レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第36回「持続可能な社会に向けた環境・エネルギー科学技術の課題」

2012.07.20

増田耕一 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 環境・エネルギーユニット フェロー

科学技術振興機構 研究開発戦略センター 環境・エネルギーユニット フェロー 増田 耕一

 人間社会は、地球環境の物質の循環とエネルギーの流れに依存して成り立っている。そして人間活動は地球環境を、ときには意図的に、ときには意図せずに作りかえてきた。農業や漁業や都市建設に伴う生態系の改変は、人間の歴史とともにあった。しかし、特に200年ほど前から、人類は化石燃料を動力として使う能力をもち、人力や畜力だけでは不可能な大量の物体を動かすことができるようになった。また、20世紀には科学を応用した化学合成や電気の技術が発達した。現代科学技術の、食料生産、輸送、感染症予防、情報処理などへの恩恵はとても大きい。人類は平等に幸福を追求する権利があるという立場から、この恩恵は世界のすべての人々に行きわたるべきだ。しかし、世界の人々が、日本のような工業国の水準で資源を消費し、環境を改変することは持続可能でなさそうだ。

「地球の限界」

 「地球の限界」は1999年に水谷広氏が編集した本(*1)の題名になっているが、ほぼ同じ意味の「Planetary Boundaries」ということばが、スウェーデンの水文学者ヨハン・ロックストローム氏が筆頭著者となった2009年の論文(*2)をきっかけに、話題となった。この論文では人間活動による環境改変の9つの側面について持続性の限界を越えているかどうか検討し、少なくとも生物多様性、窒素循環、気候について、すでに限界を越えたとしている。

生物多様性:

 人間は土地被覆を農地や都市などに改変することによって、また魚や木材などの生物資源をその再生能力を上回って収穫することによって、多くの生物種の生息可能域を狭め、その一部に絶滅をもたらしている。

窒素循環:

 人間活動による窒素循環の改変は、生物が関与する自然の窒素循環と同規模に達している。人工窒素固定で作られた化学肥料の一部は環境中にもれ、一部は消費されたあと”畜産廃物”や生活排水として環境中に出ていく。また燃焼の際に大気に排出された窒素酸化物は陸・海に降下する。これらによる環境中の硝酸イオン等の過剰は生態系を撹乱する要因となる。

気候:

 人間活動によって大気中に排出された物質、とくに化石燃料の燃焼由来の二酸化炭素が、自然のエネルギー収支を改変し、地球温暖化(全球平均地上気温の上昇を主要シグナルとする気候変化)をもたらす。人間がこれまで数千年間の気候に適応してすでに地球の利用可能な土地の多くを占有している現状のもとでは、気候の変化は温暖化・寒冷化のいずれであろうと世界の人間社会にとって困難をもたらす。

 人間がもたらしている生物多様性の危機の主要因は、人間が食料や木材などを求める第一次産業である。窒素循環の改変の主要因は、現在の人口の人間に食料を供給するために不可欠な化学肥料である。気候の改変の主要因は、産業革命以後の生活様式に不可欠となったエネルギー資源利用である。人間社会が活動を続けながらこれらの環境改変を減らしていくこと(気候変動に関しては「緩和策」と呼ばれている)は容易ではないが、人類自身の持続的生存のために必要なことだ。その努力をしても、いくらかの環境改変が進むことは避けられない。「適応策」、つまり改変された環境のもとで持続的に生存するすべを確保することにも、合わせて取り組む必要がある。

「圧力のもとにある惑星」会議より

 2012年3月、イギリスで開かれた「Planet Under Pressure(PUP)」という国際会議に参加した。これは、ICSU (国際科学会議)傘下の国際研究プログラム「IGBP」「IHDP」「DIVERSITAS」「WCRP」とそれらの横断的活動である「ESSP」[略語の意味は文章末参照] にかかわる科学者や科学研究推進組織による会議だった。これらの研究プログラムの再編成が前述のロックストローム氏を含む作業グループによって検討され、結論として「Future Earth」の名のもとにまとめるという構想がPUPの場で示された。(ただしWCRPはWMO(世界気象機関)の事業でもあるので存続する見込み。)また、PUP会議主催者は、その後6月に開かれた「国連の持続可能な開発の会議(Rio+20)」に科学者の声を届けようという意図ももっていた。

