母細胞内の液胞という小器官を使ってこの現象を解明している。

 大隅氏がオートファジーの研究をしていた頃は、関連する論文数は年間数十本程度だったが、今では年間5000本もの論文が出ているという。同氏は「大きな領域の研究には時間がかかるし、それが応用されるまでにはもっと長い時間が必要」としつつも、「今の若者はチャレンジングな研究、先の見えない研究をすることが非常に難しい状況になっている」と指摘した。また、研究費の面においては「大学の置かれている状況は深刻で、基礎研究費が本当になくなってきている」「競争的研究資金を得るには、速く結果を出せるような流行の分野が評価される」などの問題点を強調した。

 これらの問題を解決するために、大隅氏は「社会全体で基礎科学を支える仕組み」「大学の基礎科学研究者と企業との新しい連携の仕組み」の2つの課題を提案した。その際、「財団の趣旨に賛同して寄付をしていただき、寄付をした方の思いが基礎科学研究に主体的に参加しているという共感的意識が大事だ」と語っている。

 集まった資金は、「基礎研究」「応用研究」「継続性が求められる研究」「長期的な研究」などの中で、「研究者目線に立った支援」に使われるという。「この新しい研究システムに大学の若手からシニアの研究者、企業の経営者や研究者、マスコミなどの理解をいただきながら活動していきたい」と述べてこの日の講演を終えた。

(科学コミュニケーションセンター 早野富美)

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