レポート - 研究開発戦略ローンチアウト -

第59回「中国の『システム科学』とは」

科学技術振興機構 研究開発戦略センター システム科学ユニット フェロー シンジャワ 氏

掲載日:2014年8月25日

シンジャワ(科学技術振興機構 研究開発戦略センター システム科学ユニット フェロー)

システム科学の海外動向の調査と広報の一環として、2月21日に「イノベーションを牽引するシステム科学技術 ~日米中の動向に学ぶ~」というシンポジウムを開催した。米国のファンディング機関NSFの工学部門長のカルゴネッカー氏と、中国科学院システム科学研究所を率いるゴウ氏に来日いただき、それぞれの国のシステム研究の動向について講演いただいた。両氏とも制御理論の分野で世界的に著名な研究者である。カルゴネッカー氏は、米国の工学研究が製品化、実装を視野にシステム思考で計画され、実施されていることを示し、NSFのファンディングにおけるシステム思考の重要性について説明した。一方、ゴウ氏は、「システム科学」が中国では確立された研究分野であることを強調し、これまでの研究所や学会の活動とその立役者について説明した。詳細に関心のある方は是非シンポジウムの報告書をご一読いただきたい。

CRDSシステム科学ユニットにいると、「システム科学とは何か」とよく問われる。本稿では、ゴウ氏の講演内容とともに昨年中国で研究者らにヒアリングした結果も含めて、中国の「システム科学」について紹介したい。


「システム科学」とシステム思考

後述する中国の「システム科学(Systems Science)」「システム工学(Systems Engineering)」と同様な学位やカリキュラムは米国の大学院教育にも存在する。カルゴネッカー氏によると、米国のエンジニアリングにおけるシステム思考の養成には、全米の大学で実施されているグループ実習(キャップストーン・デザイン)の貢献も大きいという。つまり、学問領域として「システム」を専攻することのみが、システム思考の育成につながるわけではないということである。ただし本稿では、中国社会に学問・研究領域として浸透している「システム科学」について述べるので、この点に留意して読んでほしい。


銭学森の大きな足跡

では、中国の「システム科学」では何を研究しているのか。我々は昨年、ゴウ氏の所属する中国科学院システム科学研究所(ISS)を訪問し、複数の研究者と意見交換した。ISSに所属する研究者の専門分野を見ると、トポロジー、幾何、サイバネティクス、制御理論、複雑性、金融管理、経営、生物数学、意思決定、予測技術など多岐にわたっている。しかし、彼らに共通しているのは、全員が数学に強いバックグラウンドを持っていることである。

中国のシステム科学を語る際に皆が名前を挙げる人は、銭学森である。読者にもこの名前に見覚えのある方がおられるかもしれない。中国では宇宙開発の父として知られ、義務教育の教科書に載る人物である。銭学森はNASAジェット推進研究所(JPL)の創設者の1人として宇宙開発の研究に携わり、著書『Engineering Cybernetics』(McGraw-Hill, 1954)は米国で制御工学の教科書にもなった。

ゴウ氏は、銭学森の業績とともに中国の「システム科学」の発展には3つの段階(第1期:1950年代~、第2期:1970年代後期~、第3期:1990年代~)があると説明した。第1期は1955年の銭学森の帰国に始まる。銭学森は、1956年に中国科学院力学所にオペレーションズ・リサーチの研究室を、1962年中国科学院数学所に制御理論研究室を立ち上げた。これら2つの研究室がISSの起源になる。当初は軍部の研究者が中心となって、航空宇宙技術開発のために誘導論などの制御技術が教授されていた。並行して1961年には中国自動化学会(Chinese Association of Automation)が発足している。

第2期は1970年代後期から始まる。この時期を「中国系統工程(Systems Engineering)研究の初期」と呼ぶ人もいる。銭学森は1978年に論文「Systems Engineering ? a Technology for Organization and Management」を発表し、制御の考え方を、組織や管理などに応用しうることを示した。これを受けて1979年には中国科学院数学所から分離する形でISSが設立され、続いて1980年に「中国系統工程学会」(Systems Engineering Society of China, SESC)が誕生した。

SESCはISSに本部が置かれ、社会科学と自然科学双方の研究者を集めているところに特徴がある。現在、学術誌10冊を発行し、会員数は11,000人以上と大きい。社会経済、軍事、農業、交通、意思決定からシステム理論、数学まで18の専門分科会が組織されている。学会では、「システム科学とシステム・エンジニアリング」発展のための調査や用語集の製作だけでなく、「低炭素経済発展」「国際金融システム」などの分野で、中国の国家戦略に関するコンサルティングを政府から受託している。 教育面への波及としては、1978年には上海交通大学、清華大学、華中工学院(現、華中科技大学)、天津大学、大連工学院(現大連理工大学)、西安交通大学の6大学に「系統工程」(Systems Engineering)専攻が創設された。これを皮切りにシステム・エンジニアリングの社会での認知が高まった。

第3期は1990年代からである。銭学森と戴汝為(後に中国自動制御学会理事長)は1990年に論文「A new discipline of science ?The study of open complex giant system and its Methodology」を発表し、経済問題、環境問題などを「オープンで複雑な巨大システム」と捉え、その問題解決のための方法論の科学研究を促した。銭学森自身は1992年に 「Hall for Workshop of Meta-synthetic Engineering (HWME)」という合意形成の方法論を提唱する。これは、コンピュータの情報処理にアクセスできる形式で知識人の叡智を集めて議論し、合意形成、意思決定を行うというものであり、現在もその発展形や、可能性の検証に関する論文が若い研究者によって発表されている。その後、卒寿を過ぎた銭学森は2000年以降「Systematology」という造語を用いて、独自にシステム科学の定義とその方法論の説明を試みた。

