レポート - 研究所レポート -

「科学技術のデュアルユース・ジレンマ」

寿 桜子(科学技術振興機構 科学コミュニケーションセンター)

掲載日:2015年2月12日

「インターネット」で「レトルト食品」を注文すると、無人飛行機「ドローン」が部屋まで届けてくれる。それを「レンジ」でチンして、またインターネットを楽しむ―。こんな便利な生活の到来を待ち望む読者は少なくないだろう。
いまここに挙げたカッコ付きのキーワードはすべて軍事技術から生まれたことにお気付きだろうか。戦争によって飛躍的な進歩を続けた科学技術が民生移転されたおかげで暮らしが便利になったことは、現実として認めざるをえないだろう。

このような科学技術が軍用と民生用の両方にまたがる軍民両用性、両義性のことを「デュアルユース(Dual-use)」という。
2015年1月28日(水)、このデュアルユースに関する最新の動向を共有する研究会が研究者の任意団体・科学コミュニケーション研究会の主催によって早稲田大学(東京都新宿区)で開かれた。

話題提供者の四ノ宮成祥(しのみや なりよし)氏は、防衛医科大学校 分子生体制御学講座の教授で、日本学術会議の報告書「科学・技術のデュアルユース問題に関する検討委員会の幹事を務めた。研究会は四ノ宮氏の専門分野である生命科学におけるバイオセキュリティの事例を中心に進められた。

代表的な事例として、オーストラリアのネズミ駆除のために開発された組み換えポックスウイルスがヒト天然痘ウイルスの強毒化につながるとする学術論争や、9・11後に起こった米陸軍による炭疽菌流出のインサイダー犯行事件、私たちの健康を守るはずの「ウイルスにおける機能獲得研究」がバイオテロに結びつくのではないかと議論を呼んだ問題などが挙げられた。これらは、民間で行われている研究が一歩間違えばすぐにも軍事技術に転用されてしまう危険性の例である。

こういった危険性を未然に防ぐ動きとして、世界各国の研究費配分機関やオープンアクセスフォーラムで研究費拠出のフレームワーク検討段階からデュアルユースに転じるタイミングを見極める議論がなされている。これに関連して、テロリズムに悪用される危険性の高い論文の公表を控える動きや、さらに踏み込んで、危険視される実験は一定期間凍結されるといった試みも紹介された。

四ノ宮氏によると、研究費配分機能を持つアメリカ国立衛生研究所(NIH)傘下の組織(NSABB)(*1)によって公表予定論文の事前チェックや実験の審査、研究者教育が行われているという。さらに興味深い例は、ある研究領域では連邦捜査局(FBI)がスポンサーとなって研究を支援する一方で監視・介入を行う(*2)ことである。これらの先進的な取り組みに対して、デュアルユース分野に明るい参加者も食い入るように聞き入っていた。

質疑応答では、国内の現状として「色のついたグラント」(特定思想団体による寄付や研究資金の提供)の考え方についての意見交換や、特定地域からの留学生による理工学研究の従事に線引きを設けるといった差別につながりかねない問題の難しさなど、日頃の職務で接している課題が共有された。そして、日本国内にこれらの課題に対応する諮問機関や組織ガバナンスがまだ存在していないことを指摘して、「うっかりすると研究者個人の研究倫理という次元に引き戻されてしまう」という懸念も挙げられた。

研究会を主催した早稲田大学 政治経済学術院ジャーナリズムコース准教授の田中幹人(たなか みきひと)氏は、「今回の論点は、生命科学以外のさまざまな研究分野にも当てはまる。例えば、3・11後に問題視された『インターネット上でのデマの拡散』を食い止めるアルゴリズムの開発は、言論統制の道具としても使える。こうしたマイルドなところからスタートして、気付いたら一線を越えているというのが最近の実情。日頃からその視点を持って研究情報に接しつつ、何が必要なのかを皆さんと考え続けたい」とまとめた。

今年に入って、大学を軍事研究にも活用しようとする国家安全保障戦略の閣議決定に呼応するかのような東京大学の議論が話題となっている。科学技術の進展は、国家にとっても重要であると同時に、私たちの暮らしに大きな恩恵をもたらすイノベーションの源泉である。科学技術のデュアルユース時代に、このイノベーションを適切にハンドリングする体制とノウハウが日本にも必要だと感じさせる研究会だった。

左端が四ノ宮成祥教授、右は田中幹人准教授
写真. 左端が四ノ宮成祥教授、右は田中幹人准教授

 

  1. National Science Advisory Board for Biosecurity (NSABB)
    バイオセキュリティに関する国家諮問委員会。設立当初の名称から、「バイオディフェンス科学諮問委員会」と訳されることもある。同等の動きとして、OECDフラスカティ会合(2004年9月)による行動規範の提唱がある。
  2. The International Genetically Engineered Machine competition (iGEM)
    マサチューセッツ工科大学で毎年開催される合成生物学の世界大会。本文中のFBIトラックは上記URLの“Safeguarding Science”にあたる。
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