レポート

《JST共催》できることはロボットに任せて人と人がつながる豊かな時間を—「情報ひろばサイエンスカフェ」で研究者と市民が語り合う

2018.02.01

早野富美 / 「科学と社会」推進部

 「ロボット・情報×つながりってなんだろう? 〜テクノロジーを駆使してより豊かな生活へ〜」をテーマに「情報ひろばサイエンスカフェ」〔主催・文部科学省、共催・科学技術振興機構(JST)〕が1月26日、東京都千代田区霞ヶ関の同省内にあるラウンジで開かれた。「情報ひろばサイエンスカフェ」は科学者らさまざまな分野の専門家と市民が科学や科学技術にまつわる話題や課題について自由に語り合う場として企画されてきた。「越境する」をテーマに掲げる「サイエンスアゴラ2017」(JST主催)の連携企画の一環でもある。

 今回は講師を佐世保工業高等専門学校電子制御工学科講師の槇田諭(まきた・さとし)さんが、ファシリテーターを東北大学男女共同参画推進センター特任助教の瀬戸文美(せと・ふみ)さんが務めた。前日の東京の最低気温が48年ぶりに氷点下4度を記録し、この日も氷点下の底冷えする気温の中で約20人が参加した。会場内では参加者から質問や意見が盛んに出されて外の寒さと対照的な熱気で包まれていた。

写真1 講師の槇田諭さんの遠隔操作によって会場入りするテレプレゼンスロボット
写真1 講師の槇田諭さんの遠隔操作によって会場入りするテレプレゼンスロボット

 最初に講師の槇田さんが紹介されると1台のロボットが登場した。ロボットは「こんにちは、槇田です」と挨拶。実は槇田さんが少し離れたところから遠隔操作していた。ロボットに装着されたタブレットを通して槇田さんの顔がこちらを見ている。こちらのようすもやはりタブレットを通して槇田さんに伝わっているようだ。

 このロボットはテレプレゼンスロボットと呼ばれるもの。ロボットに装着されたタブレットは、インターネットにつながってさえいれば遠くの人が持つタブレットとテレビ電話のような機能を持つ。遠く離れた人はタブレットを操作してロボットを移動させることも可能だ。

写真2 タブレットを通して会場に向けて手を振るファシリテーターの瀬戸文美さん
写真2 タブレットを通して会場に向けて手を振るファシリテーターの瀬戸文美さん

 槇田さんは横浜市出身。横浜国立大学で機械工学を勉強し博士の学位を取得した。その後、現在の職場である佐世保工業高等専門学校に赴任して8年。メインの研究テーマは「ロボットの手を使った物体操作」だ。人の手の代わりになる「ロボットの手」の研究をしている。現在は同校のバレーボール部の顧問とともに「オーバーハンドパス」の動作の解析をしている。部員学生の解析結果によると、パスがうまい人はボールに与える力の大きさやタイミングが常に同じだが、うまくない人はそれらがばらつくという。その結果を聞いた槇田さんは、最初はパスの動作はロボットのほうが有利かな、と思ったという。しかし、実際のパスの場面ではボールはいつも同じ位置に来るわけではない。同じ位置にボールが来ればロボットはうまく返せるように制御できるが、ボールはいつ、どこに飛んでくるか分からない。槇田さんは、飛んでくるボールに合わせてうまくボールを返すことができる人がパスがうまい人だと説明。「人と機械の手とでは形が違う、制御の仕方が違う、感覚能力も違う。だから人と同じやり方を機械にそのままやらせるのではなく、ロボットに適した持ち方や道具の使い方を提案できるのではと思っています」と語った。

写真3 講師の槇田諭さん
写真3 講師の槇田諭さん

 研究テーマに続いて、次は科学技術コミュニケーション活動の話に移った。槇田さんは対馬野生生物保護センター(長崎県対馬市)とツシマヤマネコについて共同研究を行い、それがきっかけで、2年ほど前から対馬市内の小中学生とテレプレゼンスロボットやビデオ通話を使ってコミュニケーション活動を始めた。これらの活動はJSTの「科学技術コミュニケーション推進事業 ・問題解決型科学技術コミュニケーション支援」によるものだった。