この間、中国のシステム科学界からは「WSR」という方法論が1994年に顧基発(前述の力学研究所オペレーションズ・リサーチ研究室出身)によって発表された。これは儒教・道教などの東洋思想に基づく認識・合意形成の方法論であり、中国内のみならず海外の研究者からも評価されている。また、中国のファンディング機関である国家自然科学基金委員会(NSFC)は意思決定に関するシステム研究の大型プロジェクト「Metasynthetic systems with combination between man and machine for decision support of macroeconomics」(1999-2003年)を実施している。

銭学森は2009年に逝去した後の今でも、中国社会主義経済学の開拓者と呼ばれる薛暮橋と共にSESC名誉理事として名を残している。銭学森によって牽引された中国のシステム科学は、航空宇宙開発の工学分野に始まり、マネジメントや意思決定の分野にまで拡大している。日本語の「制御」は機械工学領域のイメージが強くて対象範囲を狭めるが、英語の「コントロール」が日本語の「管理」も含めると考えれば、「コントロールのための数学を基盤技術とする科学」という言い方が中国の「システム科学」を一言で表現する場合に最もふさわしい。ISSには、意思決定や予測科学などの比較的新しい応用を試みる研究者が集まっており、年40本のコンサルティングレポートを政府に提出し、政府の月例経済円卓会議にも出席している。政府にとっては、政策が数学によって「科学的」に保証されていることが重要である。 一方、従来の機械や電気などのシステムを対象とする研究者は、大学や、中国科学院では自動化研究所などにいることが多い。NSFCの科研費には「制御」「システム理論」などの分科・細目があり、研究者層は厚い。第2期に創設された「系統工程」学科/専攻は、その後の大学再編成により「制御」「自動化」学科などに組み入れられ、現在はなくなったが、高等教育のカリキュラムには、「システム」の名が残っており、「システム科学」「システム・エンジニアリング」の学位が存在する。


システム科学の教育

中国では大学・大学院教育における学位とそのカリキュラムは中央政府によって一元的に定められている。その一覧表では、理学の分類に「システム科学」、工学の分類に「システム・エンジニアリング」がある。

理学の「システム科学」の学位が制定されたのは比較的最近で、1990年のことである。この領域を提案したのは従来の数学や制御理論の研究者たちで、ISSの設立に携わった研究者も含まれている。修士・博士のみの学位で、「数学」「物理学」「化学」などと並列される。大学院入試では、大学レベルの線形代数、統計学と制御工学が問われる。大学院カリキュラムには、確率論、グラフ理論、ゲーム理論、情報理論といった科目が基礎科目に、最適制御、非線形システム、信号処理、適応制御などが基礎専門科目に、マルチエージェントシステム、複雑適応システム、複雑ネットワーク等が専門科目に定められている。

厳密に言うと、「システム科学」はさらに2つの専門領域「システム理論」と「システム分析と設計」に細分化されている。履修内容によって「システム科学」の上位学位(一級学科)を得られるか、専門学位(二級学科)にとどまるのかが決まる。ただし、これらのカリキュラムを履修できる大学、教育を認められた大学は非常に少なく、国が実施している大学教育評価では7大学しか挙げられていない。2011年の学位授与数は、一級学科と二級学科を合計しても、博士が15人、修士が74人であった。

米国と同様に、中国でも取得できる学位名と所属する専攻名とが一致することは稀である。中国では2013年4月に初めて、「システム科学部」という名称の学部が北京師範大学に誕生した(「系統科学学院」(School of Systems Science))。ISSの研究者らはこの動きの拡大に期待を寄せている。

一方の工学分類の「システム・エンジニアリング」は専門(二級学科)で、71大学で教育されており、学生数も多い。上述の通り歴史もある。「制御理論と制御工学」「計測技術と自動化装置」「パターン認識とシステム」「ナビゲーション、ガイダンス、コントロール」の専門学位をまとめて、上位「制御科学とエンジニアリング」(一級学科)学位としている。ここでも制御とシステムの強い関係がわかる。ただし80年代以降、ここでいう「システム」とは複雑系システムのことを指し、社会経済、交通運輸、エネルギー、人材開発、経営など、対象はさまざまである。システムの分析、設計、評価、管理する技術が教えられている。


日本のシステム科学発展の可能性

本稿では、中国では既に確立した分野である「システム科学」の内容を紹介した。ただ、国によってシステムの概念が異なるため、日本には日本に適した教育・研究内容を築いていけばよい。

「システム科学とは何か」という私の質問に丁寧に答えてくれた中国人研究者の言葉を借りると、「システム科学は方法の研究であり、実際に研究するには対象が必要である。しかし、対象は車、エネルギー、農業、経済と異なっても、同じ方法のプローチができることもある。だから、我々は対象に関係なく、方法論を議論する」とのことである。

当ユニットでは、日本の縦割り社会のなかでさまざまな分野のシステム構築の専門家に交流がないことに注目し、昨年度より異なる分野の専門家を集めた会合を複数回開いた。そこでの検討結果も踏まえて「システム構築方法論」という括りで技術俯瞰を試みている。

  注)本稿では、中国語の「工程」、英語の「Engineering」の訳を、あえて日本語の一般的な訳語である「工学」とせず、単語の本質を重視して「エンジニアリング」とした。


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