レポート - 研究開発戦略ローンチアウト -

第72回「インドの科学技術・イノベーション動向について」

科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット 樋口壮人 氏

掲載日:2016年5月2日

樋口壮人 氏
樋口壮人 氏

私が所属する研究開発戦略センター(CRDS)海外動向ユニットでは、我が国の科学技術・イノベーション戦略を検討する上で重要と思われる諸外国の動向について調査・分析を行っており、その調査結果を内外に発信しています。2016年2月には海外調査報告書「科学技術・イノベーション動向報告~インド編~ を発行しました。本レポートでは、インドの現状や科学技術・イノベーション動向について紹介します。

インドの概況

近年では、グーグルのCEO(最高経営責任者)にインド人のサンダー・ピチャイさんが就任したように、欧米企業ではインド人の活躍が目立っています。しかしインドという国全体を見れば、まだまだ発展途上にあるといえます。一人当たりのGDPを見ても中国の半分以下です。そしてもう一つの特徴として、多様性に富んだ国であるともいえます。インドは29の州と7つの連邦直轄領から構成されていますが、州により言語や税制度が違うこともあり、一つの国であるにもかかわらず多様性が見られます。つまりインドという国は、一つの国というよりは多くの国が集まった国家連合のようなイメージの方が近いのかもしれません。

インドの人口と社会

インドの人口は約12億人であり、中国に次いで世界第2位です。さらに若い人の割合が多いのがインドの特徴です。またカースト制度の影響も残っていて、バラモン、クシャトリア、バイシャ、シュードラという4つの大きなカーストの中に、職業別に2,000~3,000ものカーストが存在しています。さらにこれら4つのカーストの下にもカーストがあり、指定カーストと呼ばれています。

インド経済とモディ政権の方向性

インドでは冷戦崩壊後、1990年代に経済が自由化され、IT産業が発展してきました。しかしその一方で製造業はまだ発展途上にあります。そこでナレンドラ・モディ首相は「メイク・イン・インディア」により、海外から企業を呼び込み、製造業を発展させることにより、若い人のための雇用を生み出そうとしています。ただしインドでは道路の整備がまだ不十分であることや、州の境を越える際には自家用車以外の車はお金を払わなければならないなど課題もあります。工場から港までスムーズに製品を運べなければ製造業の発展は難しいかもしれません。

科学技術イノベーション

インドではIT産業などで成功した人は豊かな生活を送れますが、それ以外の多くの人々は、まだ貧しい暮らしをしています。その一方でインドでは民主主義が確立しており、12億人も人口がいることから世界最大の民主主義国といわれています。そのため政府も貧しい人を意識した政策を採らざるを得ないのが現状であり、国の予算計画である5カ年計画の科学技術の章では、保健・食料・エネルギー・環境分野などで解決すべき課題があることを意識したものになっています。イノベーションの章でも、保健医療・水・交通などに対する人々のニーズに対して、手ごろな価格での解決策を模索しています。ただしインドはパキスタンと軍事的な緊張関係にありますので、軍事に関する宇宙・原子力分野にも力を入れています。

高等教育と大学

すでに述べたように、近年では欧米企業でインド人の活躍が目立っていますが、そのような優秀な人材が生まれる背景としては、インド国内における激しい競争が挙げられます。インドの大学で有名なものにインド工科大学がありますが、インド工科大学は1校ではなく、全国に16校あります。インド工科大学に入学するためには、16校共通の試験を受ける必要があり、約130万人の受験者から1万人が合格できます。つまり合格率は1%未満という狭き門です。このような激しい競争を勝ち抜いた学生であるために、優秀な学生が多いといえます。また合格枠の一部が指定カーストの人々のために確保されているのも特徴です。

科学技術のインプットとアウトプット

2011年の世界銀行の統計によれば、インドの研究開発費の対GDP比は0.82%であり、韓国の3.74%、日本の3.38%、米国の2.77%、中国の1.79%よりも低い値です。これは政府・民間企業・大学などを合わせたものですが、日米中韓に比べてまだあまり大きいとはいえず、特に中央政府の負担割合が約半分となっています。その内訳を見ると、「防衛」「農業製品技術」「病気の予防と健康」の促進の3つで約半分を占めており、前述のように、貧しい人々を意識した政策にならざるを得ないことに加えて、パキスタンとの軍事的な緊張状態にあることも背景にあるといえます。インド人の研究者の数は日本の3分の1程度であり、論文や大学ランキングもまだそこまで高い位置にあるとはいえません。

まとめ

インドではIT産業の発展が目立ちますが、12億人全体を見れば、まだまだ貧しい人が多いのが現状です。インド政府としても貧しい人々を意識した政策を採らざるを得ないというのが現状でしょう。その一方でインド工科大学のように優秀な学生を生み出している大学もあり、インドには優秀な人材があふれているともいえます。インフラの脆弱性など課題が多いことも考えますとインドがこれから順調に発展していけるかどうかは未知数です。しかし、ポテンシャルの高さには目を見張るものがありますので、これからもインドの動向に注目していきたいと思います。

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