レポート

科学広報の開国を

2015.04.03

寿 桜子 / 科学技術振興機構 科学コミュニケーションセンター

 「科学ニュースは好きですか?」

 「科学技術すべて伝えます」を掲げるサイエンスポータルとしては妙な質問だ。では、一般ニュースとしてはどうだろう。いまはやりのニュース・キュレーション・メディアなどでは言語の壁を超えて最先端のニュースがほぼリアルタイムに手に入る。そのほとんどが海外発ニュースであることに疑問を抱いたことはないだろうか。

 多くの科学ニュースは、教育研究機関による科学技術広報、いわゆるプレスリリースが基となっている。その発行の目的は大きく分けて3つあり、第一は、世界的に税金で運用されていることが多い教育研究機関としての「説明責任」である。第二は、優れた研究者や学生をリクルートするための評価・認知度の向上。そして、国際広報に特化した重要な第三の目的は、これらを通じて国際共同研究の形成を後押しすること。一言で例えると「ブランド戦略」なのである。完全実力社会の科学界では、優れた人材は国境を越えて自由に行き来する。その頭脳がどの教育研究機関を選ぶかは研究成果の向上に重要であり、第一歩として研究成果の発表を通じて機関名が多くの人の目に触れ続けることが必要なのである。このようなロジックの上にプレスリリースは発行され、世界の科学ニュースは循環している。さて、日本の科学ニュースはどれほどの人に届いているだろうか。

 こうした危機感を抱く日本全国の科学広報担当者100名近くが集う「国際科学広報に関するワークショップ2015」が2015年3月19〜20日、日本の科学広報担当者の任意団体である科学技術広報研究会(JACST)と沖縄科学技術大学院大学(OIST)の共同主催によってOISTで開かれた。

 このワークショップに関するOISTウェブ記事とスライド資料は公表されているため、ここでは特に議論が盛んだった論点をピックアップする。

「お腹をすかせたモンスター(The Hungry Beast)」のイメージ画像で会場の笑いを誘うコルダー氏
「お腹をすかせたモンスター(The Hungry Beast)」のイメージ画像で会場の笑いを誘うコルダー氏

 ワークショップ冒頭では、国際広報の立場からOIST副学長のニール・コルダー氏が科学ニュースの海外事情、特にその変遷を紹介した。コルダー氏は、CERN、SLAC、ITER(*1)といった世界屈指の研究機関の広報責任者を務めてきた。同氏は、マスメディアはインターネットの普及により「常にお腹をすかせたモンスター」になったという。そのモンスターには常時「エサ、つまり“面白いニュース”」をやらなければならないし、「おばあちゃんに話すようにかみ砕いて」しかも「英語で」ないと食べてくれないと分析してみせた。

「お腹をすかせたモンスター(The Hungry Beast)」のイメージ画像で会場の笑いを誘うコルダー氏
New Scientist誌のヒット記事、結婚式の参列者のオキシトシン測定の意外な結果を示したグラフを説明するジェイミーソン氏

 続いて、英国の代表的科学メディアであるNew Scientist誌からヴァレリー・ジェイミーソン氏が、マスメディアの立場として登壇。「What do journalists really want?」(ジャーナリストが本当に欲しているのは何か)と題して、一般向け科学雑誌のヒット記事を生み出すまでを紹介した。一例として、同誌レポーターの結婚式に日頃から関わりのあった科学者を招き入れ、「信頼と愛情のホルモン」として有名なオキシトシンの血中濃度測定を参列者に対して行った事例を挙げた。このように、プレスリリース経由ではなく、科学者とジャーナリストの直接のやりとりによる特集記事の作成は珍しくないとした。

 優れた科学広報担当者を多く輩出する米カリフォルニア大学サンタクルーズ校で、サイエンスコミュニケーション専攻の講師を務めるロブ・イリオン氏は、米国のサイエンスライター事情を紹介。連邦政府をはじめとする米国の多くの研究機関は内部ライターを抱えており、その人的規模はマスメディアと互角だと報告した。彼が率いるプログラムでは、プレスリリースに頼らず論文そのものを読んで記事を書き起こすスキルを磨くことで “広大な科学の海に光を当て”、「How Science Works(科学はどのように機能しているか)を広く一般に知らしめる」人材育成を目指していると解説した。

 パネルディスカッションでは、国内5機関による国際広報の先進事例の報告とノウハウの共有が行われた。具体的には、英文プレスリリースができるまでの生々しい試行錯誤や、グローバルな科学広報に不可欠とされる情報発信プラットフォーム(*2)の活用事例、その情報発信インパクトを計測するツールの具体例(*3)、米科学振興協会(AAAS)や欧州のESOF(*4)といった国際科学者フォーラムの裏舞台などが紹介され、登壇者同士による活動評価とアドバイスが交わされた。

100人もの広報関係者が集うと、おのずとプレスルームのような雰囲気に
100人もの広報関係者が集うと、おのずとプレスルームのような雰囲気に

 ワークショップの2日目も、成功事例の報告を基にしたパネルディスカッションが行われた。参加者を交えた質疑応答では、これらの事例に対する受け止め方が参加者によって異なっており、科学広報の現場が直面する課題の幅広さがうかがえた。特に重視すべき発言は、機関によってはプロフェッショナルな専任ポストを設けることが可能であっても、多くは国際広報への理解と予算、ガバナンス体制すら未着手の段階にあるという指摘だ。そして、広報業務は個人的な技能に依存することが多くノウハウの継承が困難である上に、機関内の人事ローテーションの対象であるケースがほとんどであるという発言が相次いだ。

 ワークショップの主催者は最後に、「一つの機関だけでは解決しがたい実情を共有できた貴重な集いで、宙をつかむような国際広報に道筋がみえた。日本の科学技術を“出島式対応”にとどめずに世界に知らしめていこう」と総括して議論を締めくくった。

 先週末、日本のトップ大学である東京大学が、世界の有能な高校生や大学生の進学、留学先としては「世界的な滑り止めになっている」というショッキングなニュースが流れた。この背景には研究力や経済支援力の格差など様々な要因が絡んでいるのだろうが、こういった現象の歯止めにも国際科学広報は力を発揮できるかもしれない。日本の科学力が世界で正当に評価されるために、機関を超えてノウハウを蓄積する「チーム広報」の取り組みに期待したい。

注釈

  1. CERN(Conseil Européen pour la Recherche Nucléaire, 欧州原子核研究機構)、SLAC(Stanford Linear Accelerator Center, スタンフォード線形加速器センター)、ITER(International Thermonuclear Experimental Reactor, 国際熱核融合実験炉)
  2. 情報発信プラットフォームとしては、EurekAlert!(米国発)、AlphaGalileo(欧州発)、ResearchSEA(アジア発)。
  3. 情報発信のインパクトを追尾・計測するツールとして、MeltWaterが紹介された。
  4. 代表的な科学者フォーラムとして、AAAS(American Association for the Advancement of Science) Annual Meeting、ESOF(EuroScience Open Forum)、AGU(American Geophysical Union)などが挙げられた。

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