 PUP会議での話題は、生態系・生物多様性の保全(とりわけ途上国の森林保全)、気候変動の緩和と適応、貧困の解消、地域環境にかかわる意思決定への住民参加などに重点が置かれた。窒素循環は、全体会での影は薄かったが、分科会の主題にはなった。

 ただし、放射性物質による環境汚染は重要課題として取り上げられなかったし、気候変動の緩和の方策の話はあまり具体的ではなかった。福島第一原子力発電所事故後の日本では考えにくいことだが、英語圏では、地球環境に関心が高い人の内でも、「地球温暖化のリスクに比べれば放射性物質のリスクは受忍限度内であり、原子力利用を維持・拡大するべきだ」と主張する人がいる。たとえば、Planetary Boundariesの話題を紹介する本を書いたイギリスの科学ライターのマーク・ライナス氏がそうだ(*3)。PUP会議主催者は、そのような人々と化石燃料にも原子力にも頼りたくない人々との“あやうい連合”になっていたにちがいない。

持続可能性の観点からエネルギー技術開発への要請

 持続可能性の要請のうちで、とくにエネルギー利用と密接にかかわるのは、気候変動緩和策の主要部分である二酸化炭素の排出削減だ。その方法は、エネルギー需要の削減、化石燃料以外のエネルギー源の活用、二酸化炭素の隔離貯留が考えられる。エネルギー需要の削減には、エネルギー資源を使う生産・消費活動を減らすことと、エネルギー利用効率の向上がある。化石燃料以外のエネルギー源には再生可能エネルギーと原子力がある。

 このうち、エネルギー利用効率の向上と再生可能エネルギーの利用促進を進めるべきことは明らかだ。しかし、再生可能エネルギーは化石燃料や核燃料ほど集中して得られず、とくに太陽光と風力は時間的にも間欠的だ。原子力には、”放射性廃物”を将来長期にわたって人間社会や生態系から隔離するという、未解決の課題がある(今後利用しないとしても、これまでの使用済み燃料や廃炉により生じる廃物の隔離が必要だ)。しかし化石燃料を使えば膨大な二酸化炭素が排出され、それを隔離する技術はさらに未開拓である。

 日本について、今ある技術を前提とすると、再生可能エネルギーは需要のわずかな部分しか満たせない。「”放射性廃物”のリスクのある原子力か」「全世界に及ぶ温暖化・海洋酸性化のリスクのある二酸化炭素隔離なしの化石燃料利用か」「経済不況慢性化のリスクのある生産・消費活動の抑制か」の少なくともいずれかが避けられなくなってしまう。

 そこで、次のような技術開発に国として力を入れる必要がある。(これらは筆者の所属するCRDSの環境・エネルギーユニットで重視されている課題でもある。)
再生可能エネルギーをよりうまく利用するための技術。とくに、供給が時空間的に不均一な太陽光・風力などのエネルギーを貯留・輸送する媒体とそれを扱う技術。

 発電・化学合成などの生産過程や運輸・冷暖房・給湯などの消費過程でのエネルギーの散逸(エントロピーの発生)を減らす技術革新。効率の高い熱機関・熱ポンプの開発、建築の改良によるエネルギー需要抑制などを含む。

 なお、核融合、宇宙太陽光利用などは、将来も安全性・環境影響を考慮に入れた意味で実用技術になるかどうか不確かであり、エネルギー将来計画であてにするわけにはいかないが、もし成功すれば持続可能性に寄与する可能性がある。巨大事業にならない範囲で基礎研究を継続的に推進するのが望ましいと思う。

参考文献
※1 水谷 広 編『地球の限界』(日科技連、1999)
※2 Johan Rockstrom et al. A safe operating space for humanity. Nature, 461,472-475(2009)
※3 Mark Lynas. The God Species.(Fourth Estate: London, 2011)

※ IGBP(地球圏・生物圏国際協同研究計画)
※ IHDP(地球環境変化の人間的側面国際研究計画)
※ DIVERSITAS(生物多様性科学国際協同計画)
※ WCRP(世界気候研究計画)
※ ESSP(地球システム科学パートナーシップ)
※ Future Earth

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