 槇田さんが離島である対馬を訪れた際、東京ではサイエンスに関連したイベントが日常的に行われていて、科学技術に多くの人が当たり前のように触れることができるのに、離島ではそれが全くできないことに衝撃を受けた。「住んでいるところで差があるのはおかしい、(そうした状況に対して)何とかしたい」という思いがあった、と当時を振り返る。「誰がどこにいてもロボットを使っていろいろな体験や知識に触れることができる未来を目指したい」。現在は対馬だけでなく長崎県の他の離島でもこのロボットを使ったコミュニケーション活動を広げている。

 槇田さんはロボットについて「皆さんがイメージするロボットは人型ロボットかなと思いますが、ロボットの技術とは人の脳(情報処理や判断)、感覚、動作、そしてそれらをすべてコントロールする制御技術の結晶であるとここでは定義します」と強調した上で、参加者に「皆さんの家にロボットはありますか?」と問いかけた。

 参加者の1人が最初に挙げた「ロボット」は「アイボ(ソニーが発売している自律型エンタテインメントロボット)」。その次は?会場から発言がなかなか出てこない。そこで瀬戸さんは「自動フィルター掃除機能を持つエアコンはロボットでしょうか?」。すると、会場からは、食器洗浄機、洗濯機、炊飯器なども次々と「これもロボット」の例が挙がった。槇田さんが「自動販売機は?」と聞くと、会場からは「自動販売機は違うでしょう」との意見も。槇田さんは「でもいくらお金が入れられて、どのボタンが押されたかが分かって・・、だからロボットの定義に当てはまっていますよ」などと応えた。この後しばし、槇田さん、瀬戸さん、そして参加者との間で「何がロボットなのか?」についての議論が続いた。この日最も盛り上がった場面だ。

写真4 槇田諭さんの話に聞き入る参加者
写真4 槇田諭さんの話に聞き入る参加者

 槇田さんによれば、ロボット技術の発展によってロボットが人の代わりに作業や家事をすることで私たちは自由な時間が増えた。また、情報手段の発達により伝達速度が速くなり、文字だけでなく音声や映像なども伝達されることで情報そのものがリッチになった。「テクノロジーの発達は私たちの能力を拡張して障害を克服するだけではなく、むしろそれをアドバンテージに変える可能性がある」「そこに研究開発の価値があるし、面白さがある」と槇田さんは強調した。

 テクノロジーの発展はこれまで「人と人」「人と社会」「人とコト(出来事)」「社会と社会」をつながりにくくしていた障壁を取り除こうとしている、と槇田さんは言う。情報通信が発展すれば、離島と東京で離れていても、双方向でお互いの場所にいるような疑似体験が可能になるかもしれない。「仮想的に離れた場所を共有することができる。例えば映像などの技術はすでに存在するので、それらを積極的に使いましょう。ロボットが発展すれば、ロボットにいろいろなことをどんどん任せればみんな楽になる。コーヒーでも飲みながらおしゃべりする時間をもっと増やしましょう。そうすれば、ロボットと情報が生活につながるだけでなく、その結果として人と人がつながれるようになります。これが今日のタイトルに込めた私の思いです」。槇田さんはこう結んだ。

 質疑応答では多くの質問が出て活発なディスカッションが行われた。その中で「テクノロジーが発展した今のほうが忙しいのでは?」との問題提起があった。瀬戸さんは「技術がいっぱいになって人間が忙しくなったと感じますが、その技術を使ってもっといろいろなことができるようになるし、こういう生活をしたいと思うでしょう。いろいろな選択肢があるのが技術の力なのかな、と皆さんの話を聞いて思いました」とコメントしていた。

 この日のサイエンスカフェの記録は「ギジログガールズ」。

ギジログ1
ギジログ1
ギジログ2
ギジログ2
ギジログ3
ギジログ3
ギジログ4
ギジログ4
ギジログ5
ギジログ5

写真 サイエンスカフェをまとめた「ギジログ」(ギジログガールズ記録)

(「科学と社会」推進部 早野富美、写真は石井敬子)

関連記事

ページトップへ